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第73話

 肌を外気に晒すと、寒さで鳥肌が立つ11月中旬。


 秋晴れの昼下がりの休日に1人家を出た僕は、家の近くにある大きな国道へと足を運んでいた。



 道路の脇には重厚そうな車がハザードを点灯させながら停していて、その運転手は車の外に出ていた。


 僕に気づいた皇会長が、笑みを浮かべながら片手をあげる。一度会釈をして近づくと、乾いた空にどこまでも響きそうな明朗な声で「休みの日にすまないね」と一層相貌を崩した。



「とりあえず、()()()に見られるとまずいから乗ってくれ」


「あ、はい」



 促され、皇会長の高級車に乗り込む。革製のソファの座り心地に驚きながら、「あの人って楓さんですか?」と訊ねた。



「ああ、特に理由はないんだけど、あの人に見つかると面倒な気がしてね」


「・・・その気持すごくわかります」



 皇会長が苦玉を噛み潰す表情をして、僕も応えて同じ表情になる。互いに楓さんの破天荒さに振り回される苦労を共有している分、それだけで繋がりは強固となるから不思議だ。




 話はさかのぼり、先月の修学旅行後に突如皇会長から僕のスマホに連絡があった。


 そういえば連絡先を交換していたっけなと思い出し、同時になんの用件かとハラハラした。


 恐る恐る電話に出ると、柔からな口調の皇会長から今までのお詫びとお礼を兼ねて、個人的な食事でもどうだと誘われた。なんと、棗の抜きのサシでの食事という事で困惑したけど、断る理由もなく僕はOKをした。



 そういった経緯があり、予定を調整した今日こんにちに至る。


 車を走らせて向かったのは、隣の区にある普通の定食屋のチェーン店だった。毒気を抜かれた僕をよそに、「入ろうか」と朗らかに皇会長が車を出たので慌てて後を追う。



 店内は少し混んでいて、テーブルの片付けで少々待たされたけど無事席に着くことができた。



「ここの味噌カツ定食が美味しいんだ」


 メニューを広げながら皇会長が口にする。


 随分と庶民的だなと感想を懐きながら僕もメニューを眺めたけど、結局は皇会長と同じ味噌カツ定食にした。



 対面で話す皇会長からは初めて祭りの日に出会った威圧感は霧散していて、実に接しやすい温かみが漂っていた。同じ人なのかと疑うくらいにその違いは顕著で、落ち着いた格好いい大人の人って印象。



「改めて獅子山君、娘の棗については色々迷惑をかけてすまなかった」


 テーブルに両手をついて深々と頭を下げられた。場所が場所だし、きちっとした見た目の大人がドチビ未成年に頭を下げる行為は非常に人目を引くしで、どうしたらいいか分からず「ちょ、ちょっとやめて下さいよ!?」と両手を迷わせる事しかできなかった。


 頭を上げた皇会長は気にせず話を続ける。



「棗から留学の件については聞いているかい?」


「はい、卒業後は海外に行くと聞いてます」



 そう言うと、少し間を置いて「・・・そうか」と歯切れの悪く皇会長が口にした。


 その後は、皇会長から棗との過去話をざっくりと伺った。その中で「日本緑化計画」という単語を耳にした途端、「その事を言ってたんだ」と思わず声に出してしまう。



 鉄板で焦げた味噌の強烈の香りがする味噌カツ定食が運ばれてきたので、会話を一度打ち止めとなった。しばらく舌鼓を打っていると、お冷を口に流した皇会長が唐突に言った。



「俺はね、息子が欲しかったんだ」


「・・・息子ですか」


「棗が生まれて、次は弟かなって思っていた矢先、妻が子供どころじゃなくなったんでね」


「あ」


 どう答えたらいいのか窮してしまう僕に、「あ、すまない、重い話だった」と皇会長がフォローをする。



「誤解をしないで欲しいけど、獅子山君を息子代わりにしているとかそういった話じゃないんだ。ただ、君を見ていると少し昔を思い出してね」


「どんな昔ですか?」


「親子3人で東北の大きな花火大会に行ったことがあるんだけど、そこで迷子の子を遭遇してね

。妻が保護するって耳を貸さなくて、その時にその子と棗が仲の良い姉弟にみえたんだ。だから、次は弟かなって」


「遠回しに僕の見た目がまだ幼いと言いたいんですね?」


 皮肉を口にしてみると皇会長が目を丸くして、その仕草は棗と瓜二つだと内心思った。



 「そ、そういう訳じゃないんだ」と慌てる皇会長を見て、金星をあげた気分になる。

 


「・・・ガオ君かぁ」


 唐突に皇会長が椿だけが知っているはずの僕の黒歴史のあだ名を口にしたので、「どうして知ってるんですか!?」とつい大きな声を上げてしまう。



「何のことかな?」


「いやいや、今『ガオ君』って言いましたよね?もしかして椿が棗に話して、そこからお父さんに伝わったんですか?」


「ちょっと待ってくれ」僕を落ち着かせる、というよりは自身を抑える言葉に聞こえた。「娘からは何も聞いていないし、俺もよく状況がわからないよ」



「僕も昔『ガオ』って名前を自分でつけてたって話しです」


「・・・まさかとは思うけど、君も昔東北の花火大会に行ってないよね?」


「あまり記憶はないですけど、父方の実家が東北なのでもしかしから行っているかもしれません」


 そう答えると、「いや、まさかな」とか「そんな事ありえないよな」とぶつぶつ独り言を喋り、パッと僕の顔を覗き込んでから、「申し訳ないが、この後まだ時間はあるかい?」と訊ねられた。




 食後に解散の予定を変更し、僕は一度だけ行ってことのある皇家を訪れてた。


 どういった因果なのか、まさか棗のお父さんの皇会長と一緒に訪れる事になるなんて想像すらしていなかった。



 客室で待つように言われ、淹れてもらったコーヒーを啜っていると、皇会長が一枚の写真を持ってきた。



「これを見て欲しい」



 手渡された写真も見る。


 まず目に飛び込んだのは、棗をそのまま大人にしたような銀髪を結って浴衣を着た綺麗な女性。しかも、その浴衣に見覚えがある。白色を基調とした黄緑の花が散りばめられた浴衣・・・棗が夏祭りで着ていた浴衣そっくりだ。



 その女性の前には、幼い少女と少年が写っている。


 少女は白いワンピースを着て大きな麦わら帽子を被っていて、少年は短パンに無理キュアのガラのTシャツを着ている。


 2人は手を繋ぎ、カメラに向かって余った手でそれぞれピースをしている。


 その少年はどこからどうみても・・・・



「この男の子・・・・多分僕です」



 皇会長の目が、驚愕により大きく見開かるのを確かに見た。


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