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第45話

 休憩を挟む事にした僕たちは、ビルの谷間に隠れた境内への入り口を見つけ、そこへ移動することにした。



 ちなみに、健全な高校生の休憩とはサービスタイム(3時間3500円~)ではなく、適当に茶をシバく行為を指す。場所によってフロントの受付方法が違ったり、先払いか後払いかのわかりにくさは異常。知らないけど。



 鳥居をくぐり、飲み込まれるように細長い入り口を抜ける。狭い境内は大通りの賑やかすぎる明かりが一切なく、精査された数少ない提灯の明かりのみで照らされて薄暗い。この場所だけ喧騒から隔離され、厳かな空気が佇む。



 中央には大きな銀杏の木が立っていた。植え込みで成長したというよりは、種から芽を生やし、幾年もの歳月を経て鎮座している貫禄がある。高い空を触ろうと伸ばした枝には、沢山の葉が生い茂っている。今は暗くて見えづらいけど、その葉は夏の生命力に満ちた濃い緑色をしているに違いない。



 木の柵の両脇にある縁石の片方へと腰を下ろす。だいぶ心が弛緩しているのか隣の皇さんが「ふぅ」と小さく息を吐いた。漏らした吐息が薄暗い明かりと祭の喧騒へ溶けていく。



 その仕草だけで普段は見慣れない浴衣姿も相まってか僕の鼓動を急激に加速させるには十分だった。間近で顕になっているうなじと、皇さんから香る爽やかな柑橘系のコロンが更に拍車をかける。最近は皇さんと接するのに耐性ができたと思っていたのに、この場では初めて話しをした日の緊張感が蘇ってくるようだ。



 静寂な境内の中で、郷に従うように口を噤んでいたけど、その沈黙を神秘さんもとい皇さんが破った。

 


「本当に凄い人ね、おかげで疲れちゃったわ」


「そ、そうだね」



「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」




 会話はすぐに途切れ、再び会場の通行人の声と太鼓と笛の音だけが境内を包んだ。どうしようか、何を話せば良いんだ。普段どおりにしなくちゃ。普段どおりってどんなのだっけ。思考がこんがらかった糸のようにもみくちゃになる。暫くはうまく解けそうもなさそうだったけど、再び皇さんが口を開いた。



「二人でいるのも・・・随分と久しぶりな気がするわね」


「そう…かもしれないね」


「あら、もう忘れちゃったの」


「そんなわけっ」


「冗談よ」



 皇さんが僕を揶揄(からか)い、情けない反応をみて楽しむ。その笑顔は、以前よりも随分印象が異なってみえた。とにかく自然で、柔らかい。



「皆が私を受け入れてくれたけど、やっぱり獅子山くんと居るほうが落ち着くわね」


 皇さんは先程購入した瓶ラムネのラベルを剥がす手を止め、自身の口元へ人差し指を添えながら「あ、これ、皆には内緒よ」と言った。そんなことより、今僕は皇さんの人差し指になりたいです。



 それから、お互いの最近の出来事を話し合った。とは言っても、女子と出歩く機会が増えた皇さんの話題は多いけど、特に代わり映えのない僕の日常は会話として挙げるものがなかったけどね!



 ドキマギしながら会話をしていると、皇さんがふいに首だけをこちらに回して、下斜めの角度から僕の顔を覗き込んできた。サイドの銀髪が砂時計のようにサラリと耳からこぼれ落ちて輝き、小さく揺れる。思わず目でそれを追うと、その先にある皇さんの視線とぶつかった。少し、皇さんの雰囲気が変わった事に気づく。


「ねぇ」


「はい?」僕は平静を装いながら、返事を返す。


「聞いていい?」


「はい」


「どうしてあの時、私に告白してくれたの?」


「あっひょ」



 ヤバい、同様のあまり変な声が出てしまった。手に持っているラムネに付着した水滴が、僕の代理で汗をかいているようにみえた。平静の怪物ここに散る。しかし、ここで令和のアナウンスが僕を救った。10分後に行われる花火の打ち上げを知らせるアナウンスが、会場に響く。喧騒から切り離された境内にも会話を断ち切るように届いた。



 この祭では、20時から近くの多摩川より花火が打ち上げられる。実は、関口の椿への告白のタイミングも、この花火の時間帯で決行される計画となっていた。多少時間はあるものの、告白まで一刻一刻と時間が迫っているんだなと考えると、当事者ではないのに関口の緊張が僕にも伝播しているように感じた。


「こ、こじゃ花火がっみみ見えないから会場にももどろう」



 驚くほど噛みながら、僕は勢い置く立ち上がった。言い訳じゃないけど、この境内からは花火は見えない。ビルの隙間という立地のせいで、見上げる空はとても狭い。



 一方、皇さんは立ち上がらなかった。縁石に縫い付けられてように、その場から動かないでいた。やがて「私はここに残っているわ」と、消え入りそうな声で、確かにそう言った。



「で、でも、ここじゃ花火は見えないよ」


「それでいいわ」



 駄々をこねている、という様子でもなく、本当にこの境内から出ることを望んでいないといった様子だった。僕は無言で、再び腰を下ろし直した。すると、今度は一変して喉をくつくつと鳴らし皇さんは笑う。今日の皇さんは、秋の空模様のように表情が移ろいやすい。



「優しいのね」


「いや、僕なんて全然………」


「だって、『どうして花火を見ないの』って理由を聞かないじゃない」


「聞かないんじゃなくて、聞けないだけだよ。僕なんか・・・由樹みたいに気が利く人間じゃないから」


「そういうとことにしておくわ。それより、さっきの……」



 途中で皇さんの言葉を、今度はこちらが口元に指を当て、「しーっ」と制した。皇さんは、素直に従い口を噤んでくれたけど、首を少しかしげて「どうしたの?」と目で尋ねてきた。うわ、なにそれめっちゃ可愛いと思ったけど、今はそれどころじゃなかった。



 境内の入り口から、関口と椿がこちらへ向かって歩いてくることが見えたからだ。


 皇さんも二人に気づいて、普段見る事のない珍しい組み合わせを不思議そうに見た。

誤字脱字報告、本当に感謝です!

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