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彼女がルールの理不尽世界

作者: 雅樂多祢

二年前、僕は流星群を見た。


 暗闇を駆ける無数の光の軌跡。闇を引き裂き幾重もの放物線を紡ぐ。

一瞬の煌めきが眩しくて、どこか儚い。

流星なんてこの手が絶対に届かない遙か上空の出来事だというのに、どうして僕はこんなにも心を打たれているのだろうか。本当に不思議だった。

 

星……また星……。


大地に降り注ぐ流星に思いを馳せる。


『流れ星に三回願い事を言えば、その願い事は叶う』


思い浮かんだのはそんな、誰でも知っているような伝説。

所詮迷信だと、いつもの僕なら言っただろう。だけどその時の僕は、そんな世迷い言だって無性に信じてみたくなった。


祈るように構え、目を閉じる。願い事をつぶやくこと三回。目を開くと、そこには―――


――――やはり数秒前と何も変わらない景色が広がるばかり。


我に帰った僕は、路肩に止めておいたスクーターに飛び乗り、アクセルをかけ、急発進させた。

頬をなでる夏の空気が今だけは涼しく感じる。街灯も家もない、ひたすら水田ばかりが続く稲作地帯はさながら、星空を映す巨大なスクリーンだった。


走リ出して数分、ふと、周囲が明るくなった。アクセルを緩めながら上空を確認する。それは一際大きな流星だった。今までのものと比べるといささか自己主張の激し過ぎる光。


それが、こっちへ? 落ちてきて? いる、よう、な? え!? え?? 


まじ???


度肝抜かれた僕はすかさずアクセルを限界まで回す。エンジンが悲鳴を上げるが全くもってそれどころではない。だんだん近づいてくる聞いたことも無いような異音。明らかにピンチだった。

走る、全速力で走る。いつもなら速すぎるように感じる最高速度が今ではスローモーションにしか感じない。恐る恐る、頭上を見上げる。そこにあったのは、目の前まで迫った猛烈な輝き。


―――死んだ。そう悟ったときにはもう、僕の体は吹き飛ばされていた。


そして広がる――――無の世界。

視覚も聴覚も麻痺した僕は、白紙の世界に放り出されていた。



少しは時間が経ったからだろうか、徐々に回復し始める感覚器管。ようやく周りの様子が見えたと思ったが、巻き上がった土煙が周囲を覆っていてまだ状況は掴めなかった。


まずは起き上がろうと右足に力を込める。その瞬間、電流のように走った激痛。アドレナリンのせいで気づかなかったが、さっきの被害で足が折れていたらしい。思い出された痛覚のせいで、不安が増した。


痛い。

わからない。

怖い。


神でもいい、仏でもいい、どうか、どうか、お願いだから誰か――、

「誰か、助けて」



「よう、少年。息はあるかい?」

 どこからか声がした。それは力強く、とても安心できる声だった。

直後、吹き荒れた風が煙を一掃する。


その時僕は出会った。

誰よりも救世主らしく、どんなヒーローよりも強い人に。

「不細工な顔しやがって。安心しな、私が来たからにはもう大丈夫だ。私がついてる」







「……それがその、あそこで団子を食べているあの人の、こと?」

「そう、アイツが例の女」

そう言って僕は、遠くの象の滑り台を指さして言った。正確に言えば、象の滑り台上で堂々と、あぐらかいて、団子に食らいつく、女を指してだが。


「そんな呼び方は失礼だよ。だって、宮下くんの危機を救ってくれた恩人、なんでしょ」

そう言って珍しく怒る藍川さん。頬を少し膨らませ、身を乗り出しながら言うその様は、その、何というか、非常に可愛い。本音を言えばもっとこんな風に話していたい。


「そうだぞ優也―。そのお嬢ちゃんの言うとおりだぞー」

話の内容が全部筒抜けだったらしく、その女は滑り台の上から大声で会話に乱入してきた。五〇メートルくらい離れた滑り台から、ひそひそレベルのこの会話に、だ。

藍川さんは目を丸くしているが、僕は慣れたことなので華麗に無視した。


「いや、藍川さんは誤解している。あの女、神代響子さんは決して恩人なんかじゃ無い。むしろ、あの人が全ての元凶なんだ」

 僕は藍川さんの勘違いを正す。

「あの夜、僕の目の前に落ちてきたのは隕石なんかじゃ無くて、神代さんだったんだ」


ぽかーん、と口を開いて固まる藍川さん。

いやわかる。理解できないことは十分理解できる。だけど現実というものは大変不思議なもので、この話は全て事実な訳で。どう説明したらよいものか悩み、僕は滑り台の方に視線を移した。だが、そこにいるはずの神代さんの姿はそこにはなくて……。


