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第47.5話

 祭の後は椿の家で二人きりのお泊り会の予定をしていた。残念ながら(常滑)は家が厳しく、泊まりは難しくて来られないらしい。彼氏の柿沼くんの苦労が伺えるわね。


 人生初の友達と呼べる人の家でのお泊り会に、今日の先程までは楽しみで浮かれていた。でも、あの人に会った後からは興が削がれ、心が鉛玉のように重く沈んでいた。


 でも、私がお泊り会をキャンセルして家に戻るのは、あの人が言った「遅くならないうちに帰るんだよ」という言葉に従ったようで癪に障る。それよりも、やっぱり前々から楽しみにしていたイベントを逃すのは嫌だ。



 祭の現場から数分歩いただけで、今までの賑わいが遠のき、あっけなく椿の自宅に到着した。椿の自宅からは、家庭的な明かりが窓から漏れていた。夏の気候のせいか、その明かりに温かみがあり、肌をなぞられている気がした。



「一応言っておくけど、ママに会っても驚かないでね」


「どういう事?」


「見ればわかる」



 とても意味深な台詞だけを余韻に残し、フッと自虐的に椿が笑った。なになに、気になるしちょっと怖くなってきたじゃない。



 椿のお母さんなのだから、きっと椿に似て綺麗で大人しくて品があるんじゃないかしら。少なからず、誰もがそう思うはずだけど。



「ただいま」


「・・・お邪魔します」


 鍵を解錠して、玄関のドアが開かれると、まるで未知の世界に辿り着いたみたいな気持ちになった。



 そして、パタパタとスリッパの底が床を叩く小気味よい音が聞こえて、「おかえりなさ~い」と、想像以上の綺麗な人が現れた。圧倒的な胸の存在感は間違いなく、椿のお母さんだ。



「ママ、前に話したすごい有名人」


 ハードルを何メートルにも上げた自己紹介をされた私は、その下を潜る心境で「皇棗です。本日はお世話になります」とお辞儀を交えた。



 椿のお母さんは、私をボーーーっと見たまま動かない。


 どうしたのかしら、と思っていると、急に「か、か、か」と帝愛グループ会長の笑い方のような声を出し始めた。



「か、か、か?」


「可愛すぎっ」


「あぐっ」


 椿のお母さんが、カニの威嚇の如く両手を大きく開かせ、そのまま私を飲み込むように抱きしめてきた。豊満な胸に溺れた私は息ができなくて苦しい。けどなんだか幸せな感触。あと良い匂い。



「一度だけトラくんと一緒にいる所を見ただけだったけど、近くで見るとこんなに可愛いのね!」


 ぎゅ~~っと、込める力が強くなっていく。私の体ごと、体内に飲み込もうとしてないかしら・・・。



「ママ、今日のところはその辺で」


「そうね、そうしてあげましょう」


 柔らかな圧迫感から開放され、スーハーと空気を肺に送り込んだ。しかし、「今日のところは」って事は、次もあるように聞こえたのは気のせいかしら・・・。



「驚いた?」


 椿が面白がって聞いてきたから「ええ、とっても」と、素直に答えた。



 家に上がりリビングに通されると、ソファでコーヒーを飲みながら文庫本を読んでいる男性がいた。その人は「いらっしゃい」と、椿のお母さんとは打って変わってとても落ち着いた声で出迎えてくれた。



「パパね」


「夜分遅くにすみません、本日はお世話になります」


「ゆっくりしていって」

 

 挨拶をすると、椿パパが座った姿勢から立ち上がった。身長が高く線が細い。小顔も相まって、スタイルがとても良い。椿の内面は、間違いなくお父さんに似たのね。



 椿パパが、怪訝な表情を浮かべて私を見た。顎に手をおいて、私のつむじから足のつま先までをしっかり観察するような視線を向け、そして口を開いた。


「ちょっと楓さん。この子が来てる浴衣ってさ、ひょっとして昔なえぶっほ」


 全てを言い終える前に、椿パパが腰を降りながらソファの上へ横たわってしまった。側には、握りこぶしを作った椿ママがニコニコした顔で立っていた。


「どうかしたの?」 


 その笑みのまま、私に聞いてくるので「いえ、なんでもないです」と答えた。「お腹殴りましたよね?」とは絶対に聞けない雰囲気だった。





 とりあえず、楓さん(そう呼べと言われた)の協力のもと着込んだ浴衣から部屋着へと着替える事になった。椿が着ていた浴衣は、黒を基調とし、所々に刺繍された朱白の椿の花柄が散りばめられていた。花が夜の帳に浮かび上がっているように見え、大人っぽい椿に驚くほど似合っていた。


 

 着替えを済ませ、お風呂借りて一段落したときには、随分と遅い時間となっていた。ソファで伸びていた椿パパも意識を戻し、何事もなかったかのように自室へと戻っていった。私達も、椿の部屋でお菓子というカロリーを暴力を摂取しながら過ごす事にする。



