古賀さんは悪役令嬢になりたい
眉目秀麗、才色兼備、立てば座れば...何とやら。
この世の全ての賛美の形容詞を思うがままにするような彼女は、僕とは全く違うベクトルで生きる世界の住人に思える。
...なんて、特段精神を病んだりはしていないのに自分を卑下してしまうのも、彼女の魅力の元では跪かずには居られない錯覚に陥るのも、僕だけでは無いはずだ。ない、はず...ですよね...
そんな彼女を"呼び捨て"になんて誰が出来よう。いや、そもそもこんな風に彼女と自分を何らかの関係に置こうとすることが傲慢というものか。
─────なんて、思っていたのだけれど。
どういう流れか、はたまた運命のいたずらか、僕は古賀さんと些か不思議な関係に落ち着くことになるのだった。
これは、彼女が、僕に"呼び捨て"をさせるまでの物語。
「令嬢になろうと思って」
「何を言い出すかと思ったら...なろうと思ってなれるものでもないでしょう。今度はいったいどういう風の吹き回しですか?」
「うふふ、そんなに意味なんてないんだけどね。ただ、君が『ひまり様』なんて呼んでくれるのを想像したら、なんだか素敵でしょう。...え?なに?ひま...?」
「呼びませんよ。当然のように執事扱いされているところはまあ置いておいて」
「置くんだ」
「その点は納得している自分が不甲斐ないですが。まあ我儘な古賀さんに振り回される図としては的を得ているかもしれませんね」
「うん、そこは否定しない。」
なんて端正な微笑みを向けてくる彼女はいっそ悪なんじゃないだろうか。いやいや、いけない。一緒に行動することが増えてから、すっかり彼女のペースだ。とはいえ、彼女にだって思惑などなしに突飛なことを言いたい時もあるんだろう、ただ天使の如く───
「君にだけだけどね?」
前言撤回。悪一択だ。とんだ悪役令嬢だ。
平静を装いながら、自惚れの沼に引きずり込まれかけた片足を抜こうと努力する。
「...呼び捨てには、しませんよ」
「えええ〜!言葉の裏を読んでよ!『ひまり』って呼べないなら『古賀』しかないでしょう!」
「何回言っても無理なものは無理です、古賀さん」
僕の反応まで全部お見通しの彼女が浮かべているのは、不敵な笑み、と言うやつなんだろう。
生憎、眩しすぎて、太陽きらめくひまわりにしか見えないけれど。
これは、僕が、彼女の"さん付け"をやめるまでの物語。