「優也、てめえはさっきからこの私に向かって指を指すわアイツ呼ばわりするわ無視するわ、死にてえのか」


唐突に真正面に現れた彼女は僕にデコピンを放った。

全身を揺さぶられるほどの衝撃。僕は受け身を取ることすらできず無様に転がって、死にかけのゴキブリのようにのたうち回った。

「――痛ってえええ。あんたに加減ってものは無いのかよ」

「加減はしただろ、ほら、頭と体がちゃんとくっついているじゃんか。どこも問題ねえだろ」

「問題しか無いだろ、なんでこうも毎回暴力的になるんだよ」

「なんでもなにも、暴力的解決が私のモットーだからな」


平然と言ってのける神代響子。それは大の大人の台詞としてはあまり許容出来るものではなかったが、その台詞はあまりにも彼女にしっくりきていた。


「それでだがお嬢ちゃん、名前を聞かせてくれないかい?」

 そう言って神代さんは、先の瞬間移動を見てからずっと固まりっぱなしの藍川さんに話しかけた。

「えと、その、藍川咲って言います」

「そうか、咲ちゃんか。この馬鹿優也がいつもお世話になってるね。こいつがなんか変なことしてきたら私に言いな。文字通りボコってやるよ」


笑顔で物騒なことしか言わない神代さんに困った彼女はちらっと僕を見てくる。目は口ほどに物を言うというがまさしくその通りで、彼女の瞳だけでなんとなく言いたいことはわかった気がした。


「そ、そういうのは、ちょっと」

「そうかい? 残念だな」

 そう言うと彼女は、残り一個になっていた団子を口に放り込み空になった串をダーツのように構えた。

狙いはさっきの滑り台のさらに奥のゴミ箱。手のスナップだけで放たれた串はものすごい速度で一直線に飛び、見事、ゴミ箱に突き刺さった。

 

困惑の表情で固まった藍川さんが目で訴えてくる。僕は無言のまま、頷くしかなかった。



「じゃあ私はこれから仕事だから。咲ちゃんは気をつけて帰りな」

そう言って赤いバイクに跨がる神代さんはさながら燃えさかる炎のよう。彼女の荒々しい性格にとてもマッチしている。


「そういえばだが咲ちゃん。以前、私とどっかで会ったことないか?」

「多分、初対面だと思います」

「ふーん、そうか」

 それで用は済んだのか、彼女はシールドを下げると、法定速度を完全無視した速度で走り去った。

「なんか、嵐のような人だったね」

「歩く災害だよ、あれは」


そう、神代さんは災害。


二年前のその事件は結局、隕石の落下事故として処理された。

直径一キロのクレーターというとんでもない被害を与えた隕石(神代響子の壮大な着地失敗)は政府によって穏便に解決され、更地になった場所は緑豊かなこの公園に生まれ変わった。

今では、水田地帯に囲まれた公園としてそこそこの人気があり、遠隔地からも人が訪れるようになって地元住民からも喜ばれている。


「そろそろ、私たちも帰らなきゃ、だね」

「そうだな」

気付けば僕達の真上には、別れの合図の星空が広がっていた。

名残惜しそうに手を振る彼女に、僕は笑顔で手を振る。

「またね」

「それじゃまた」

藍川さんが出て行くのを見送ってから僕もアクセルを回した。


僕たちがこうして会うようになったのはいつからだろうか。出来たばかりの公園に立ち寄った時に、偶然彼女と会ったその時からだろうか。いつしか僕らは『またね』と言い合うようになった。




