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第50話

 進路の一件から何日かが経過した。その間、特に皇会長からの連絡はないようだけど、その平穏が嵐の前の静けさを思わせる。



 不穏な予感を抱いた中、クラスでは来月に開催される文化祭について話し合いが行われていた。皆の前で教壇に立つ由樹が意見を取りまとめ、クラスの出し物は奇抜な出し物じゃなく無難な「軽食」に決まった。まぁ、現実の学校だしこんなもんだよね。後は調理をする係とそれを配給する係 -要するにウィターウェイトレス-、そして当日のシフトを決めれば良いだけなのに、クラス内はある事で揉めていた。



 男子が調理を担当し、女子が配給したほうが良いと男子側から意見があった。そして、女子はメイド服を着るべしという、定番を申し付けた。それが反感を買った。女子側からは「意味分かんない」「あんた達が見たいだけでしょ」「っていうかキモいんだけど」と真っ向から強く反発し分裂。教室は嵐の日本海のようにひどく荒れていた。



「ユキ君もなんか言ってやってよ!」



 一人の女子生徒が由樹へ助力を求めた。由樹なら、(よこしま)な提案をした男子を宥めてくれるだろうと信じているような言い方だった。本来その役割を担うはずである担任の新山先生は、日当たりの良い窓側の椅子に座り、気持ちよさそうにしながらタバコのフィルターの底を組んだ足の膝にトントンと叩き、葉をフィルターの奥へと詰まらせているのに夢中だった。あくまでも由樹に一任する姿勢を隠す気は気はないらしい。



 一方助けを求められた由樹は、「実は」と前置きして「俺もメイド服は賛成なんだよね。その、みんのメイド服姿見てみたいしさ」と、照れくささを滲ませた清涼感を漂わせ言った。



 まさに鶴の一声に数人の男子がガッツポーズをする。とくに再来月に転校が決まっている関口は、これ以上学校で失うものがない強みがあるせいか「よっしゃあ!」と叫んでいた。



 あれだけ言い合いをしていたのに「まぁ、由樹君が見たいていうなら別に・・」と割と満更でもない感じで、重々しい曇天の隙間から差し込んだ光が広がっていくように、すんなりと場が治まっていった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 少し肌寒い10月を迎えた。


 文化祭まで残り2週間となり、学内は文化祭当日に演劇発表をする生徒やバント演奏を疲労する生徒、それ以外でも様々な催しをする生徒が慌ただしく準備をするために動いていた。それが生徒たちにとっての本当の『文化祭』だなんて言葉を聞いたことがあるけど、目の前でその様子をみていると本当にそうなんだなぁ、と思わなくもない。



 感慨にふけっているけど、僕は当日にうどんとそばを茹でるだけの簡単なお仕事なので準備期間は特にすることはない。しかし、各クラスで一枚の大きなちぎり絵を完成させなくちゃいけなくて、この作業がなかなか難航していた。



 暇なメンバーに含まれる僕は、最近になると放課後に居残ってちぎり絵の手伝いをするようになった。ただ色画用紙をちぎっているだけなのに、これが結構な量が必用で骨の折れる作業だった。でも、何かに没頭するのは、暇であれこれと余計なことを考えている時よりも有意義に感じられ、一種の現実逃避でもある。



「しかし、文化祭が終わったらすぐにテストとかダルいよなマジ」



 まだ大勢が残っている教室で、そんな嘆きがどこからか聞こえてきた。無意識に、同じように居残っている皇さんを意識してしまう。女子グループと話しをしながら、楽しそうに細かい色画用紙をキャンバスに貼り付けている姿は、常に孤独を選んでいた去年からは想像つかない。



 毎回テストで一位を取るという枷を負いながら生活している皇さんにとって、今の時間も勉強に割り当てたいはずなのに。これは余計なお世話ってやつなのかな。事情を境内で聞かされたからには、気になってしまうのは仕方のないことだと言い聞かせる。自然と画用紙をちぎる手の動きが緩慢となっているのに気づいた。



 雑念で集中を欠いたので、気分を入れ替えるために飲み物を買いに自販機へと向かうことにした。夕焼けが窓から差し込み、その明るさの割に少し冷えた廊下を歩いて行くと、自販機の前で先客が手を右往左往させていた。




 僕が「甘いものにしたら?」と提案すると、気の抜けた炭酸のように「あっ」っと声を出しながら先客である椿が振り返った。



「ごめん、すぐ選ぶから」


「いいよゆっくりで」


「・・・ん」



 それからすぐに、椿は温かいココアを選んでボタンをポチった。ガランゴトンと缶が取り出し口へと落ちていく音ってなんか良いよね。ボタン一つで危なげなく飲み物が手に入る安心感の音って感じで。「おまたせ」と、椿が自動販売機の横へスッと移動する。


「おう」


 僕は安定のカルシウム豊富な健康ジュースの購入ボタンを押した。飲み物を買い終えている椿は、横に立ったまま動こうとしない。



「・・・・・・・」

「・・・・・・・」



 いやなんか言えよ。最近の椿は僕に対しての態度が妙に余所余所しいというか、なんだか不自然なんだよなぁ。それに釣られてか、僕の方も椿に対してぎこちなくなってしまう事象が発生している。見つめ合うわけでもなく、TSUNAMIのような侘しさに震えているわけでもないのに、素直にお喋りができない。



 それでも「部活の休憩?」と、会話の切り口を見つける。椿の所属する文芸部は、短編集を作成して文化祭で発表するため日々活動に追われていた。今も、僕と同じように気分転換でで飲み物を買いに来たのかもしれない。



「うん。トラは相変わらずちぎり絵の手伝い?」


「そんな感じ」


「そっか」


「うん」


 会話が終わる。室内の部活動や文化祭準備の賑わいで校内が騒がしく、沈黙も目立たないのが幸いだった。



「・・・ここ、邪魔になるし、場所変えよっか」


「え!?あ、そうする?」



 てっきりこの辺りで部活に戻るかと思ってたけど、人気が少ない職員室につながる階段の裏に連れられた。確かに、ここなら静かでゆっくりと時間が過ごせる。


 多少埃っぽいことに目を瞑って腰を下ろす。お互いに購入した飲料の蓋を開けて一口呷ると、「そこは相変わらずなんだね」椿が笑いながら言った。



「何が?」


「カルシュウム摂取主義」


「いやいや、大事だよカルシウムは」


「確かに。トラ、急に背伸びたもんね」


「そうでしょ!?」



 そう、以前から患っていた成長痛の痛みに耐えた恩恵によって、僕の身長は竹に匹敵する成長をみせていた。ちょっと言い過ぎたけど、でももうすぐで160CMに届く勢いであるのは確かだ。



「そのうち椿を追い越すから」


 本気だけど冗談っぽく言うと、「期待してる」と椿は目を細めた。雰囲気がうまく解れた気がしたので一安心。



 そう油断していると、躊躇いがちに椿が口を開いた。



「あの、トラって最近何してる?」


「・・・文化祭の準備だけど」


「そうじゃなくて、この前家に行ってもいなかったし」



 皇さんの自宅に招かれた日の事だとすぐにわかった。



「あの日は友達とご飯食べてて」


「由樹も柿沼君も部活なのに?」


「ほ、他の友達とね」


「棗と一緒だった?」


 

 その言葉に、どうしてか心臓が跳ねた。椿の瞳は不安げながらも何かを探るような寥々たる色が浮かんでいた。




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