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第43話

 粘り強く雨雲が広がる梅雨が開け、同時に夏が訪れた。この時期になると楽しみなのが夏休み。夏が苦手なので、むしろそれしか楽しみがないかもしれない。だって暑いし虫が湧くし暑いし、とにかく暑い。



 夏休みから数日が経過し、未だに予定がなく自宅で怠惰な時間を過ごす予定の今日は、息苦しさで目を覚ました。視界が開けると、ペットの猫の太々しい顔が目前にあった。っていうかすごく近い。



 仰向けで晒している胸に、遠慮という概念がない猫が遠慮なく乗っかり、僕の寝起きの顔を見下ろしている。「そろそろ起きて」というよりは、「何やってんだお前」と体たらくを鼻で笑っているかのようだ。



 時刻を確認すると10時を2分程過ぎた頃で、僕が起きたことを確認した猫は、お役目御免とばかりにあっさりの胸から飛び降り「グァゴ」と、鳴いた。



 着ていたシャツが夏の意地の悪い熱気によって汗で肌に張り付き、首筋に痒みを覚えて指でポリポリとかいてみると、蚊に刺されて膨らんでいた。



 何にせよシャツのベタつきによる不快感と、金属が擦れるような蝉の鳴き声が聞こえる環境では二度寝はできそうにない。それに首も痒いしでもう完全に目が覚めてしまった。




 とにもかくにも、汗を流すためにシャワーを浴びることにした。



 冷水で汗を流しつつ体を冷やし終えた後、朝食にしては遅く昼食には早い午前食の用意をする。冷蔵庫に保冷されているおかずをチンして食べるだけなんだけどね。



 昼の情報番組で垂れ流されている有名俳優とアイドルの熱愛報道を眺めていると、スマホからメッセージの受信を知らせるアラートが音をたてた。無意識にスマホに手を伸ばし開封する現象は、もはや現代病と言える。



『これからみんなと買い物に行ってきます』



 届いたメッセージはどこか余所余所しく報告じみた内容だった。それに対して『今日も暑いから気をつけて下さい』と、中途半端に敬語を交えて返す。すぐに送り主である「natume」から、『ありがとうございます』と簡素な謝意が届いた。



 少し間を置いて、一枚の写真が送られてくる。開封すると、複数人の見覚がある女子達がスタバのドリンクを持ちながら笑顔でピースをしている。その中には椿の姿もあり、無表情と思いきや実は笑っていると言われればそう見えなくもない、なんとも言い難い表情をしている。ぜひ「今楽しいの?」と質問してみたい。「ん」と答えるはずだ。



 ちなみに「natume」= 皇さんなんだけどね。



 というのも、なんやかんやあった体育祭以降、周囲への皇さんの印象は随分と変わり、クラス内外で他の生徒と会話をする姿が多くなった。今まで噛みつかれそうで近寄りがたい番犬が、実は人畜無害で大人しい性格をしていた、みたいな発見なんだろうか。とにかく、足首の軽い捻挫により巻かれた包帯を気遣う様子がよくみられた。


 

 そうなると必然的に連絡先の交換の話題となり、皇さんが実は通話の発着信専用端末しか所持をしてないとカミングアウトした。その時になって、そういえば皇さんの連絡先を今まで知らなかった事に気づく。



 その翌週にはスマホを購入したらしく、無事連絡先交換を果たせたようだった。そのおこぼれに預かり、僕も皇さんの連絡先を頂戴した次第だ。



 今ではこうして椿や常滑さんを中心に、クラスの友達と出掛けるまでに進展していた。ただ、謎の習慣により、今日みたいに皇さんに予定がある日は『これから○○○します』と一報をくれるようになった。本当に謎だ。マネージャーさんになった気分。私を武道館に連れて行って的な。それはプロデューサーさんか・・・。




 メッセージも入力に慣れないせいか、絵文字スタンプ顔文字を一切使用しない。そして、取引先か上司を相手にする時のような言葉遣いになる。それか、お母さん。なんでお母さんって、メールとかだと敬語になるん?