我が家はスクーターで学校から四〇分、公園から一五分のとても田舎にある。父方のおじいちゃんとおばあちゃんとの三人暮らし。父は単身赴任で全く家に帰ってこないし、母は小さい頃に離婚して顔すら覚えていない。だから、のどかで静かな生活が僕の中での普通だった。そのはずだったのに――――、


「――――なんで毎回毎回神代さんは、我が家の夕餉に平然と参加しているんですか」

「いいじゃねえか、ほらおじいちゃんもおばあちゃんも喜んでるだろ」

 そう、問題なのはそこだ。二人は喜んでいて、全く神代さんを追い出す気が無いという点である。

神代さんはあの事故の後、怪我した僕を家まで送り届けてくれた。その時からおじいちゃんとおばあちゃんは彼女をスーパーヒーローかなんかと勘違いしているようで、彼女が来ると、笑顔でもてなすのだ。それはもう今更どうしようもないことなので、僕も諦めている。 


結果僕は、嫌々ながら、神代さんの前の席で食卓に着く日々を続けているのだった。


「あれから仕事に行ったんじゃなかったのかよ」

「仕事? ああ、今日は雑魚ばっかりだったからな、瞬殺だったよ」


―――瞬殺か、それは気の毒に。

そう僕は心の底から今日潰されたであろう闇組織の方々に心底同情した。



神代響子には謎が多い。

わかっているのは彼女がおそらく地球最強の生物であることと、その彼女が世界政府のもとで平和のため? に毎日戦っている事くらい。存在自体が国家機密である以上、僕も踏み込むつもりはなかった。それは単に彼女に巻き込まれたくないだけ、とも言えなくはないが。


「それにしても咲ちゃん可愛かったな、あれはお前にはもったいないレベルだ」

ニヤニヤしながら言ってくる神代さんを綺麗に無視する。随分前、公園で誰かと会っていることを知られた時から、この手のいじりを受け続けている僕にとってはこの程度、朝飯前である。

「なんだよ、無視とか面白くないな、おい、おーい」

 無視。

「おーーーーい」

 無視ったら無視である。

「お~~い」

つい、呼びかけにいらついて睨み付ける。

目を細める彼女。しまったと思ったが、その後悔はあまりにも遅すぎた。どうやら今の反応が、彼女の嗜虐心をえらくくすぐったご様子だった。


結局その日、彼女が帰るまでずっと、その話題でいじられる羽目になった。




「なんか宮下君。最近、疲れてる?」 

 心配する藍川さん。

「大丈夫? 風邪とかじゃない、よね? 無理しちゃダメだよ」

 そう言いながらのぞき込んでくる彼女に、僕はなんだか焦る。心臓の鼓動がものすごい勢いで加速した、そんな気がした。

 

理由ははっきりしている。元凶はまたしても神代響子。あれから一週間、毎晩彼女が家に訪れており、いじられるわ、騒がしいわで、疲労がたまる一方だったのだ。


「ああ大丈夫、大丈夫。心配するほどじゃないから」

 そう言ってつい広げてしまう藍川さんとの距離。連日の嫌がらせのせいで余計に彼女を意識しすぎてしまう自分が、どうしようもなく恥ずかしかった。


僕は誤魔化すように飲みかけのスポーツ飲料を一気に飲む。予想より簡単に空になったペットボトル。それでも冷めないこの熱を、僕は夏のせいにすることにした。


この二人でいる時間は実はそう長くない。

お互いに今年受験を控えた身ということもあって、いつも最終下校時間近くまでは学校でしっかり勉強しているし、遅くなる前には公園を出るようにしている。だから、二人の時間なんてそんなにはないのだが、そのひとときが僕の日々の中で一番楽しみになっていた。


「またね、宮下君」

「またな」

別れを告げると彼女はアクセルを回し、いつも通りの安全運転で去って行く。小さくなっていくスクーターのライトを見ながら、このひとときの名残惜しんだ。



その日の夕食、僕の前の席は空いていた。


そしてその日からその席が埋まることはなかった。




神代響子は気分屋だ。

今までだって来ることがあれば来ないこともあるような人だったし。そもそもあの性格だし。どうせ世界のどこかで悪い奴らをぶっ飛ばしているのだ。それかもしかしたら思いつきでバカンスにでも出かけているのかもしれない。そういう意味では、彼女を心配する必要は全くないわけで。