「あなたのご家族はなかなかユーモアに溢れているわね」


「ママが少し元気なだけだから」


「楓さんは少しじゃ収まらないと思うけど」


「そういえば、トラと一緒に境内にいなかった?」


 ・・・バレていたのね。


「関口に頼まれてあそこにいたんでしょ?」


「え」


 椿は勘違いをしてるのね。あれは偶然に遭遇しただけなんだけど。


「そ、そうよ。関根君から頼まれたの」


「関口ね」


「あら失礼」


 後で、獅子山くんらと口裏を合わせておく必要がありそうね。


「結果は聞いた?」 


 私は「いいえ」と答えると、椿は「断ったよ」と当然のように言った。


 今のこの流れなら、これまで聞くに聞けなかった質問ができるかも。いや今聞かずにいつ聞くのよ。お泊り会の定番と言ったらこれに決まってるでしょ。



「ねぇ。あなた好きな人って誰なの」


「その質問、今日で3回目なんだけど」


 そう言って、呆れながら笑った。そしてこう答えた。


「私、好きとかよくわかんないから」


「・・・そうなの?」


「ん」


「それじゃ・・・・獅子山くんとかは?」


 いよいよ、私は一歩踏み込んだ。あなたは獅子山くんに想いを寄せているはず。でなければ、前に私達を尾行したり、話しかけてくれたりと色々と行動に説明がつかない。



「トラは・・・兄弟かな。お兄さんって感じ」


「はっ!?」


 大きな声に口をつぐんだ。壁掛けの時計を見ると、針は夜中の1時丁度を指している。奇をてらっているにしては、あまりにおかしな話だった。私は今までとんでもない思い違いをしていたって事になるわ。



「小さい頃からずっと一緒だったんだけど・・・ちょっと聞いてくれる?」



 それから、小学校の高学年から高校1年の冬の間までの空白の期間があった事を教えてもらった。彼が一方的に引け目を感じ、椿を距離をおいたことと、急に私と一緒にいる現場を目撃して、「棗は良くてなんで私は駄目なの!?」と怒りを感じたこと。そして、長い兄弟喧嘩が終わったこと。



 全てを聞き終えると、すっかり夜が深くなっていた。さすがに眠気が襲ってくる。でも、私達は話し続けた。



「獅子山くん、それはないわね」


「でしょ」



 お互い、彼の話題で盛り上がりそして笑いあった。私達の間には、いつも彼が居る。それが、この先の良いことか悪いことかはわからない。でも、まだ私にはやり残している事がある。それを精算しなければいけない。



 それと、話していてわかった。「好きな人はいない」と椿は言っていたけれど、会話の節々から彼に対する想いが漏れている。椿自身が気づいていないだけで、彼のことが好きなんだと。



 既にお互いが横になった体勢のまま、私は彼女の名前を呼ぶ。


 「ん」と、妙に色っぽい返事が返ってきた。私が男なら、どうなっていたかと変な想像してしまう。



「私が、獅子山くんが好きだって言ったら、応援してくれる?」



 とても卑怯な言い方だった。所謂牽制ね。「私が唾をつけたから手を出すな!」というマーキング。



 彼女の瞼が微かに動いた。琥珀色の瞳が揺れ、視線が合う。彼女の瞳は、私の瞳の奥にある思考までを覗こうとしている気がした。



「棗はトラのこと・・・その」彼女にはめずらしく、歯切れが悪かった。そして、逆に「トラの事・・・・好きなの?」と、聞き返した。



「そうね、そうかもしれない」


 だから、応援してくれるの?と、目で訴える。


「お休み」


 椿は、薄い夏布団を頭まで被って籠城した。そんな事をしたところで今の私は引き下がらない。



「えいっ」



 私は3代目の某大泥棒のように、極力音を立てないように注意しながらベッドで蓑虫になっている椿へ飛び込んだ。曖昧は許さず、逃さない。



「ちょっと、えっ、あ」


「答えて。応援してくれるの?してくれないの?」



 椿の体をくすぐりながら問うと、「する、するから」とくすぐりからの解放を訴えるように言った。もちろん、これが本心ではないことは承知している。



 でも私は、これ以上の追求はやめた。諦めたわけじゃなく無駄だと思ったから。彼女は言葉ではなく行動で示すタイプなのは、私が身をもって知っている。物静かな彼女からは想像できないほどのエネルギーできっと、その時がきたら彼女は私の前に立ちはだかるでしょう。



「ねぇ、椿」


 くすぐりを解放してあげて安堵したように「ん」と反応する彼女に、私は言った。



「知ってる?人を上手く騙す方法は、真実に少しの嘘を溶かす事なんだって」


「なにそれ」


「あなたの中に、どれだけの嘘が溶け込んでるのかしらね」


 椿は言葉を理解しようと務める忠実な犬のように、首をかしげた。



今更ですが明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


年末年始は色々と忙しくて更新ができませんでしたが、最終話に向けて執筆を頑張っていけたらなと常々思っております。


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