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第78話

 2つ並んだ生ビールをそれぞれ片手に持ち、俺達は「乾杯」とグラスを合わせる。


 今もなお困惑の渦中にいるけど、周辺で遅くまで営業しているのが駅前にあるチェーンの居酒屋だけなので、仕事が終わり椿と流れでそこに来ていた。



 良い飲みっぷりで、一気に半分以下までグラスのビールを飲んだ椿が大きな息を吐きながら「職場の人、優しいね」と言った。


「あとが怖いけど」


「それは知らない」



 実はいつもよりも早めに仕事を上がらせて貰っている。


 東京から知り合いが遊びに来たとチーフに伝えると、「今日はもう上がれ」と言われ、「その代わり来週は休みなしな」と意地悪く笑われた。対価が大きすぎだけど、チーフのいつもの冗談だとわかっていたし、ここは素直に上がらせて貰った。



「しかし、来るなら連絡くれればいいのに」


「それじゃサプライズにならない」


「まぁ・・・そりゃそうだけど」



 お通しの枝豆を放り込みながら、ビールを一口含んだ。椿が迷わず「私は生で」と言うから釣られて同じモノを頼んだが、あまりビールは好きじゃない。


 それにしても、お酒を飲む姿を見たからか、椿も随分と大人びたかなと思う。どことなく楓さんにより似てきたというか、綺麗さに磨きがかかっている。



「仕事、頑張ってるんだね」


「まだ2年目だし、まだまだこれからだよ」


「ここで何年働くの?」


「年数は決めてないけど、ある程度仕事を任せられれ、それがこなせるようになったら海外に勉強しに行くのも・・・」



 漠然と考えていたプランを椿に話すが、「海外」と口にした途端に言葉にブレーキがかかった。あまり椿の前で口にしたくない単語だ。


 椿は残りのビールを飲み干して「本気だったんだ」と呟いた後に、「今日は私、とことん飲む」と追加でビールを注文した。



「とことんって、俺終電あるんだけど」


「うっさい、付き合えバカトラ」


「あの、もう酔ってるの?」



 その後、互いの近況の報告をしたり高校時代の話(主に棗の悪口)をするうちに、アルコールも相まって会話はヒートアップし俺と椿はどんどん酒を注文した。



 その結果、0時を回った辺りで椿は潰れてしまった。


 あれだけ「私、飲み会で酔ったことないから」とか言っておいてなんだこれは・・・・。



「おい、椿、歩けるか?」


「・・・ん」



 目の焦点が現実とあっていないように虚ろだ。これは俺がホテルに送るしかなさそうだ。宿泊先のホテルは聞いてるし、ここからだとタクシーですぐだから問題もないだろう。



 店員にタクシーを呼んでもらい、会計を済ませると到着したタクシーに椿を押し込んだ。「うー」と低く唸る椿は、俺の肩を借りながら早くも居心地の悪い夢を見ていそうだった。



「おい、部屋は何号室だ」


 ホテルに到着し、椿の体を支えながら訊ねるが、「・・・おんはるはひ」と呂律が回ってないので聞き取れなかった。俺もお酒が回っていてあまり余裕はないので、「鞄を漁るよ」と言うと椿は大袈裟にコクンと頷いた。



 なんだよこの無防備な美女は。普段からこうなら随分と危なっかしいじゃないか。了承を得て鞄の中を探ると、「408」と書かれた部屋のカードキーが出てきた。



 その部屋へカードキーを差し込むと、ロック解除の黄緑色のランプが点灯しひとまず安堵につく。


 あとはこの酔い潰れをベッドに放り投げて帰るだけだ。



 そう思っていたんだけど、ベッドに椿を寝かして「それじゃあ」と踵を返そうと背を向けると、急に後ろに引かれる力が加わり椿が横になっているベンドに倒れてしまう。椿が俺の腕を掴んで引っ張ったようだった。



 俺も男だ。意識はしていたが、そうならないように振る舞っていた。けど、倒れ込んだ先に椿の生温かく柔らかい身体が下敷きとなり、さらに椿の腕が俺の背中に回されてガッチリと捉えられてしまった。



「ちょ、椿、酔い過ぎだっつの!」


「・・・アホトラ」



 俺を罵倒し、回された腕の力が更に強まる。そうなると、密着している椿の身体の感触もより輪郭が鮮明になっていく。



「海外行くって・・・また私と離れようとしてるでしょ」


「うわ、酒臭っ」


「ねぇ、どうなの、ガオ」


「べ、別にそんなつもりじゃないから取り敢えず離せってば」


「や」


「面倒くせー幼馴染だなっ」



 据え膳食わぬは男の恥?


