第68話
週明けの月曜には皇さんは短い入院から学校に戻ってきた。
本人の言っていた通り体調面に問題はなさそうで、身を案じるクラスメイトの対応にあたっていた。
むしろ、あまりにいつも通りだから、数日前の出来事が僕の夢かただの妄想だったのではと現実が霞んでしまう。
しかし、先週よりも大きく異なる点が1つあって、それが妄想との境界線の役割を担っている。
皇さんのもう少しで腰まで届くかという長い銀髪が、肩に少し触れるくらいの短さまで切られていた。
それはもう、大胆にバッサリと。教室に皇さんが入った瞬間、樹の青葉が強風に揺られている時のように教室内が大きくざわめいた。何事が由樹と柿沼と雑談していた僕たちも一緒に驚いた。
実は昨日、皇さんから「心機一転、髪を少しだけ短くしました」と事前にメッセージをもらっていたけど、全然少しじゃないじゃんって心の中でツッコむ。
放課後になり、皇さんに声をかけられ椿も含む3人で喫茶店に寄り道することになった。僕と椿は学校から家が近く、お店がある繁華街に行くと家から少しだけ遠ざかるので、実際は寄り道ではなく回り道かな?
「ずっとから気になってたお店なの」
目的のお店に向かう皇さんの足取りは軽そうに見えた。品の良いローファーが実はランニングシューズみたいな反発性の素材で底が作られているのではと疑いたくなる。跳ねるように意気揚々と歩く皇さんの銀髪は、以前のように大きく揺れずに照れながら遠慮がちに揺れていた。
「どういうお店?」
抑揚のない声で椿が話しを繋げる。こっちは平常運転でなんだかホッとする。なにこれ田舎の婆ちゃん家でくつろいでる時みたいだ。
「個人経営のこじんまりしたお店なんだけど、一人だとなかなか入りにくい雰囲気なのよ。私、ずっと友達いなかったじゃない」
ブラックジョークに、「あぁ、うん」と椿はあやふやに返事を返す。でも普段からこんなこんな調子だから違和感はない。僕も紛れるように愛想笑いで凌ぐことにした。
「椿のお母さんからお話は聞いてるのよね?」
ジョークから一転真面目な口調で皇さんがそう尋ねるので、鼻白んだけど僕と椿は首肯する。
何を、と聞くまでもなく、病院で起こった話しだ。
とは言え僕たちが楓さんから聞いたのはあくまでも、楓さんと皇さんの両親が大学時代から知り合いという事と、皇さんのお母さんが病気を患った時の話だけ。根幹の部分はさすがの楓さんでも知る由がない。
「驚きよね。私と椿にあんな繋がりがあっただなんて」
「うん、ビックリした」
「本当ね」
皇さんと椿の2人と一緒にいると、何か不自然な感覚に見舞われる。暗闇の中で手探りに距離を測っているというよりと、明るい場所で目隠しをした2人を僕が見ているような違和感。
その正体は、前までは当たり前に聞こえていた蝉の声が止んでいるのに気づいたからか、肌寒くなりつつあるにも関わらず夏の延長線のように未だに木々が青葉を茂らせていることか。
どちらも違う。
簡単なことで、椿と皇さんの2人と僕が今も一緒にいることによる違和感だ。2人が海を泳ぐ人魚に例えるなら僕は漂流した流木にすぎないのに、こうして2人と謎の接点で結ばれている幸運が胡散臭く思うようになってきた。
「納得?」視線の高い椿が隣の皇さんを見下ろした。
「私とあなたって不自然な関係だったじゃない。でも、なにか運命めいたものを感じたから納得」
黙って聞いていて、確かにそうだと思った。初めは険悪な雰囲気が2人を包んでいたにも関わらず、今ではこうして肩を並べて歩く仲だ。不自然と言えばどちらかと言うと僕の存在じゃないか。皇さんとは昔からの縁があったわけでもないのに、僕は2人の運命の輪の中に紛れ込んだ途中参加者に過ぎない。
「運命って、棗は大袈裟。そんな事情じゃなくたって」椿は途中で区切り、振り返って後ろを歩いている僕を見た。そして「どうせ一緒」と言うと、前の2人は何が面白いのか互いに笑った。
いまいち話がわからないまま話しは次へと進む。
椿は皇さんに訊ねた。
「あれからお父さんとも話しをしたの?学校のことか進路についてとか、それからお母さんの事とか」
「今まであまり家に帰ってこなかったけど、これからはちゃんと戻ってくらしいわ」
「そう、よかったね」
椿の甘酸っぱい温かみに、皇さんはたじろぎながら「ふ、普通」と答えた。素直じゃない子供じゃないんだから、もうちょっと何か言葉があるだろうに・・・・。
「でも、色々と迷惑をかけて申し訳なかったわ。特に獅子山くん」
「あひょ?」
急に名前を呼ばれてビックリしちゃったよ。
僕の間抜けな声と顔に、皇さんはふっと微笑みをみせた。
秋から春に移り変わりそうな、柔らかい笑みだった。
それから数日後のテストの結果発表。
体調が優れないまま臨んだ皇さんのテストの順位は、34位だった。
全然優秀の範囲で驚いたけど、皇さんは結果に不服のようで、渋茶を含んだ顔を作っていた。
「すごいよ、僕なんて万全で79位だったのに」
「あなたはもっと頑張りなさい」
「あ、はい」
本当に、「シュン」となった。
「私が納得できないのは椿の順位よ」
「椿の?」
さっそく椿に順位を訊ねると、「89位」と答えた。
確かにおかしい。僕より下回ったことなんてないはずだ。
「負けるなら納得できるけど、どうして病人だった私より順位が低いのよ」
皇さんがジト目で椿に視線を巡らす。あぁ、負けず嫌いは納得しない負け方でもうるさいのか、ひとつ勉強になった。
問われた椿は、少し間をおいて何でもないように口にした。
「友達が大変な時に集中できないでしょ?」
「・・・馬鹿」
照れた皇さんの白い顔が、白寿紅のように赤みが差してきて面白い。
「そうそう、僕も棗さんが心配でさ、あははは」
「あなたは黙ってなさい」
「トラは黙ってて」
「う、うす」
僕は、「シュン」なのだ。
なんだか以前にも増して息ピッタリなのは気のせいかなぁ。
こうして、一騒動に区切りがついた僕たちに待ち構えているのは、大イベントの修学旅行だった。
こっちの処女作も頑張って終わらせるぞぉぉぉ(@@;)