最終話 色々と大変でした
待ち合わせの正午の駅前に棗は本当にいた。
特徴の銀髪も随分と伸び、以前のように背中のあたりまで下がっていて、ひとつに束ねられている。
相変わらずの美貌は人混みの中でも異様に目立つからすぐに彼女だと判別でき、気づかれるはずはないのに俺が昨日と同じ服という色気っぽさに照れながら声をかけた。
「ひ、ひさしぶり」
「あら、2人ともお元気そ、う、で・・・・」棗は僕を見て目を皿にした。「・・・身長、随分と伸びたわね」
「なんだか棗を見下ろすのは不思議な感じがするよ」
「可愛げのあった獅子山くんはもういないのね」
大袈裟に悲しんでみせる棗にツッコみを入れると、「それよりも、まずはお昼だしご飯にしましょう」と予約したという店に案内をされた。されたは良いんだけど、途中から勘付いたけどやっぱり俺が働くレストランだった。
「おい、どういうことか明日じっくり話を聞かせてもらうからな」と、ホール担当の先輩に凄まれて冷や冷やしたけど、棗は僕の職場に興味津津みたいであちこちを観察して楽しんでいた。
近況報告をしながら食事をするが、わざわざ仙台に来てまでするような内容じゃない。まぁ、本題は食後という雰囲気は伝わってくるので今は再会を喜ぶべきだよね。
食後は近くにあるバーへと入った。
昨日あれだけ酔っていた椿はマティーニというカクテルを傾けていて、棗もネグローニだか言うカクテルを飲んでいる。早い時間に飲酒に抵抗があったけど、郷に従う流れで椿と棗と同じカクテルを注文した。
数杯飲んだところで、「ところで、2人の関係はどうなったのかしら」と棗が訊いてきて、昨日のことを思い出した俺と椿は飲んでいるカクテルをむせてしまう。椿と目が合い、二人して逸らす。
その様子を見た棗は「いいわ、その反応が見れただけで充分だから」と、得意げに残りのカクテルを流し込んだ。
「そ、それよりも急に学校からいなくなった件についてまだ触れてないんだけど」
「そうね、ごめんなさい」
そう謝罪の後に、3年の進級を前にして海外へ向かう選択に至るまでの経緯を順序立てて説明された。内容は予想した通りだった。
話を聞いて、俺は棗を責める気にはなれなかった。事実、俺も同じように仙台へと逃避の道を選択した仲間なんだから。
「まさか、あなた達がここまで拗れているなんて思ってもみなかったわ。そこが計算違いね」
「棗が正直に言ってくれればそれで済んだだけなけなのに」
椿がそうぼやいたけど、それだと残された時間は下手に棗に気を遣っていただろうし正しい立ち回りなんて存在はしないんだろう。3つある穴を2つの手で塞ぐことができないのと一緒で、どこかで綻びが生じるのは避けられないと思う。
「でもこうして立ち回って良かった。ねぇ、私は過去の過ちを払拭できたかしら」
「過ちも何も、別に何も間違ったことなんてしないでしょ。俺も椿もそう思っているよな?」
「ん」椿も俺の言葉に首を縦に振る。
「・・・獅子山くんって喋り方が変わったわよね」
「そう?」
「ええ、一人称も『僕』だったし、何より頼もしくなったわ」
それはきっと職場の活気にあてられたのが原因かもしれない。
怒号も飛び交う現場ではどうしてもハキハキとした喋り方になるからね。
「俺も成長するんだよ」
生意気っぽく言うと、「そうね、恋愛沙汰以外はね」としっかり釘を差された。「でも、それももう心配はなさそうだけど」
「棗は・・・そういうのは向こうでどうなの」椿がおずおずと問う。
「私は学校の事で頭がいっぱいよ。日本の大学と随分勝手が違うもの」
火の粉を払うように手をひらひら踊らせて苦笑いする棗をみて、それが本音なんだなと確信した。そして着実に将来への夢へと歩んでいる話を間近で聞けて、触発された甲斐があり嬉しくもなった。
「あ!」
唐突に椿が声をあげたので何事かと棗と共に窺っていると、鞄の中から小さな紙袋を取り出し、今度は俺が「あ!」と声を出した。
その紙袋には見覚えがあり、本来は東京の実家にある俺の部屋の勉強机の棚の奥に眠ってあるはずのソレが、まさかここで目の前に現れるなんて想いもしなかった。
「比奈ちゃんにトラに渡して欲しいってお願いされてたの、忘れてた」
「・・・まったくもってできた妹だよアイツは」
半ば呆れを混ぜながら、そうぼやいた。
椿から紙袋を受け取ると、数年前と違い、なんの抵抗もなくその中身を取り出す。
それは優柔不断な俺が椿の誕生日プレゼントをして購入したふたつのシュシュ。
互いの髪の色を交差させて選んだので、椿がシルバーで棗にはブラック。