 俺は決意をもって1人仙台まできたんだ、そんな膳なんかひっくり返してやる。


 ここで椿と一緒にいると全ての決断が水の泡になてしまう気がするんだ。


 椿と離れようとしている自覚はなかったけど、仙台への就職と海外への勉強も含めて考えても、はやりその通りなんだろう。



 俺は、まだ過去()に囚われている。


 別に未練だとかそんなんじゃないけど、しっかりとした別れじゃない以上は今でも煮え切らないのは事実。そんな気持ちで椿・・・それか、他の女性と関係を持つのはどうも憚られた。



 考えすぎ?ああ、確かにその通りだ。


 でも、あんな「婚約誓約書」までサインした経験なんてありもないのに、昔に知り合っていた関係も知りもしないのに、他人が俺の気持ちなんて分かるはずもないし理解もされたくない。



 この状況をどう乗り切ろうかとドキマギしながら思考を巡らしていると、遅い時間にも関わらずポケットに入れているスマホが鳴り出した。



「椿、スマホ、誰かから電話かかってきたから」


「無視して」



 なんとか身をよじらせて電話の相手を確認すると、その意外な相手に俺は驚いて「えっ」と声を上げてしまった。



「ちょっと、頼むから電話に出させてくれない!?」


 そうお願いするも、椿は頭を左右に振るだけで一向に解放をする気はないようだ。だから、俺は口にした。



「電話、棗からなんだけど」


「・・・え?」



 俺と同じように驚いて声を出し、同時にすぐに腕の力を弱まったので、椿が固唾を飲んで見守るなか電話に出た。



「・・・・もしもし」


「久しぶりね、獅子山くん」


 数年前の、別れる前となんら変わらぬ調子の棗に拍子抜けする。



「本当に棗?」


「ふふ、どういう事よ」


「だって今まで連絡も取れなかったのに・・・」


「ごめんなさいね、あなたと同様に私も決意を鈍らせたくなかったの」


「それってどういう───」



 僕が質問をする前に、棗は遮って要件を進める。



「───それよりも、久しぶりの椿とはうまくやっているの?」


「・・・え?」


「今回の計画の立案をしたのは何を隠そうこの私なんだから」


「・・・は?」



 全然意味が分からなかったけど、棗から今日の成人式に向けて椿を仙台へ送り込むために常滑さんと計画を企てていた旨を説明された。


 椿にも説明すると、ポカーンとした様子でスマホ越しの棗の声に耳を傾けていた。



「獅子山くんの事は優秀なスパイから随時聞いていたわ」


「・・・比奈か」


「正解」



 あんにゃろう、色んな所に内通しやがってからに。



「それで、どうなの、椿とは。この時間に一緒にいるってことはお楽しみ中だったかしら?」


「・・・介護中なだけだよ」


「ま、いずれにしても、明日は私も仙台に行くから、椿と3人で会いましょ」


「日本に来てるの!?」


「用事で少し滞在してるの。あまり時間は取れないけど、ちゃんと話をしたいの」


「俺はいいけど・・・」



 椿も頷いているので、「わかった」とひとまず了承し、正午に駅前に待ち合わせと告げられて電話は切られた。



 もう何もかもか突然すぎて事態の把握ができない。


 足を止めているのに景色だけが流れていくような違和感。



 ひとまず状況の収集がついたと思い、「ま、そういう事だからさ」と言うと、「トラ」と椿に名前を呼ばれ両手を掴まれた。そして、すぐに椿の顔が迫ってキスをした。


 唇が触れても想像よりも動揺はなかった。


 それよりもアルコールの匂いが気になるくらいだ。



「・・・初キスが酒臭いとかウケるんだけど」


「私、棗がトラを連れて行こうとしても許さないから」


「そんな話じゃじゃないと思うけど」



 そう言うと、「知ってる」と椿は言って、またキスをした。


 なんとも、よくわからないタイミングだなと頭の隅で考え、結局その晩は椿と一緒に過ごした。

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