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第70話

 由樹と外に出て、部屋に戻ってきてからはただ呆然としていた。次々と明らかになる事実の負荷に、脳が耐えきれなくなったみたいだ。


 おかげて、目の前で行われている麻雀大会にも上の空で参加をして、何度もチョンボをしたり見え見えな危険牌を捨ててロンを食らったりと散々だった。


 一緒に参加している上家かみちゃに座る由樹は、晩秋の夜風みたいに涼しい顔をして打っている。どうして平然としていられるんだろう、と不思議に思うと同時に怖くもなった。



 仮に、由樹の話しが全て真実であれば僕は彼の恋敵になる。恋敵ってなんだか大それた言い方だけど、そんな相手にずっと優しくしてくていたという事実。今まで僕とどんな気持ちで接していたかと考えると、深すぎて底が見えない深淵のようで、怖い。



「お、どうかしたのかよ」



 下家しもちゃに座る柿沼が、僕の顔を覗きんで訊ねてきた。由樹と同じく、僕に優しく接してくれる強面の友達に、「ただ眠んだよ」と嘘をついて強がってみせた。



 ホテルの部屋が集団部屋で良かった。


 きっと由樹と2人きりだったら、質量のある重い空気に押しつぶされるところだったから。





 怒涛の修学旅行3日目は、岩手の安比高原という場所で1日を通してキャンプ体験をするという趣旨になっている。



 バイキングで朝食を済ませた後、大型バスに乗り込み狭い山道を登っていると山の紅葉の景色が目に飛び込んだ。普段東京に住んでいる僕らには見慣れない光景で、後ろ側に座っている女子たちがさっそく「綺麗」だの「ヤバい」だのと騒ぎ始めた。



 安比高原に到着し、1日の流れの説明を受けると事前に決めていたグループにそれぞれ分かれて昼食のカレー作りを開始した。



 メンバーは男子が僕、由樹、柿沼、女子が皇さん、椿、常滑さんで合計6人。まぁ、物語進行の都合上お決まりのメンバーだね。




 カレー作りはちゃんとした調理場ではなく、本格的にレンタルで借りたキャンプ用品で調理するので、ご飯も飯盒はんごうで炊かなきゃだし、タンクに水を汲まなきゃいけないし火も薪から燃やさないといけない理由で、男女混合のメンバーとなっている。



 力作業の水の調達は万丈一致で柿沼が担当することになり、僕は火を点けた薪に一生懸命うちわで扇いでいた。事前に通達されていたけど、東北の秋の山は寒い。ジャージでは繊維の隙間から冷たい風が肌に当たるので、火の作業は暖を取るにも都合が良かった。




 野菜のカットは女子が担当しているけど、皇さんの包丁の扱い方の下手さや、米を洗剤で洗うなどの時代遅れなギャグをかまして現場は阿鼻叫喚の様子だった。



 その現場を横目で眺めていると、「あっちはあっちで大変そうだな」と調理器具の洗い物を終えて戻ってきた由樹が、苦笑気味に隣で呟いた。



 咄嗟に思い浮かんだのはまだ記憶に新しい昨夜の出来事。


 僕が、由樹を好きな人に皇さんの名前を挙げたその後、由樹は僕に対してこう訊ねた。


 "トラと皇さんの関係って結局何なんだ?"


 この答えは僕が一番聞きたい。訳もわからないまま婚約をしてる関係です、なんて本当だけど誰も信じないから説明できるわけがない。


 答え倦ねる僕に、「ま、言えないならいいよ。ただ。椿と皇さんのどちらかを選択しなきゃいけない時が来るって事は覚えておけよ」と忠告したのが隣にいる由樹だ。


 この僕が「選択」をする立場にいるなんて笑っちゃうよね。でも、その言葉はどうしてか胸の深い部分に生々しく刺さった。



 その言葉を最後に、いつもと変わらず傍で見守ってくれる優しい友人に戻った由樹に、僕もぎこちないかもしれないけど自然を装う。



「皇さん、料理下手だったんだね」


「才色兼備でも苦手や弱点はあるんだな」


「それはまぁ、同じ人間だからね」



 僕がそう言うと、「そりゃそうだな」と由樹が笑う。いやいや、君も人外の部類なんだけど自覚あるのかな。



 時間通りにカレーは出来上がり、椿監修のもと調理されたカレーは、まぁ普通のカレーだった。材料も限られているし、何か調味料を加えて味に深みを出す、なんてのは出来ないため、必然と加点式ではなく減点式になる。



 昼食後は少し休憩を挟み、本日寝泊まりをするテントの設営を指導員の指示の元行った。男女が寝泊まりをする場所は林を挟んで分けられているため、女子側の様子をみる事はできない。



 設営が終了したら自由時間となっている。意外とこのキャンプは好評のようで、自然体験にそれぞれ思い思いの時間を過ごしていた。




 夕飯は各クラスに分かれてBBQが開催された。


 水場兼焼き場が転々と散らばっているので、ちゃんと椅子とテーブルがあり、網で焼く肉や野菜は炭の香りが移ってどれも美味しいはずなんだけど、ちょくちょく由樹の様子が気になって味は二の次になってしまう。



 夕食後はそのままキャンプファイアーが行われ、ぐるっと人で囲った中央では、冷えた外気に抗うように大きな炎が踊っていた。


 そのなかでレクリエーションが行われた。ちょっとしたしりとりゲーム

など小学生みたいな催しだけど、自然に囲まれた雰囲気も手伝って、それなりに盛り上がった。



 施設の入浴場で体を洗い終わった後に、スマホに一通のメッセージが届いた。皇さんからで、「キャンプファイアーの場所に来られますか?」と綴られていた。



 キャンプファイアーの火はもうすでに消えていて、残り火の微かな熱気の余韻が漂うだけなので人はもう誰もいないはずだ。



 用件はわからないけど、とりあえず「わかった」とだけ告げ、人目を盗んで指定された場所へと向かった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 秋の夜空は空気が一層澄んでいるのか、薄暗い群青の空に沢山の星が散らばっている。その空の下、星に呼応するように光る銀色の髪を後ろに結いながら、皇さんが1人立っていた。まだあの長い髪の印象が根強く残っているので、髪の短さに思わず目を疑う時がある。



「ごめんなさいね、急に呼び出したりして」


 僕の気配に気づいた皇さんが、深い夜に溶け込むように声を出した。



「全然大丈夫。それよりどうしたの?」


「あら、殿方を呼びつけてする話しなんて1つしかないと思わない?」


「・・・いろいろと想像が膨らむ言い方だね」


 そう言うと、クスリと皇さんが柔らかく微笑む。本当に、以前の冷たい笑みとはかけ離れたほんのり温かみのある笑みだ。



「お父さんの一件から、あまりゆっくりお話してなかったでしょ?」


「あぁ、うん。色々バタバタしてたからね」


「私も色々と気持ちの整理をするまでに時間がかかって」


「うん」


「でも、やっと整理ができたから、アナタに報告をしようと思ったの」


「報告?」


 そう聞き返すと、皇さんは短く結われた髪を触りながら「ええ、これからの報告」と、静かに囁いた。



なんとか自筆しております・・・。

ペースは遅いかもですが、頑張っていきます!

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