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2・ゴシカ

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 わけがわからないなりに、手を突き出して制止しようとする明だが、相手には言葉が通じないらしく、意味不明な叫び声を返すばかり。

 相手もラチがあかないと感じたのか、剣を引くと、左手を突き出した。

 そして、伸ばした人差し指を、宙空でさまよわせる。まるで密教の僧侶が九字を切るかの如く。

「え……?」

 その指先の軌跡が、淡く赤色に輝いたように明には見えた。

 いや、はっきり輝いている。楔形文字のように鋭利な書体で、宙に未知の文字が輝いて浮かぶ。

 それが火を噴いた。

「わっ!」

 空中に火の玉が現れ、それを少女は斬り払う。

 一瞬、剣が炎を纏って火の輪を描いた。

 明には少女の行為は理解できなかったが、文字が火を噴いたことはわかる。

 それで、自分も指で宙に文字を描いていた。ほとんど反射的に。

 書いたのは【火】。

 すると、本当にそれが火を噴いた。

「うおっ!?」

 書いた本人も驚いていた。

 だが、それより驚いていたのは少女だ。剣を取り落としそうになるほどに、震えている。

 そこで明の脳裏に、閃くものがあった。

 宙に書いた火は一瞬で消えた。じゃあ、地面に書いたら?

 指で地面をかき分け、【火】の字を書く。

 今度は、蝋燭のように地面から火が上がった。消える様子もなく、おそらくは形が残っている限り、消えないと思われる。

「なら……」

 明は、地面に次の文字を書いた。

 それは【翻訳】。

「ええと、どうだ? 通じるか?」

「えっ!?」

 少女が今度こそ剣を取り落とす。まるで幽霊を見たかのように驚愕している。

「ど、どういうことです!? 何をしたのです!」

「何をって……さっき文字が本当に火を噴いたから、翻訳って書いたら翻訳できるかなと」

「翻訳……と?」

 少女の顔色が蒼白になる。

「バ、バカな……そんなフォトン聞いたことも……いや、そもそも二文字もフォトンを組み合わせている時点で相当な……」

「フォトン……?」

「なにをふざけているのです! これほどまでに高度なフォトンが使える人間がフォトンを知らないはずがないでしょう! ちぇいさーしますよ!」

 ちぇいさーするって何だ。

 【翻訳】は正常に作用しているのだから、擬音語みたいなものだろうか。英語のチェイサーなら、追跡者とかそういう風に翻訳されるだろうし、文脈とも合わない。

 そういえば先ほど言葉が通じない時にも「ちぇいさー」と叫んでいたみたいだったし、口癖なのだろうか?

 それはともかく――

「……うーん」

 なんとなくわかったのが、フォトンというのはどうやら文字を示すらしいこと。

「そ、そうか。あなたはもしや、高名なフォトン使いでは……!」

 突如、少女が得意げな顔でそう言った。地球でいうところのドヤ顔である。

「そうだ! そうに違いない! さっき出した火も、明らかに流布されているフォトンとは異なっていた!」

「あの~……」

 一人で納得する少女。明の言葉もまともに聞いてはいまい。

「ああ、申し遅れました。私はゴシカ・マール。ゴシカと呼ぶとよいでしょう。生業は伴士はんしです」

「はんし?」

 少女――ゴシカは悲しそうに顔を伏せる。

「……無理もありません。呪文詠唱時の護衛を担った伴士は、フォトン全盛のこの時代に、もうほとんど残っていませんから……」

 文字を刻むだけで魔法が発動するならば、長々呪文を唱えている間の隙はほとんどないに等しい。魔法使いが無防備になるのを防ぐための存在が伴士であるとすれば、フォトン使いには無用と言える。

 無論、詳しい事情など明にはわからない。ただ、時代から取り残された職であるという悲哀だけは、そんな彼にも伝わって来た。

「あ、いや、すまない……」

「気にしないでください。それより、お願いがあります」

「お願い?」

 ゴシカは、その銀の頭を下げた。太陽の光が髪の上を跳ね、美しい残光を描く。

「私をあなたの専属の伴士にして頂きたい」

「ん? どういうことだ?」

「私をパートナーにしてほしいという事です」

「えっ!?」

 その赤い瞳は真剣そのもの。とても無下に扱えるものではない。

 明が応えあぐねていると、

「……答えをもらう前に一つだけいいですか?」

 おずおずと、ゴシカが言った。

「な、なぜ、先ほどは私の尻の下に居たのですか?」

 そうか、あれは尻の下だったのか。

 道理で柔らかいと――

 いずれにせよ、今度こそ答えられなかった。答えられるわけもなかった。

「……助平なのですか?」

「違う!」

 これだけは、はっきり答えられた。

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