気にするだけ無駄だった。




神代さんが来なくなって一ヶ月がたった。




一学期の期末試験を終えた校舎には、夏休み直前の浮ついたムードがどこからともなく流れている。受験を控えた三年生にもそんな空気は流れており、そのせいか、本日の自習室利用者はいつもよりとても少ないように感じた。


利用者の少ない自習室は良い。静かで、よく集中できる。

唸る空調機、ページのめくる音に、シャーペンの走る音。一問、また一問と解き進める度に上がっていく頭のギア。

我に返った時にはもう、最終下校時間を十分も過ぎていた。



こんなに遅い帰りは久々だった。それこそ、流星群を見たあのとき以来か。


僕は小走りで駐輪場へ向かう。すれ違う生徒は当然誰もいない。この世界に一人だけ取り残されたような、そんな寂しさを感じた。


ガラガラの駐輪場。僕のスクーターの側には予想外の人影。


「藍川さんもこの時間とは珍しいね」

「うん、実は待ってた。ちょっと、頼みたいことがあって」

 藍川さんは申し訳なさそうに言った。


「参考書、どれがいいか、宮下君のアドバイスが欲しいの。一緒に本屋まで、付き合ってくれる?」

僕は二つ返事で了解した。

 



高校に入ってずっと違うクラスだった彼女とは、公園以外で会うことがない。移動教室でも一緒の授業は一つもなくて、会うとしても全校集会の時ぐらい。

だから、かな。今の僕は自分でもわかるくらい、テンションが高かった。


 夕方の街を二人、スクーターで走る。前を走る彼女の必要以上にキョロキョロする様は、なんとも微笑ましい。滅多にしない三〇キロ順行は、言葉に出来ない心地よさがあった。

 

高校の近くにある本屋は県内でも有数の大きさを誇る。毎日のように大勢の客がいて、生徒達の間でも評判がいい。僕らは入り口から一番奥の場所にある参考書コーナーを目指した。

 

一五分くらいはたったか。あれこれ悩み、やっと買う参考書が決まった彼女は、会計の列に向かう。その列の近く、ふと、彼女は雑誌コーナーで立ち止まると一冊の本を手に取った。それは、外国の宇宙の研究論文をまとめた雑誌。

「藍川さんは宇宙に興味あるの?」 

「宇宙というか、星、かな? 星って、それぞれに輝きがあってとても綺麗だよね。その一つ一つに、この地球みたいに、生き物たちの営みがあるかもって思ったら、私は星空がもっと好きになったの」


「独りじゃないって、そう言ってくれてた、気がしたから」

そう言って雑誌を元あった位置に戻した彼女には、触れたら今にも崩れてしまいそうな、そんな危うさがあった。



帰り道。

僕は彼女の後ろについて運転しながら考えた。彼女の言葉の意味を、あの表情の真意を。どうしていつも公園にいるのか。どうして。疑問は増すばかりだった。


ふと彼女を後ろから見る。フルフェイスのヘルメット、さらさらと風に揺られる黒髪。華奢な背中は、行きの時よりも元気がないように感じた。



キキーーーーーー!!!

突然耳をつんざくようなブレーキ音が響く。

藍川さんのことばかり気にしていたから、遅れたのかも知れない。とにかく気づいた時にはもう、手遅れだった。

交差点を通過していた僕らの真横から、信号無視をして迫る大型トラック。猛烈な勢いで突っ込んでくる様を見ながら、自分の不運を呪った。


――――隕石(神代響子)の次は大型トラックかよ。ホント僕は、運がないな。


そう諦めて目をつぶりかけたその時、目の前の状況が一変した。


横合いから視界に入ってきたのは藍川さん。彼女はトラックと僕の間に身を投げ出すと、僕を守るかのように両手を開げた。

 直後、見えない壁に阻まれたように変形するトラック。けたたましい破砕音とともに、トラックは彼女の目と鼻の先で停止した。


結果、バランスを崩し転倒するだけで済んだ僕は、大急ぎで道路で倒れたままの藍川さんのもとへ駆け寄る。身体に怪我はない。ヘルメットの下も、うん、大丈夫だ。息はある。後は意識が――――