俺にとっての戒めであり情けなさの象徴。
「これ、4年前の俺から2人へのプレゼント」
2人に差し出すと、「シュシュ?」と疑問符を頭の上に作りながらも受け取った。
思うところがあったんだろう、すぐに棗は束ねているヘアゴムを外し、椿も下ろしている髪を束ね、それぞれ渡したシュシュで髪を結ってくれた。
「どう、似合ってる?」
蠱惑的な棗の挑発じみた微笑みに少しドキッとしながらも、俺はなんとか頷いた。だって、隣の椿がすげー睨んでるから。今度は椿が訊いてくる。
「トラ、私は」
勿論似合っている、と感想を述べながらシュシュをつけた2人をまじまじと見た。
その時だけ、棗が在学しているアリもしない高校3年生の生活の様子が浮かんでくるようだった。
きっと、卒業間近まで俺達は一緒に笑い合っていられたんじゃないかな、と今になって思いにふける。
夕方頃、時間を確認した棗がそろそろ東京に戻らなくてはいけないという事で、仙台駅のホームまで見送ることになった。また暫くは棗の顔も見納めとなる。
「ねぇ、椿」
「ん?」
「最後に私の我儘を叶えてもらえるかしら?」
「なに?」
「獅子山くんにハグしてもいい?」
「・・・・・」
椿はギロっと刺す視線を僕に投げたけど、ため息をついて「いいよ、棗なら」と洩らしたけど、僕に意見はないようだ。こういう扱いが随分と懐かしくもある。
言葉通り、「それじゃあね、ガオくん」と棗が僕に抱きついてきた。そして頬に軽く唇を当てて身を離した。周囲の人からの視線が気になって仕方ない。
「海外じゃ常識の挨拶だから」
「・・・ここは日本だよ」
「ふふ、椿にも」
そう言って、棗は僕と同じように椿にも頬にキスをして改札を通った。
それじゃ、落ち着いたらまた逢いましょう、と一言置き土産を残して。
椿は数日ほど仙台に滞在した後、東京へと戻っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
2月の職場の閑散期を狙い、俺は初めての連休を取得して里帰りをした。
家族に顔を見せるというよりは、改めてご挨拶に窺うのが目的ではあるけど。
身長のくだりについては久々の人に会う度に触れられるので割愛する。
「久しぶりねトラちゃん!!」
「はい、楓さんも変わりないようで」
俺の肩をガッチリと掴み、そのまま引き寄せようとする楓さんと、それに抵抗する俺のやり取りを眺めながら、小父さんが「いつまで東京にいるんだい?」と訊ねてきた。
「二日間です」
「そうか、ゆっくりしていきなよ」
「はい・・・あ、そうだ、あのですね、この度は・・・って、楓さんいい加減離れてくださいよっ」
「やん。男らしくなったトラちゃんが格好良くてつい」
楓さんを引き剥がし、母に呆れている娘を前にして俺はしっかりと告げた。
「あの、俺、椿とお付き合いさせてもらってます」
そう言うと、無表情ながら椿の頬が徐々に赤色に染まっていくのが見て取れた。
肝心の両親の反応はというと・・・。
「え、君たちまだ付き合ってなかってなかったのかい?」と別ベクトルで驚く小父さん。
「この腰抜け。いつまで娘を待たせておく気だったの」と罵倒する楓さん。
以上、雰囲気もヘッタクレもない報告でした。
報告といえば、俺はもう1人の人物にも連絡をいれてあった。
その人物は由樹。みんなで「ユキ」って呼んでいたけど、本当は由樹って名前なんだけど、それはまぁどうでも良いとして、椿と交際を始めたと連絡すると、「とりあえず安心したよ」と祝福なんだかよくわからない返事が返ってきた。
「そういえば由樹は今何してるの?」
「あれ、皇さんから聞いてないかな」
「棗?どうして?」
「俺さ、去年の秋くらいから海外に留学してて、現地で何度か皇さんと会ってるんだよ」
「えっ、そうなんだ」
「だから、成人式の計画も元はと言えば俺が提案したんだよ」
「それは・・・聞いてなかったよ」
由樹も由樹で、色々と動いているんだなと実感した瞬間だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
椿は大学卒業後、とある出版社に入社して4年あまりで退社をした。理由は小説家としての道を選んだから。
仕事をしながら小説を書き、何やら大賞を受賞したようで出版した本がちょっとした話題となった。その後、取材を受けた雑誌に顔写真が掲載され、「美人作家」として更に人気に火が着いたが、本人はあまり快く思っていないらしい。
