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第51話

「ど、どうして?」


 言ってすぐ、悪手だと気づいた。これじゃ椿に「そうだと」と認めているようなものじゃないか。仮に僕が平然としながら「何のこと?」とトボけた風を装える事ができる人間なら生きていくのも少しは楽になるんだけど。生憎そんな器用は持ち合わせていない。無い袖は振れないので、冷や汗をかきながら質問・・・・尋問応じる。



「なんとなく」


「へぇ~」


 何もやましい事はないから動揺することはないじゃないかと、自身に言い聞かせる。ただ、下手に僕が喋ると、皇さんの進路のことや皇会長とした約束が漏れてしまう可能性がある。そもそも、その件については僕以外に本当に知らないのかな?もしかしたら、椿を含め数人には打ち明けていいるかもしれない。



「別に内緒にしてたわけじゃないけど、実は皇さんからラーメンに誘われてさ。女子同士だと入りにくいから付き添って欲しいって頼まれて」



 真実に嘘を含ませる。習ったわけじゃないけど、皇会長が祭りで言っていた人を上手に騙す方法と僕がしている事が重なる。



「二人で?」



 やけに強い口調で言われたもんだから、引くように「・・・はい」と返した。



 椿は「ふーーーん」と、どこか拗ねた態度になった。もしかしてご立腹?そういえば昔一緒に対戦ゲームをして、僕が勝ち続けると同じような態度でよく拗ねてたっけ。そんなどうでもいい過去を唐突に思い出す。



「そっか、椿も一緒に行きたかったのか。その時は急だったから誰にも声をかけられなくて、その、なんというか...」



「そういうことじゃない・・・もういい」


「あ、はい」


 諦めたような哀れみな目で椿が僕を見た。そっち趣味の人にはご褒美かもしれないけど僕は普通に心が傷つくからそんな目で見ないで欲しい。




「ねぇ、トラ」



 椿の表情がふっと和らいだと思ったら、軽い調子で僕の名前を呼んだ。約5年にわたる関係の空白期間が嘘みたいに。その名前を口にしているのが今更ながら不思議に感じる。そして、次に口にした内容がその雰囲気とは不釣り合いだったので余計に驚いた、というか不意をつかれて焦った。



「今好きな人っているの?」


「は?なんで?」


「・・・なんとなく」



 まさか椿から僕に対してイマドキの高校生らしい話題があがるとは・・・・完璧に油断していた。でも、どういう風の吹き回しでそんな事を知りたがるのか、幼馴染とは言え椿の謎はまだまだ多いようだ。



「僕はいないかなぁ」あくまでも本心だ。


「その・・・棗の事とかは?凄く仲良いし」


「いやいや、僕となんかありえないでしょ」



 やっぱり椿も勘違いをしているみたいだ。皇さんは『尊い』の一言に尽きる。この気持はこの学校で初めて姿を目にしてから変わらない。今でこそ形容し難い奇妙な間柄ではあるけど、そもそも釣り合うわけがない。謎の婚約までしたけど、日常でそれを引き合いに出して僕をどうのこうのしようというのも見られない。



 あと、質問の矛先が僕だけに向けられるは、応援しているチームがワンサイドゲームで負けている時と心境が似ていて気に食わない。だから、同じ質問をテニスの要領でポーンと打ち返す。



「そういう椿こそどうなんだよ、好きな人とか」


「別に...」


「なにそれエリカ様なの?それにさ、由樹の・・・」


「それはない」



 由樹の名前を出した瞬間にすぐに否定された。「由樹」というワードが出た瞬間に、会話を遮断させるプログラムが組まれているかのような早さだった。ははーん。これあれだ、照れ隠しってやつだ。



 しかし、軽く探りを入れるだけのつもりだったのに話題が変な方向へ逸れてしまった。椿の反応から察するに、恐らくだけど皇さんの留学も含めて何も聞かされていないかもしれない。だったら、僕の口からじゃなく皇さん本人から打ち明けるまで、僕は胸の内に秘めておくことにした。



「部活抜け出して、大丈夫なの?」



 そう聞くと、「そろそろ行かないと」と椿が立ち上がった。良かれという気持ちで飲み終わった缶を一緒に捨てようと手を差し出した。椿は「???」と首をかしげて、僕の手を当たり前のように握った。



「違う違う。なんでそうなるの。缶、捨てておくからって意味」



 指摘すると、珍しく無表情な顔を紅潮させながら「早く言って」とココア缶を雑に手渡して、階段を登ろうとした。その背中に向かって「あのさ」と呼び止めると、まだ赤い顔をこちらを向けて目だけで「なに?」と要件を促した。




「頼みがあるんだけどさ」



 僕は前々から密かに考えていた事を口にした。



「今度何か料理教えてもらえないかな」


「・・・突然どうしたの」


 当然、椿は不審な様子でこちらの意図を探ろうとしていた。


「僕も料理を作る事に少し興味があるってだけなんだけど・・・」


 

 そう言うと、椿は若干の間をおいて「考えとく」と、弾みながら階段を登っていった。遠ざかる足音を聞きながら、両手に持った空き缶を捨てるべく立ち上がる。



 それにしても、どうして僕が椿にこんなお願いを頼んだのか。それは、この前に行われた進路調査が関わっていた。

 

 進路調査票には、ただ僕のレベルでも合格ができそうな無難な学校名を記入して提出した。でも、皇さんの将来の目標を聞かされた時、自分がいかにぬるま湯に浸かった人生設計であるかを改めさせられた。そして、これといった趣味も特技もなく、ただ惰性で過ごしている空虚な存在な人間であると思い知った。



 だから、自分を変えるきっかけとして身近に良い先生(椿)がいる料理から習ってみようと思いついた。人生何があるかわからない。この行動も、きっと将来に大きく関わってくる事だってあるし、自分を変える良いきっかけになるかもしれない。



 身近なことから始めていこうという安易ともとれる思考なんだけどね。



「うし」

 

 自動販売機の横のゴミ箱に空缶をふたつ放り込み、大きく伸びをして教室へ戻ろうとしたときだった。



「あのさ」



 階段の前を通り過ぎようとしたら、上から声が降ってきた。見上げると、部活に戻ったはずの椿が階段の折返しから体を突き出し顔を覗かせていた。まだ何か用があるのかなと思っていると、「いるよ」と周囲にも響く音量で椿が言った。



「なにが?」主語を言え主語を。


「好きな人」


「え?」


 椿がにっと笑った。学校では見かけない悪い笑顔だ。


「教えて欲しい?」


 僕が答えるよりも早く「トラだよ」と、確かにそう言った。


「・・・」


 うまく言葉が処理できず、声も出さないでそのまま脳の回復を待っていると、「嘘、さっきの仕返し」と悪戯に成功した子供みたいに笑いながら再び足音が遠ざかっていった。仕返しって、自分が勘違いしただけじゃん・・・



 はっと我に返り、誰かに目撃されていないかと慌てて周囲を見渡したけど、運良く人がいる気配はなかった。



 自惚れかもしれないけど、普段から大人びている椿のああいった一面を僕以外にあと何人の人が見ることができるんだろうか。小さい頃はあんな感じでよく僕をからかって遊んでたりしてたっけ。なんだか懐かしい。



 しかし、これがギャップ萌えか・・・今のを沢山の男子生徒が見たらもっとファンが増えるんだろうなぁと思ったけど、それはそれで僕が嫉妬の袋たたきにあうのは容易に想像がつくのでこの先も遠慮したい。



 首元が熱くなり襟を緩めた。薄っすら汗もかいている。どうやら椿の仕返しは効果抜群だったようだ。



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