「藍川さん、ねえ藍川さん!!」


「ううん……宮下君? よかった、無事で……」

「無事って、藍川さんこそ大丈夫なの?」

「私は平気、だよ」


そう言いながら立ち上がろうとしてふらついた彼女を横から支える。

端から見て何もなかったとしてもこういう事故の場合、後遺症を負うケースは多いという。聞きたいことは色々あったが、とにかく今は救急車を呼ばなくては。そう思って周囲を見渡したときはじめて、この状況の異変に気づけた。


僕たちの周りを囲うように三〇人ほどの人だかりが出来ている。


いや、それだけであれば事故を見にきた野次馬で説明がつくかもしれないが、そうではない。彼らは全員、武装していた。映画でしか見たことがないような服を着て、両手には銃火器を構えている。どいつもこいつも獲物を狙う猛獣のような殺気を孕んだ鋭い目をしていた。

ジリジリ、ジリジリと縮まる囲い。

何が起こっているのか、全く理解できない。


「お前ら、何なんだよ? こっちは事故ってるのが見えないのかよ?」

無視。 


「なんで銃とか向けてんだよ!? 意味分かんねえよ!? おい、何とか言えよお前ら!? 無視すんなよ!!!」


僕の叫びが通じたのかはわからない。彼らのリーダー格と思われる一人が進み出て来た。

「理由だと? そんなもの、そこの女が危険だからに決まっている」

「藍川さんが、危険?」


何を言っているんだ、こいつは?


僕は中学生の頃から彼女を知っている。彼女はあまり口数が多い方ではないが、真面目で、恥ずかしがり屋で、信念が固い、そんなどこにでもいる女の子だ。その彼女が、危険?


「そうだな、端的に言うと藍川咲は人間じゃない。奴は、化け物だ。藍川咲の行動は二年前からずっとマークされていた。それこそ家での過ごし方や学校生活まで全てが監視対象だ。徹底的に調べ上げて、監視して、だが我々は確たる証拠を掴めないでいた。そう、今日までは」

 

 藍川さんを支えている右手が、彼女の震えを感じ取る。うつむいていて見えない表情。否定して欲しいのに、彼女は何も言わない。


「さっきの超能力の行使が決定的だった。あんな力は人間の持てるものではない。持つべき物じゃない。化け物なんだよ。その女は」

 もう説明責任は果たしたとでも言いたいのだろうか、彼は再び銃を構える。照準を藍川咲に向けて。

 

ふと、彼女を支えていた右腕が軽くなる。ゆっくりと進み出る彼女。前に出る刹那、『さよなら』って、そう彼女がつぶやいた気がした。


「撃て」


 リーダーの指示とともに引かれる引き金。彼女は目を閉じ、静かにその時を待つ。

この現場にいる誰もが藍川咲の死を望んでいた。本人でさえその死を受け入れていた。


 僕だけが彼女の死を許さなかった。


弾が放たれるその瞬間、不意を突いて彼女を後ろから引っぱる。入れ替わるポジション。驚愕に染まる彼女の横顔に、僕は笑顔で謝る。

―――ごめんね。

そして僕は、弾幕の海に身を投げた。





飛び散る赤。路面を染める赤。彼の腸の赤。赤、赤、赤、あか、あか、あk・・・・・・。


どうしてこうなったんだっけ?


そうだ、宮下君は撃たれたんだ。あいつらによって。だけどなんで宮下君が撃たれたの? なんで宮下君を撃った? どうして宮下君を撃ったの? ねえ、どうして?


 ど う し テ? 


