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第49.5話

「2名様ご案なーーーい!!どーぞ奥の席にぃ!!!」

「うぇーーいらっしゃあぁぁぁぁい」



 10分程度行列に並び店内に通されると、店員による怒号と聞き間違えるほどの活気に満ちた声が飛び交かっていた。その店内で、カウンター席に並んだ客が、怒号から恐れるように背中を丸めている。実際はただ、一心不乱に「敵は己自身」と言わんばかりに、目の前の丼ぶりのラーメンをすすっているだけなのだが、圧に呑まれた虎二郎にはそう見えた。



 雄一(皇会長)と別れた後、棗へ「ラーメンデート」と称して連れられたのが、何とも異様な熱気に包まれたラーメン五郎という店だった。



「まさか、棗さんの来てみたい店が二郎系のラーメン屋だったとは」


「ずっと前から気になっていて。実はラーメン屋自体が初めてなんだけど」

 


 虎二郎は思わず「そうなの!?」と大声を漏らした。しかし、その声に反応する店員と客は誰一人とおらず、互いに調理と食事という役割に没頭していた。彼の声は店内の喧騒の一部として埋めれていく。



「初めてで、しかも二郎系は無謀じゃない?」


「大丈夫よ。ちゃんと予習はしてきたし、食べきる自信はあるわ」


 そう言った彼女だが、周囲の客層からすると二人の見た目は痩せっぽちで、明らかに場違いであった。特に棗は店内で唯一の女性客で、その見た目も相まって季節外れの冬に誤って咲いた紫陽花(あじさい)のように、凛と目立っていた。



 ここが古い西部劇に登場する酒場であれば、「おいおいここはミルクなんて置いてねーぜ?」と揶揄される場面だが、この店にはミルクではなく、乳化されたスープが自慢のラーメンのみが提供される。構わず彼女は購入したプラ券を「お願いします」とカウンターに差し出した。隣に居合わせたとある男性客は後に、その姿を「王手をかけた棋士のようだった」と、語ることになる。



 虎二郎も慌ててプラ券をカウンターに置いた。棗を心配する彼もまた、二郎系の店は初めてだった。ネットに拡散されている偏った情報により、怖いイメージを持っているため、内心では落ち着かないでいた。



 二人が購入したのは、普通のサイズのラーメン。だが、この「普通」はこの店内で定められた「普通」であって、世間一般からすれば大盛り相当の量があることを二人はまだ知らない。



「ニンニクは?」



 少し経って、店員が虎二郎へ呼びかけた。いわゆるコールを聞かれたわけだが、その程度の知識は彼も持ち合わせていたので、「普通で」と答えた。その時、あざ笑うような声が周囲から聞こえた。



 数人の客が、虎二郎のコールを聞き小馬鹿にしていたのだ。迷子かは知らないが戦場(ラーメン五郎)にノコノコとやってきて、小さな少年が「普通」とコールをするのであれば、女の方は「小ラーメン」なんて馬鹿げたコールをするに違いないと、客は高をくくっていた。



 店員でさえも同じ気持ちで「ニンニクは?」と皮肉を込めて棗へ問うと、彼女は以前より予習していたコールを告げた。



「メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシ」



 客の箸の手が止まる。店員も何を言われたのかが理解できずに固まっていた。麺を茹でる湯気だけが、空気を読まずにモクモクと揺れている。彼女は一度では聞き取れなかったのだと思い、もう一度同じコールをすると、ようやく時が動き出し「よ、よろしんですか?」と、店員が動揺の色を隠さずに確認した。店員は後に、その姿を「まるで聖歌を聞いているようだった」と語ることになる。



 虎二郎も「さすがにそれはチャレンジャー過ぎない!?」と慌てて止めたが、「問題ないわ」と彼女は一掃した。



 提供された棗のラーメンを見て、虎二郎は狼狽し小さな悲鳴を上げた。どう考えても、彼女が一人で食べ切れる量ではなかったのだ。巨漢の柿沼であれば、と頭によぎったが、彼でさえも完食は難しいかもしれないと、虎二郎は感想を抱いた。



 それからの光景は眼を見張るものだった。結果から言うと、彼女は危なげなく完飲完食してしまった。先程の父とのやり取りで溜まっていた鬱憤を、食にぶつけているかのような勢いで、それでいて優雅さも兼ねながらひたすら箸と口を動かした。



 食べ終え店内を出ると、普通盛りを頼んだ虎二郎の方が満腹で苦しかった。意識してないと、良くないものが込み上げてきそうな程に。対して、まだまだ余力がありそうな彼女が「せっかくのデートなのにニンニクマシマシって女子としてどうなのかしらね」と、今更ながら顔を赤らめた。



