第44話
日中は紫外線を遮る自宅の中で、冷房を効かせながらゲームをしたりアニメを見たり本漫画を読む。その自堕落に負い目を感じれば勉強をするという相変わらずな日々を過ごし、いよいよ祭当日を迎えた。
その間で、何か特筆して上げるようなエピソードはないけど、強いて言えば椿が赤い鍋を持参し家を訪れた時の話。
僕のぐうたらな生活ぶりを雄弁に語ったところ、以前に神保町で購入した本は読み終わったのかと問われ、「まだ読んでないんだよね」と告白した。すると、怒る、というよりは哀れみと憂いが半分ずつ混ざり合った眼差しを向けられた。それは奇しくも、飼い猫に向けられた「何をやってんだお前」という眼差しと同じたった。(一部の界隈ではご褒美)
閑話休題、この日は学校の校門の前に17時集合で、現在の時刻は16時40分。この時間に家を出てもまだ少し早いくらいの時間だけど、他の男子が早く着いているらしく、僕も早めに自宅を出る事にした。
歩き慣れた道を進むこと数分。容赦ない日差しが肌を焼くなか校門へ到着すると、殆どの男性陣がまだ暑い夕刻前の空の下、集まっていた。長谷川が僕に気づいて手を上げると、男子からの注目が一斉に集まった。
「お、来たかヒーロー」
「ヒーローだ」
「お疲れヒーロー」
「待ったぞヒーロー」
「え、え?」
みんなから唐突にヒーロー呼ばわりされ、いつの間にか僕はみんなの希望の星となっていた。なんで?どうして?謎は深まるけど、真実はいつもひとつ。それはバーローか。
頭の上に疑問符を浮かべていると、長谷川が「女子と一緒に祭を回れるのは獅子山のおかげみたいなもんだろ」と、僕の背中を強く叩いた。結構痛い。
「獅子山が女子達を斡旋してくれたんだってな」
「流石、皇さんと仲良い奴は違うよな~」
「パイセン俺にも何人か寄こしてくださいよ」
「ちょっと、言い方言い方」
悪ふざけで言っているのは重々承知だけど、変な誤解を生みそうなので程々にして欲しい。それから他愛もない話をして時間を潰していると、由樹と柿沼とも合流して、男子は時間通りに全員集合した。きっと、女子と一緒じゃないと時間にルーズになっていたと思う。それだけ、今日は野郎共にとって大イベントであり、楽しにしていたといったところか。かくいう僕もその中の一人なんですけどね。
「なぁ」
由樹と柿沼と雑談をしていると、関口が声をかけてきた。その声は、周囲に聞かれるのを避けるためか小さく抑えられている。由樹と柿沼も何かを察したようで、口を開かずに続きを待つ。
「俺さ、今日柊に告ろうと決めてんだ」
関口の言葉に驚きはなかった。むしろ、いよいよ決心がついたのかと思った。前々から椿に好意を寄せているのはわかっていたしね。
「バッチリ決めてみせるからよ」
照れた表情で得点を狙う前線のストライカーみたいに、関口は宣言をした。宣言というよりは、自ら口にすることによってこれで後には引けないと発破をかけて、気持ちを鼓舞しているようにも聞こえた。
由樹が笑いながら「頑張れよ」と関口にチョークスリーパーをかけ、それをみた男子が何事かと可笑しく笑っていた。
集合時間である17時をまわり10分が経過した。みんなが時間を確認したり、スマホにメッセージが届いてないか確認したりと、幹の長い木がそよ風で揺れるように、ソワソワとして落ち着かない。きっと、何人かは遅れてきた女子達に向けて「大丈夫、俺たちも今集まったとこ」と言う言葉を懐で温めているに違いない。そうしたら僕も遅刻した事になるやんけ!
なんてくだらない事を考えているうちに、「お待たせー」と、折っても曲がらなそうな弾力のある声が、聞こえた。声の主は、いつも明るく人当たりが良い常滑さんだった。快活な笑みを振りまきながら、手を振っている。
「「「「 おお~ 」」」」
小さな歓声が上がる。
常滑さんに連なって登場した女子たちは、全員が色とりどりの浴衣を身にまとっていた。髪型も、アップで纏められていて夏の宣伝娘がやって来たかと思っちゃったよ。
これはこれは、なかなかにしてなかなかレベルがなかなか。やばい、動揺して語彙が失われていく。とにかく、キラキラしてとってもヤバくて良い感じです。
ある1人が僕の肩を叩いて、神妙な面持ちで言った。阿部なのでA君としよう。
「獅子山、お前はヒーローなんかじゃない。神だ」
「バーローそんなんじゃねえよ」
探偵でもないけどね。
◇◆◇◆◇◆◇◆
祭会場となる大通りには、たくさんの屋台が行列をなして並び、日常とは違う浮ついた賑やかさをみせていた。あちらこちらの屋台からソースが焦げる匂いが漂い、胃の中の蛙がグーグーと鳴き始めた。
「思ったより人が多いわね」
「そうだね」
混み合っている様子を眺めながら、隣にいる神秘さんが呟いた。あ、神秘さんって言うのはたった今、勝手に命名した皇さんのあだ名です。皇さんが纏っている浴衣は白を基調とし、所々に黄緑色の花の柄が散りばめられていた。
落ち着いた色合いの浴衣に銀髪の髪はアップにまとめられ、いつもは隠れているうなじが姿を現し大人びた印象を演出している。夏の日差しの影響を感じさせない色白で形の良い首筋が妙に色っぽくもあり、現実感がない創作物、言うなれば芸術のようでもある。
そんな芸術が「思ったより人が多いわね」と音声を発したものだから、「キェェェェェアァァァァァシャベッタァァァァァァァ!!」と子供さながらハッピーに発狂しそうになってしまったよ。芸術が喋るこれ即ち神秘なり。
「全部の屋台をまわりましょう」
「いやいや、結構な数の屋台があるけど」
「大丈夫よ」
何が大丈夫なのかは知らないけど、皇さんのテンションは明らかに高い。それはもうウッキウキという言葉がぴったり当てはまってしまうくらいに。それだけで、皇さんが楽しそうで何より、という僕は満足してしまう。
それから僕たちは出店を回って歩いたけど、人口密度が高い場所での集団行動は非常に難しく、何度もバラバラになり再度集合してを繰り返していた。そして、今度は僕と皇さんが由樹や椿達とはぐれてしまった。
そもそもなぜ集団からはぐれてしまったのかというと、喉が乾いたので飲み物を買おうという事になり、せっかくだから祭らしく瓶ラムネでも探そう、と屋台を見て回ったけど意外と缶ジュースばかりで瓶ラムネの取り扱いがなかった。こちらも(主に皇さんが)意地になり、探してやっと見つけた時には集団からはぐれてしまっていた
「みんな随分前に行ってしまったわね」
「どうしよっか」
「これだけ人が多いと追いつくまでが大変ね」
大通りは今がピークなのか人で埋め尽くされ、隙間という隙間がなく、先程よりもさらに人が多くなっていた。皇さんの言う通り、これだとまともに前に勧めそうもなさそう。
億劫な気持ちなりながらどうしたものかと考えていると、「ねぇ」と袖口を引っ張られた。すごく恥ずかしいので引っ張るのを即刻やめて頂きたいと思っていると、「このままどこかで少し休まない?」と皇さんが提案してきた。
苦手な人混みの中を歩き周り、実は僕も少し休憩したいと思ってたので提案を受け入れた。皆には後で合流するってメッセージで連絡しておけば問題はないよね。