ああ、ダメダメ。許せない。あいつらのこと許せない。憎い。ならもういっそのこと、


―――殺しちゃおう、かな。


 瞬間、私と宮下君を中心に突風が吹く。

風は周囲の特殊部隊や車、ぶつかってきたトラックなどの全てを飲み込み、吹き飛ばす。そしてそのまま交差点一帯を蹂躙し、建物の硝子やら標識やらを破壊した。


後に残ったのは静かな闇。電気も街灯もなくなった真っ暗な世界に独りの化け物、そしてボロボロになった――彼。

いや、それも違うか、だってもう彼は……。

結局、私は独り。これからも、ずっと。ならばもう、私に生きる意味なんて……。

 

そう私が全てを諦めかけたとき、小さな、とても小さな声が聞こえてきた。


「あ……い、か、わ」

「宮下君!! まだ、生きてる!!!」

 

まだ助かるかも知れない。今ならまだ、彼を助けられるかも知れない。だって彼は、今もこうして、生きようとしているのだから。

手段ならある。私だけにしか出来ない、私だけの手段が。やる。必ず成功させる。絶対に助けるから、宮下君。



彼女は横たわる彼の手を優しく両手で包み込むと、静かに祈り始めた。






おーい。おーい。

 

遠く、とても遠くで、声がする。

誰かが呼んでいる、そんな声。

あれ、僕はどうして寝ているんだっけ? そうだ、彼女を助けるために僕が……。なら、こんなところで寝ていられない。僕は彼女に――――。


「おーい、おーい。おいってば!」

「藍、川、さん?」

「やっと起きたか、優也。けど残念ながら私は咲ちゃんじゃないぜ、神代さんだ」

「藍川さんは?」

「さあね、私は知らない。私がここに来たのはついさっき。全てが終わったその後だからな」


全てが終わった後? 僕は首をかしげる。言っている意味がよくわからなかった。なぜなら僕の記憶は撃たれたところから曖昧で……って、そうだ、僕は撃たれたのだった!

僕は急いで体の状態を確認する。真っ赤に染まった腹部。だが傷は跡形もなく消えており、そもそもそんな怪我なんてしていなかったような、そんな感じだった。


ふらつきながらもどうにか立ち上がる。神代さんに促されるまま周囲を確認し、僕は絶句した。


ここは、どこだ? 


少なくとも、僕が知る中心街の交差点とは違う景色だ。割れた窓硝子や折れた標識が無数に散らばっている交差点とおぼしき場所。囲むように建っているビルは傷だらけで、まるで廃墟のようだ。

「これは……一体?」

「これか。これは全て咲ちゃんがやったことだ」


はあ?何を巫山戯て――。

 そう言い返そうとした僕だったが、神代さんの表情からそれが嘘ではないことを悟った。

「信じられないって顔だな、優也。だけどこれは正真正銘、咲ちゃんの仕業だ」

「彼女のこと、何か知っているのか?」

「ああ、知っているさ」


 教えてやる。そう言うと神代さんは、今まで黙ってきた全てを語り始めた。




 全ての原因は何か、それは二年前のあの夜に見た流星群だという。


流星群とは本来、小さな星屑達が地球の大気圏に進入することで起こる現象だ。だがあの日、地球にやってきたのはそんなものではなかったらしい。なら、何か?


「あれは宇宙人の残骸だ。大気圏手前で爆散した宇宙人が流星群となって世界中に飛び散ったんだ」

「なんでそんなことに」

「何でってそりゃ、私が戦ってたときにちょっとヘマしちゃったから?」

やっぱり神代さんが絡むのか。

「いやいや、久々の宇宙での戦いだったから力加減わからなくてさ。跳び蹴りしたら分裂させてしまうわ、そのまま地球に降り立ったらその場所を更地にしてしまうわで超大変だった。おかげで世界中に飛散したその宇宙人と一体化? した人間を潰し回るので大変でさー。ここ一ヶ月は休みなし。ほんと世界政府は人使いが荒いのなんの」

「ちょっと……待てよ。今、なんて言った」


「だからさ、潰し回っているんだよ、私は。藍川咲のような奴らをな」



 神代響子は暴力を擬人化したような女だ。歩く理不尽だ。

だが、それでも僕は彼女と関わっていく中で、彼女なりの優しさを知り、強さを知り、信頼するようになっていた。なって、いたのに……。


「彼女が何をしたっていうんだよ。ただちょっと普通じゃない能力を持っている、ただそれだけのことじゃないか!」

「ちょっと普通じゃない能力だと? 咲ちゃんの力はそんな生易しいもんじゃねえよ。彼女に宿った力はいわば事象の書き換えだ。彼女が願いさえすれば起こるはずのないことだって起こるし、この世にあったハズ事を無かったことにすら出来ちまう。そんな危険分子を社会が、世界が、本当に許すと思うのか?」