 ただ、僕みたいな下人が、上級国民である皇さんと連絡を取り合うのは身分が違いすぎて恐縮してしまう。悪徳な出会い系サイトみたいに、1度の送信につき料金が発生して巨額の請求書が届くんじゃないかと、不安と恐怖すら覚える。今のところ、自宅に請求書はきてはいないけど、油断はできない。



 写真が送られてきてからは特に返信はせずグダグダと夕方まで過ごしていると、再びスマホがメッセージの受信を知らせる着信を鳴らした。



 また皇さんかな?と見当をつけながら差出人を確認すると、今度は同じクラスの長谷川だった。珍しい奴からの連絡だなと思いながら内容を確認すると、『今週の週末暇?』とだけ書かれていた。長谷川の文体は、簡素というよりも味気がない。



 週末は特に予定はないけど、素直に「暇」と答えるのもどこか抵抗がある。予定を聞くときは用件を一緒に添えて頂きたい。これ大事なマナー。



 どう返事をしたものかと頭を悩ませてると、『世田谷区の◯◯祭に皆で行かないかって話があるんだけど』と追記で送られてきた。祭りは家の近所で開催される祭だった。



 祭かぁ。正直、あまり気乗りしないんだよなぁ。ただでさえ人混みが苦手なのに、さらに人口密度が濃くなるしリア充(死語)が湧くから精神衛生上よろしくない。



 んーどうしようか、せっかく誘ってもらったけどなぁ。今日のところは一旦保留にして、明日返事しようかな・・・。



 頭を悩まされていると、またメッセージの受信の知らせが届いた。また長谷川と思いきや、今度は「natume」もとい皇さんからだった。



『今週の土曜日に、みんなとお祭りにいきませんか』



 偶然にも、長谷川から送られてきた内容と同じ用件だった。しかも日程まで被っている。



 とりあえず『どこのお祭り?』と返信すると、すぐに『◯◯祭です。獅子山君の家のご近所なので、クラスの皆といきませんか』と、ご丁寧に祭りのHPのwebリンクまで添えて下さった。



 リンク先を見るまでもなく、その会場は長谷川から誘われた会場と一致していた。



 両者へどう返事をしたものかを考えていると、今度は長谷川から『行けるなら柊にも声をかけてくれ』と届いた。かわりがわりにメッセージが届き、混乱していると再び長谷部から『って関口が言ってる笑』と、添えてきた。



 長谷川が祭に誘った意図を理解した僕は、『聞いてみるからちょい待ってちょんまげ』と送り、その後に『って関口に言っておいて笑』と添えた。



 関口の期待に応えられるかは不明だけど、皇さんへ男子からも祭に誘われている旨を説明した上で、『せっかくの機会だし皆で行かない?』と誘ってみる。恐らく、皇さんの『クラスの皆』には椿も含まれている筈だ。



 少し間を置いて『小南君も一緒ですか?』と、打たれた文字が返ってきた。



『まだ声かけてないけど』


『できれば小南君にも声をかけて欲しいと周りが言っていますが、大丈夫でしょうか』


『多分大丈夫だと思うよ』


『ではお願いします』



 どうやらあちらはあちらで思惑があるらしく、由樹を祭に誘い出す事が目的のようだ。僕は由樹をおびき寄せるための言わば撒き餌ですね。



 その後由樹に連絡を入れると、すんなりOKを貰えた。続いて柿沼に連絡をとってみると、既に彼女の常滑さん(女狐)から聞いているらしかった。



 皇さんへ、由樹も来れるみたいと返事をする。



『では17時に学校の正門に集合でお願いします』


『了解。男子側に伝えておくよ!』


『よろしくお願いします』



 やり取りが一段落し、携帯をソファへ放り投げ一仕事終えて大きく息を吐く。兎にも角にも、今週はクラスの皆と祭に行く予定ができ、味気のない乾いた日常が少し潤った気がした。

誤字脱字報告、いつもありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] サブタイトルは「34話」ではなく「43話」だと思います。 あと話数の数字ですが半角全角文字が混在しているので、どちらかに統一された方がよろしいかと。 (全角寄せが妥当かな) いくつか…
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