常滑さん・・・もう苗字は柿沼になるんだけど、2人の子供もすっかり大きくなってもう小学生2年生になるんだから驚きだ。防衛大を卒業した柿沼は、警視庁へと就職し現在は単身赴任中だとか。
そんな周囲の環境の変化に俺だって負けていないと自信を持って胸を張れる。左手の薬指に銀色のリングをはめた椿が、開店の準備を始める。そう、俺は30才を過ぎた頃に自分の店を立ち上げる事ができた。
とはいっても資金繰りは大変で、嫁の出版した本の印税に頼った部分は否めないけど、「銀行に借りる額を少しでも減らさない?」と預金分を除いて頭金にしてくれたので頭が上がらない。
店は北関東の田舎にオープンした。ここまで順調なのは、無料のスポンサーのおかげかも知れない。
というのも、「資産家の皇家一行が足繁く通うお店」という事で僕が以前に働いていた仙台の店が話題となり、皇会長が「彼の料理はとても美味しいんだ」と太鼓判を押したのがその手の界隈で噂に噂を呼んだ。その彼は俺であり、会長にも「別にお世辞じゃない。君が作った料理だなんて知らなかったしね」と久々の再会の際に言われた。
出会いとは財産であり、宝物だ。
そうやって、周りの助けもあって僕はここまで順調に人生の道を歩むことができている。
「パパ~お腹すいた」
娘の葵が二階から下りてきた。
葵は今年で5才になり、顔立ちは椿にそっくり。
ちなみにこの店は2階と3階がそのまま居住スペースとなっていて、椿は店の手伝いをしながら小説の執筆を続けている。椿の負担を減らすため、経営が軌道にのったらアルバイトを雇うのが目先の目標となっている。
今の時期は年末で忘年会の予約で忙しい。
それに本日はわざわざ東京からお客様がお見えになる。
店のドアが開き、備え付けのベルが音を鳴る。どうやらその客様が到着したようだ。
「おめでとう、獅子山くん」
「ありがとうございます」
「随分と洒落た店ね」
「でしょ?」
ますます色っぽくなった棗が感想を口にし、あまり学生の頃と見た目が変わらない常滑・・・じゃなかった、柚と迫力が増した柿沼が続く。そして最後尾には親友の由樹のいつものメンバー様御一行。
またこうして顔を並べる事ができるなんて信じられない。それに、今日は店は完全貸し切り。
営業というよりも、ちょっとした同窓会感覚。
「葵ちゃん、椿そっくりね。パパの面影はどこにいったのかしら」
棗が意地悪く笑った。そう言われても仕方ないのは承知しているので水に流してあげよう。俺も大人になったのだ。
しかし、なんとも感慨深い光景なんだろうか。
棗が俺と椿の子供を撫でているなんて、高校のときは想像すらしていなかった。
では、棗と一緒に道を歩む未来を想像していたかと言うと、それもない。
俺には「皇財閥の人類ICチップ計画」なんて最近テレビで取り沙汰されるような、日本の未来を背負う事業を継ぐなんてできない。それは由樹みたいな皇財閥の幹部候補と呼ばれる人種が担うに相応しい。
僕の店の料理を一通りテーブルに並べ、小さな宴会が始まった。
お酒が入り、気分が高揚して会話が弾む。
5年後も、10年後もまたこうして集まる事ができたら、それはどんなに幸せなことだろう。
前にお客さんの1人に、「若いのに店を経営して偉いね」と褒められた事があった。
今まで乗り越えてきた事柄を順を追って説明することができないので、俺は都合の良い言葉でまとめ、「・・・色々と大変でした」と口にした途端、自然に笑みが溢れた。
「そういえば、お前ら関口って覚えてるか?」
宴会の途中、思い出したように柿沼が口にした。
「転校していった関口か・・・懐かしいな」
由樹がそう言って、一同も頷いた。
俺だって久々の友人の名前を耳にして昔の思い出に耽っていると、柿沼は皆の視線を集めてこう続けた。
「例の広島の引越し先のお隣のお姉さんとな、結婚して子供までいて順風満帆らしいぞ」
「マジか!」
思わず、俺はそう口にした。
一年以上の長きにわたる期間を経てご覧頂きましたユーザ様にまずは感謝を。
本当にありがとうございました。
処女作なので思い入れもある作品なので、ダレずに完結までたどり着けて良かったです。
今後は引き続き他作の投稿と、新シリーズも開始しました。
新シリーズでは、苦手としているぶっ飛んだラブコメに挑戦してみますので、宜しければこちらも今後ご覧頂ければ嬉しいです。
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重ね重ね、ありがとうございました!