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第77話

 きちんと親に進路について話をしたのは、3年生の夏休み中の行われた三者面談の時だった。むしろ親も含めて誰にも喋らず胸のうちに秘めておいた。


 2年生の進路調査では全て大学への進学希望だったため、「料理人になりたいので飲食関係に就職します」と急に告げた僕に、親も先生も目を見開いて驚いていた。



 当然その場で「そうですか。わかりました」とはいかず、自宅に持ち帰ってもう親御さんとゆっくり話し合ってみて下さい、と先生に言われる。家でもなかなかに話し合いは難航した。



 僕が椿から料理を習っているのを知っているため、その影響だろうと言われたけどまさしくその通りだった。母さんは「今の時代大学を出てからからでも遅くない」という意見で、父さんは「虎二郎の好きにさせてみたらどうだ」というありきたりな構図が生まれる。



 結局僕は折れることはなかった。別の目標がないまま中途半端に大学に進んだところで意味はない。だったら、今も将来の夢に向かって歩んでいる同級生に少しでも歩幅を合わせたいという気持ちが強かった。



 通っていた高校は進学校のため就職という進路は珍しく、急な進路変更は僕も先生方も慌ただしかったけど無事に仙台への会社へと就職が決まった。なぜ遠い東北を選んだかというと、自立をしたい気持ちと、僕も誰かさんに習って海外は無理だけどとにかく家から遠く離れたかったから。



 秋口になると本格的な受験のシーズンになるため、椿の料理教室も回数が極端に減った。そのため、椿や皆には内定が決まってから日数が経過してから報告をした。


 その時の椿の言葉がやけに印象深く、今も記憶に残っている。


 "トラも遠くに離れていっちゃうんだ"


 同じ日本だしそこまで大袈裟な距離ではないと思ったけど、椿の言わんとする意味は物理的な距離じゃなく、精神的な距離を指してたんじゃないかと今になって思う。



 何かドラマ的な約束をするわけでもなく、空白の期間はあったものの長く連れ添った幼馴染とも卒業を境に別れた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 覚悟はしていたつもりでも、飲食業界はなかなかにブラックで辛い。何よりも堪えるのは拘束時間の長さ。朝7時前には出勤して退社は夜の11時前後になるし、残業代なんてないし休憩すらまともにない。



 この辛さを支える糧はやはり棗の決断だった。仕事が忙しくあればあるほど、新しい仕事を覚えるほど

彼女の歩幅に近づいているという実感を得られるから、今日も身を粉にして頑張る事ができる。






「成人式、本当に東京に帰らなくてもいいのか?」


 年が明ける前に、チーフから何度か訊ねられた。ここの職場は労働環境は良くないけど人間関係は良好と言えた。連休なんてご法度な空気の中でも、こうして一生に一度の成人式については休みの便宜を図ってくれるというのだ。



 でも、たかが2年家を離れたところでざわざわ休みを取得して成人式へ行く理由もないから俺は頑なに断った。俺は仙台に来てから東京の家には一度も帰っていない。研修で東京へ訪れた時もあるけど家には寄らなかった。


 俺が帰るときは、身内に何かあった時かそれなりの経験を積んで一人前になった頃かと決めていたから。




 年が明けた成人の日の当日。

 この日は団体で予約が入っていた。


 成人式に出席する資格がある俺は、その成人に向けて料理の支度をするという仕事に追われていた。


 東京の友達からも何人からか連絡があったけど、「仕事でいけない」と返事をしてある。今頃は何をしているんだろうなぁ、と物思いに耽る余裕すらなく時間は流れた。



 閉店の9時前、大量の洗い物と格闘中に先輩の社員に呼ばれた俺は、返事をして洗い物の手を止めた。その先輩は、やけにニヤけた顔をしていた。



「お前にお客さんだ」


「・・・お客さん?」


「そんな洗い物はいいから、早くフロアに行け」



 戸惑いながらも、「はい」と厨房を出てフロアに向かう。


 例の客が誰なのかはすぐにわかった。


 店の入り口の前で立っている「客」に向けて、突然の訪問に困惑しながら声をかけた。



「ど、どうしたんだよ急に」


 その客は、ムッとした表情で「うっさい、バカトラ」と言った。


 その相手はますます楓さんに似てきた椿だった。



◇◆◇◆◇◆◇◆




 小説に関わる仕事に就きたくて卒業後に文系の女子大に進学した私の生活は、それなりに充実をしていた。


 充実と言っても、日中は講義に出て夜はカフェのバイトをする日々で、他の人がそれを「充実」と捉えるかは知らないけど。



 ある日、バイトが終わり帰宅途中の電車に揺られている時、手すりに掴まっている自分が窓に反射して写った。昔からあまり感情表現は得意じゃないけど、それでも窓の自分があまりにつまらなそうな顔をしているな、と呆れた。




 理由は自分でも分かっている。


 心の距離が離れて、元に戻ったと思ったら今度は体が遠く離れて行ったあの幼馴染が原因。


 私の家で料理を教えている際、受験の話題になった時に「僕さ、実は就職決まったんだ」と、仙台で調理師になると告げられて呆然としたのを今でもよく覚えている。



「漠然と社会人になるよりもひとつの目標を持ってたいんだ。椿に料理を教わって、それで自分の店を構えたいなって考えた」


 

