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第39話


「んー、どうしようか。せっかく用意してもらったものだし・・・」




 2人で頭を抱えているときだった。




『ただいまー』




 よりによって、とんでもないタイミングで外出していた母さんが帰ってきたようだ。皇さんには部屋の中で待っててもらうように言い、慌てて1階へと向かう。階段を下り右手に曲がると玄関が見えてくんだけど、濡れた傘を畳んでいる母さんと、もうひとり人影が視界に入った。




「なんで椿がいるの?」



 母さんの後ろで、同じく傘を畳んでいる椿さん。あれ、今日って(うち)

くるって言ってたっけ。答えたのは母さんだった。



「あんた、せっかく椿ちゃんが遊びにきて『なんで』はないでしょ。逆に聞くけど、こんな可愛い娘が遊びに来て『なんで』ってなんで?」



「いや、今日は家に来るって聞いてなかったもので・・・」所謂Q(急に)T(椿が)K(来たので)

ってやつです。



「楓さんが留守にしているからコンビニに昼食を買いに行くところでばったり出くわしてね、それならウチに食べに来なさいって連れてきちゃった」



「さいですか」



 いや、別に良いんだけど今日だけは勘弁してほしかったよママン。でも、獅子山家のカースト最上位のお方の決定であれば、石ころの我々(僕と父)は従うというより、ただ受け入れるのみが許された存在なので異を唱える事は決してない。石ころはそもそも喋らないのだ。




「ねぇ、トラ」椿が視線をよこす。やけくそになった心のなかで、はいはいなんざんしょと返事をすると、「皇さんも遊びに来てたんだ」と言ってきた。



「え」



 どうしていきなりバレた!?思考を巡らせるが、真相は至極単純だった。



「お邪魔してます。獅子山くんのクラスメイトの皇棗です」



部屋の中で待機してもらうようにお願いしていたはずの皇さんが、僕のすぐ後ろに立っていたのだ。足音にも気づかないなんて、今の僕は相当にテンパっているみたいだ。

 



 荒れ狂う激流には何であっても抗えない。僕は、その激流の中に放り込まれた一枚の葉っぱ同然だ。つまり何が言いたいかというと、もうどうにでもなれって事です。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 皇さんの挨拶は、良い印象を植え付けるにはこれ以上ないと言えるほど愛想よく、完璧だった。



 母さんは、短い間だけど皇さんを見つめた後、「はじめまして、虎二郎の母です。息子がお世話になってます」と挨拶を返し、僕へ顔を寄せてきた。



「あんた、椿ちゃんといい棗ちゃんといい、こんな可愛い子たちに囲まれて幸せ者ね。ギャルゲーの主人公じゃない」



「うるさいよ!」



 余計なお世話だっての。あと、親の口から「ギャルゲー」ってワードも聞きたくないんですけど。そもそもそういうの知ってるんだ?あと、ナチュナルに皇さんを名前で呼ぶ辺り我が母ながら恐るべし。



「獅子山くんに届けたい物がありお邪魔してました。私はそろそろ失礼しますので」


「あら、もう帰るの?」


「はい、初めから長居するつもりではなかったので」


「・・・そうだ。せっかくなんだし、お昼ごはん食べていかない?」



 母さんの言葉に「えっ」「えっ」僕と皇さんの声が重なる。この方は何を仰っているんでしょうか。



「椿ちゃんも良いでしょ?」母さんの問いかけに「はい」と椿は答えた。





 それから、僕と皇さんは昼食ができるまでの間はリビングで待機をしていた。




 いつものように慣れた様子で、母さんと比奈と椿が昼食の準備をしている。その様子を、まるで遠い景色を眺めてるように少し目を細めて見つめていた。僕にとっては珍しい光景ではなくなっているけど、皇さんには奇妙に映っているのかもしれない。



「柊さんはご家族と随分と親しいようだけど、頻繁に家に来ているの?」



 そう疑われても仕方がない。実際には頻繁にじゃないけど、家に来ているのは事実なのでタケモトピ○ノのCMみたいに「そのと~り!」と言ってみたい衝動に駆られる。言わないけどね、脳内で再生するだけにしておきます。



「まぁ、比奈と母さんとも仲が良いみたいだし、たまに来てるかな?」

 