 そう言って僕を見据える神代さん。いつもなら優しい彼女の瞳が、今は本気の色をしていた。

「世界政府が私に下した命令は藍川咲を含む能力者全員の抹殺だ。それが世界中の人々の意思だ。お前はそれに逆らおうっていうのか?」


「お前は世界を敵に回せるのか?」




 世界、突然そんなスケールのでかい事を言われて僕は固まった。

僕の世界は精々通学路とその周辺くらい、理解すること自体が難しかった。


だが一つだけ言える事があるとすれば、僕の世界にはいつも藍川さんがいた、ということだ。彼女がいて彼女との時間があった。それだけで僕は、幸せだった。藍川さんがいない世界なんて、僕は絶対に嫌だった。

 

僕は吹き飛ばされていたスクーターの所に向かう。どうするべきか、そんなものはもう決まっていた。

「世界でも、何でも、僕は敵に回せるよ。だって―――」


「僕にとって藍川さんは、世界より重いんだ」

 エンジンをかけ一気に加速、神代響子の横を駆け抜けた。

通り抜ける瞬間、『よく言った』って、そう彼女は笑った。





「おい神代響子、何故あの男を行かせた? アイツは藍川咲を殺す際、障害にしかならない邪魔者だ。なのに、何故だ?」

負傷した特殊部隊のリーダーが瓦礫の奥からやってくるなり怒鳴った。他の連中もわらわらと集まってきては、警戒心むき出しで武器を構え出した。

「お前の任務を忘れたか、早く藍川咲を探せ! 奴を殺せ!!」


「なんか勘違いしていないか、お前ら。私は世界政府に命令されただけだ、従うとは一言も言っていねえ。私は最初っから、私の好きなようにするだけなんだよ」

そう言いながら神代響子はゆっくり男達のほうに振り返った。先ほどとは打って変わり、見えたのは彼女の怒りに染まった目。それは男達が皆たじろぐほどの迫力だった。


「確かに咲ちゃんは暴走した。街をめちゃくちゃにした。だけどな、誰一人として殺していねえ。無意識下にあった彼女の優しさが、敵であるお前らまでも助けたんだ。さらに咲ちゃんはお前らの誤射で死ぬかも知れなかった優也を救ったらしいじゃねえか。てめえらの失敗の尻拭いまでされといてその恩人を殺せだと――――、」 


「巫山戯るのも大概にしろ!!」

そう言うなり神代響子は足を踏みつけた。

放射状に走る無数の亀裂、衝撃波は痛んだ周囲のビルにぶつかり、全てを粉々に崩壊させた。

崩れ、落ちてゆくコンクリートの塊。

その天変地異を前に男達は、なすすべ無く、ただただうずくまっていることしかできなかった。


「世界政府の命令なんてどうでもいい。世界の意思なんて知らねえ。私が右といったら右なんだ。この世界は私がルールなんだよ!!」


 私に楯突くなら覚悟しな、てめえの国から真っ先に潰してやるから。なんて笑顔で言い放つ神代響子を前に、彼らは心から恐怖するのだった。






 満天の星空を、私は見ている。


 これまで何度も見てきた景色のはずなのに、星空はこんなにも私を惹き付けてやまない。いつもと同じ場所(公園のベンチ)、いつもと同じ夜空、いつもと違うのは彼がいないことだけ。それだけで胸がこんなにも苦しくなるのを、今更になって痛感する。

だけど、彼は優しい人だから、私のような化け物でも庇ってしまえる人だから、だからもう、一緒には居られない。居ちゃ、いけないの。



 最後にこの場所で星を見たら、どこか遠く、遙か遠くの所まで逃げてしまおう。自殺する勇気すらない自分が誰も傷つけないようにするには、それしかない。その方法でしか、家族も宮下君も守れない。そう思っていた。そのつもりだった。なのに―――