 棗の突然のお別れが、彼を決断に導いたとは傍から見てもわかる。それにしてもズルいと思ったし現実逃避とも思った。棗がいなくなった辛さを「夢」で補おうとしているんじゃないかって、たどり着いてしまった。



「トラも遠くに離れていっちゃうんだ」


 口から溢れたのは子供みたいな我儘だった。


 素直に取ってつけた「夢」を応援できるほど、あの頃の私も大人じゃない。


 それじゃ今は大人かと言われると勿論違う。お酒もタバコも許される年齢になったけど、中身の成長は棗がいなくなったあの時から止まっている。



 充実した日常と先ほど述べたけど、決定的な隠し味がない料理みたいに、彼のいない日々は中学時代と同じくどこか物足りない。奥手なトラも大概だけど、海外に行ってしまった女の子に遠慮をして、色々と動かなかった私も悪い。


 もう何もかも手遅れなのだ。




 大学でできた友達に、「どうして椿は彼氏の1人も作らないのさ」とよく訊かれる。


 付き合いでコンパには参加したけど、生憎お酒に強い私は防壁が高く、そう容易く他人への侵入を許さなかった。見かねた友達が、その度に先程の内容を訊いてきた。


 私は曖昧にはぐらかすけど、そうやっているうちに寂しいまま卒業しちゃうよ、と余計なお世話を言われると内心焦るのも事実。





 モヤモヤとしている時に、丁度柚から成人式について連絡が入った。


 そのやり取りでトラについて触れてきた。卒業後の1ヶ月間はポツポツも連絡をしていたけど、学生と違い仕事が忙しいためかトラからの連絡が途絶え、それからは一度もやり取りはない。


 獅子山家との交流は続いていて、たまに比奈ちゃんとお茶もしている。その時に、私には届いていないトラの近況を聞いたりはしていたので、柚には「成人式もあっちで仕事だって」と伝えた。


 すると、皆でトラのところに行って驚かせちゃおうか、と柚が提案してきた。遠距離恋愛中の柿沼君も含めた3人で仙台にあるトラの職場に突撃しちゃおう、と。


 迷惑がかかると否定したけど、本当は行きたかった。単純に興味があったし。


 さっそく比奈ちゃんから情報を聞き出し、成人の日の翌日は仕事が休みというのも分かったし、予定がないというのも聞き出してもらった。



 仙台でチェックインするホテルは柚達で予約してくれるらしく、移動の新幹線だけは時間を決めた上で各自で手配をしてと言い渡された。




 成人式当日。


 振り袖を来て通常通り参加したけど、その後の集まりには参加せずに夕方に東京駅へと足を運んだ。仙台へ現地集合となっていたけど、その道中に柚から「アタシ達は急用で行けなくなりました!2人で楽しんでね!」とメッセージが飛んできた。そして、予約したビジネスホテルもちゃっかりシングルになっていて、始めから私一人で行かせるために計画されたものだと悟った。


 急に1人でトラに会うのが心許なくなり、でも時速300kmで向かっていて今さら引き返せないのも事実。ここまでお膳立てをされては期待に応えなくてはいけない、と使命感に駆られた。



 仙台に到着し、閉店間際の時間を狙ってホテル内のお店へと入った。同い年くらいの多くのお客が騒いでいて、きっと同じ成人なのだとわかった。



 会計の際に、「獅子山虎二郎さん、いますか?」と男の店員さんに訊ねると、きょとんとした顔を作り、「・・・少々お待ち下さい」と告げられた。



 すぐに、トラは厨房裏から出てきた。相変わらずの頼りない雰囲気で「ど、どうしたんだよ急に」と開口一番に言われ、少しムカついた。




「『久しぶり』とかが先なんじゃないの?」


「あぁ、そっか、久しぶり・・・じゃなくて、どうして椿がここにいるの?」



 鈍いトラに更にイラッとしたけど、質問は無視して私は思わずこう口にしていた。



「背・・・すごく伸びたね」


「あ?・・・・あぁ、そうなんだよ。卒業してから急激に伸びて、制服が小さいんだ」



 背の低さをコンプレックスにしていた学生の頃と打って変わって、彼は私が少し見上げる程に大きくなっていた。私は身長が171cmだから、きっと175cm以上はある。


 背の高い彼は見れば見るほど違和感があり、同時にその成長を間近で見られなかった空白の時間が焦れったかった。



「本当は皆で来るつもりだったけど、ドタキャンで私一人だけになっちゃったの。明日休みでしょ?その後にやろうよ、成人のお祝い」



 手でお酒を煽るジェスチャーをして私が言うと、「なんで休みって分かるの!?」とトラが驚くから、「比奈ちゃんという優秀なスパイがいるの」と答えると、全て合点がいったようで「・・・なるほど」と呟いた。


なんとか無事最終話まで書けました(泣)


あと2話です。



他作に続きこちらも最終回を迎えるので、そのタイミングで凝りずに次回作でも始めようかな思っています。


どうしても暗めに作風が偏ってしまうので、面白いかは別として次回作は書きたいと思っても苦手としているギャグ全開ラブコメに挑戦したいと思います。


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