 保身をたっぷり含んだ言葉選びに皇さんは「そうなの」と呟いた。その後少し間があり、「賑やかで良いわね」と、台所で働いている3人を眺めた。



 何気なく言ったつもりなんだろうけど、声色は質量を含んでいるように重たく、言葉の意味には陰りがある気がした。自身を切り離して、3人が台所で昼食を用意している光景を、関わることのないショーケースの内側から外を眺めているような、そんな想像をしてしまう。



 少しの間、無言が続いた。それを嫌い。「棗さんは家族で集まったりはしないの?」と投げかけた。



「しないわ。ここ数年はテレビ以外で父の顔なんて見ていないもの」



「そ、そうなんだ」



 迂闊に地雷を踏んでしまったかもしれない。ニュース番組でみた皇さんの父親の顔を思い出しながら、心の中で苦い顔をする。



「気にしないでいいわ。私もその方が都合が良いの」



 不穏な内容から、明るい会話へ取り繕おうとして「じゃあ、お母さんといつも夕飯食べてるんだね」と、何も考えず口走ってしまった。けど、この言葉こそが触れていけない本物の地雷だったのだと後悔することになる。




「母は数年前に亡くなったわ」



「あ・・・」何かを言おうとして、言葉が続かない。



「屋敷に食事用意してくれる人がいるの」



 「そうなんだ」とか「大変だね」などの言葉は一切頭に浮かんでこなかった。思考が一括でデリートされたみたいに真っ白になる。そもそもこの場面に適した台詞なんてあるんだろうか。




 僕にとっては長く感じ、時間にしたら数秒に過ぎないのかもしれない間が空いて「辛気臭いからやめましょう。これからのご飯が美味しくなくなっちゃうわ」と、痛そうに微笑んで言われたから、僕は素直に従うしかなかった。




 さほど待たずに出来上がった昼ごはんのメニューは、人数も多いからか明らかに気合が入っていた。それぞれ小皿に盛られた大根のそぼろ煮とポテトサラダ、そして大皿に大量に盛られた焼きうどん。これらのメニューを少ない時間で仕上げてしまうあたり、あの3人のスキルは相当なものだ。



「そぼろ煮は椿ちゃんが作ったんだよ」



 妹が、まるで自分が作ったかのように得意げに胸を張った。まぁ、張ったところで出る胸なんてないんですけどね。南無。そのそぼろ煮を口に運んだ皇さんは、一瞬目を見開いた後にもぐもぐと口を動かし、そして飲み込んだ。



「・・・美味しいわ。なかなかやるわね、柊さん」


「ん」



 その出来栄えに驚いた様子だった。確かにお世辞抜きで、出汁の効いた餡と優しい醤油の味付けが丁度良く、家庭の味という感想がぴったりだった。大量の焼きうどんも、各々が取り皿によそって食べた。慣れていないのか皇さんは困惑気味だったけど、周囲に習って自分でトングを使い取り分けていた。その様子がシュールだなと密かに感想を抱く。




 会話の中で皇さんが大企業の令嬢だと説明すると、母さんはある程度の情報網によって知っていたのか、「やっぱりそうだったのね」と言いつつも、やはり驚いていた。何より、そんな子が息子と仲良くしていることが信じられないとボヤいていた。一言余計だし、僕が一番驚いてるからそっとしてほしい。



 一方比奈はそれはもう腰を抜かすほど驚いて、漫画の描写でよくある目玉と舌が飛び出そうな表情をしていてそれはそれで面白かった。「サインもらわなきゃ」とか言ってたので、落ち着くよう宥めたりした。



 ちなみに、皇さんが持ってきくれた菓子折りは食後にみんなで食べることになった。よくわかんないけど、果物を加工してゼリーみたいにしたお菓子は見るからに高級そうで、これを一日遊んだだけのお礼として頂くわけにはいかないと改めて思った。




 昼食を食べ終え、後片付けが済んだ後、「お昼まで頂きありがとうございました」と深々とお礼をしながら皇さんは帰っていった。僕は、比奈や母さんから色々と質問されるのを避けるため、椿を囮にして自室へ籠城することにした。

 


 そういえば、安定して父さんは今日も用事で不在だった。

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