「それ以前の問題だと思うけど」


「え?」


「あっ」


 胸の内だけに留めておこうとした言葉が、彼の口からつい漏れてしまっていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「へぇ、冷汁ときたか」


 背後に忍び寄ったママが、完成まで僅かとなった冷汁を眺めながら呟いた。私は今、味噌を溶かし終えてよく冷えた汁の中に、薬味を加えているところだ。



「今日は暑かったから」


「確かに暑かったわね」



 日中は8月の猛暑日をコピーして、今日にペーストしたような気温となった今日は、さっぱり食べられる冷汁を作ってトラ・・・獅子山家へ持っていこうと午前中から決めていた。



「トラ君も喜ぶんじゃない?」


 ママの何気ない一言で、ボウルの中に入った汁をかき混ぜていた手が止まった。



" 私が、獅子山くんが好きだって言ったら、応援してくれる? "



 棗の言葉が耳元で囁かれているように、頭の中で反響していく。



「どうしたの?椿ちゃん」


 私の様子が変だったのか、ママが聞いてきた。大丈夫?と心配そうにしていたから、「大丈夫、なんでもないから」と極めて冷静に務める。祭りの日の夜から、なんだかおかしい。何がおかしいって、私自身が、だ。



 応援して欲しいと言われて、どうして「そうなんだ。頑張ってね、応援してる」と言えなかったのか自分でもわからない。でも、私はトラを恋愛の対象としてみたことは一度もない・・・はず。トラだって、普段の様子から私をただの幼馴染として接しているみたいだし、私の前に立って手を引っ張る迷惑な兄のようだと思っていた。小さい頃はそうだったけど、今ではトラもすっかり落ち着いてその面影はなくなった。けど、やっぱり幼い頃から埋め込まれたイメージは色褪せる事なく今でも残っている。



 じゃあどうして・・・・・・。



 出口のない道をひたすら歩くような徒労感に見舞われて、思わずため息をママの前で吐いてしまった。「しまった」と思う頃には、早くもママが「やっぱりトラ君の事でなにかあったのね!?」と食いついてきた。トラを餌にしたら、鰹の一本釣り漁法よりも簡単に釣れるんじゃないかと私は思った。



 すでに断定しているママへ「なんでもないってば。それよりも、できたから行ってくる」と、面倒くさいママから逃げるために、最後の木綿豆腐を入れる工程を省いて早々に家を出た。


 行ってらっしゃいではなく、意味ありげに「頑張ってね」とママは私を送り出した。最初に背中を押してもらったおかげで、今のような関係に戻れたことには感謝しているけど、その後の過剰な干渉は正直鬱陶しいかも。私だってそれなりの女子高生だよ、多分。



 獅子山家に到着し、いつものようにまずはおばさんが出迎えてくれて、その後に妹の比奈ちゃんが迎えてくれる。トラはいつも自室にいるか、リビングのソファに座ったまま「おっす」とか「よう」とか片手を上げるだけ。素っ気ない態度だけど、不思議と腹は立たない。私もトラに対してはあまり愛想はよくないし。



 でも、ここ最近は棗のおかげで変に意識してそれが面にも出てしまった。今日もトラの家まで来たは良いものの、どんな顔で会えばいいかこの期に及んで悩んでいた。



 リビングをソファには居ないから、自室かなと考えていたら、おばさんが「ごめんね椿ちゃん。あのアホ息子は今日友達と夕飯食べてくるからまだ帰ってきてないのよ。せっかく可愛い椿ちゃんが手料理を作ってきてくれてるのにねぇ」と、バツが悪そうに言ってきた。


 助かった。一番はじめにそう思った。そして、誰と?と疑問を抱いた。


「今日はまだ帰ってきてないんですか?」と探りを入れる。


「うん。今日ずっと1階にいたけど、お兄帰ってきてないよ」



 重要参考人(比奈ちゃん)がそう証言すると、私は頭を巡らしいた。



 トラ自身が言っていた言葉を思い出す。学校が終わったら基本は直帰と言っていた。寄り道しようにも、仲の良い連中はみんな部活だって。


 じゃあ、今まで誰と一緒に?


 ・・・・・・・・・棗とかも。


 いや、根拠はないしわからないよ?

 仮にそうだったとして、それが私と何の関係があるの?

 

 すごい、なんだかモヤモヤする。


 その後、このモヤモヤした気持ちを悟られないようにしながら、その日はおばさんと比奈ちゃんの3人で食事をした。


 冷汁の味は、少し薄味だった。


誤字脱字報告ありがとうございます!

これからもよろしくお願いします笑

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