「どうして貴方は、……来ちゃうのよ」

彼は今日もまた、いつも通りに遅れてやって来たんだ。


「何で……何で来るのよ。こんな所まで。そんな無理までして。宮下君は、馬鹿だよ」

 彼を見ただけで心の堤防が決壊する。あふれ出した想いに際限はなく、溢れては頬を伝う。

泣いた。

泣いて、泣いて、泣いた。

枯れるまで泣いた。

これでもかって言うほど泣いた。

そうして私が落ち着くのを確認してようやく、彼は言葉を重ねた。


「そうかも知れない、僕はきっと馬鹿だ。どんな時でも君をほっとけない大馬鹿者だ。だけど、そんな僕だから―――、君を絶対に独りにしない、君の側に居たいんだ」


どうして宮下君はそんなに優しいことを言うのだろう。私に関わっても危険しかないって、わかった筈なのに。


「そんなの、できない。だって私、化け物だから」

「そんなの関係ない」

「関係ある! 私は、殺そうとしたんだよ? あの怖い人たちを。力を使って。そんな化け物なんだよ、私は」

私は俯く。彼の顔を見るのが怖くて。

すると彼は何も言わず立ち上がって私の前に回ると、私の手を両手で包み込んだ。

手を伝う彼の熱が、私の怯えを解きほぐす。

恐る恐る見た彼の顔は、笑っていた。

「僕の命を二度も救ってくれた。毎晩のように星を一緒に見た。中学の時には同じクラスだった。僕は藍川さんのことを沢山知っている。優しい所も、寂しがり屋なところも、しっかり者の所も、少しドジなところも。超能力が使えたってそれは何も変わらない。それで世界を敵に回すことになっても、僕は全く構わない。だからさ、僕が言いたいことはつまり――――」


「藍川さんは、藍川さんなんだよ」

 私は・・・・・・私。

 化け物でも怪物でも宇宙人でもなく、今でもただの私として、君は見てくれるというの?まだ、私を、藍川咲として・・・・・・。

瞬間、胸の奥で感情が爆発した。

もう泣かないってそう決めていたのに、涙が止まらなかった。抑えられなかった。どうしようもなかった。どうしようもなく――――、嬉しかった。


「ありが、とう」

今まで私を縛り続けた恐怖から、孤独から、解放してくれて。

私を私として見てくれて。

本当に、ありがとう。優也君。


 涙ながら言葉が彼にきちんと伝わったかはよくわからない。けれど彼は泣き虫な私の側にずっと寄り添って居てくれた。

 

空を見上げれば見渡す限りの星空。

彼と見る星はこれ以上にないほど美しい。


二年間も続いた私の夜はこうして明けたのだった。


 





 あの日から一ヶ月が過ぎた。

結局、あの交差点一帯の事件はまた隕石が落下したということで処理されたらしい。あまりの雑さに、それはどうなんだ? って思わなくもないが、毎回のように神代さんが起こす破壊活動を処理するって考えたらむしろ頑張っていると言えなくもない。

全く、交差点一帯が新しくなったことで便利になったり、星の降る都市として観光産業で儲けるようになったりと、この世の中は予想できないことだらけである。


あれからも神代さんは度々家にやってくる。相変わらず彼女は世界中を飛び回っては、平和のために? 戦っているらしい。僕らのヒーローが健在で何よりである。

そう言えばあれからずっと気になることがあって神代さんに訊ねたんだ。


「どうやってそんなに強くなったかって? そんなの私にもわかんねえよ。何たって私は物理法則の例外っていわれるくらいさ。誰にも説明できねえさ。ただ―――」

らしくもなく彼女は、恥じらいながら続ける。

「ただ、小っさい頃、流れ星に願ったんだよ、強くなりたいってさ。そしたら強くなれたのさ」 

 嘘じゃないんだからな!! なんて照れ隠しにデコピンされたときには死ぬかと思ったが、神代さんのいつもとは別の一面も見れたので、とても印象深い思い出だ。



 そう言えば僕もあの流星群の日、星に願っていたっけ。たしか――――、

『藍川咲と付き合えますように』って。

まあ、その願い事が叶うとしても、それはもう少し先の話になりそうだ。



今はいつも通り、公園で彼女と会えるだけで十分、幸せだからね。



空から美少女が落ちてくる。そんな誰しもが夢見る展開に、私なりに挑んでみました。


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