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第37話

 日曜日の昼にさしかかる頃、何も予定がなく勉強をする気にもなれず、「怠惰ですね」と言われても仕方ないくらい自室でゴロゴロと時間を潰していた。外は予報通り雨も降っているし、どこか出かける気分にもなれない。



 昨日は渋谷で買い物をした後に解散となり、車に乗る皇さんを椿と見送って僕たちも電車に乗ってすぐに帰った。



 椿は家に近づくたびに、神保町で買った古本をはやく読みたいと話していたので、今頃は自宅で一人黙々と古本のページを捲っているはずだ。僕も一冊購入したけど、まだ手をつけずに机に置き放しになっている。




 気まぐれに、購入した本を読んでみようか。そう思い手を伸ばした時、ドン、ドンと部屋の外から階段を上がる音と振動が伝わってきた。そしてガチャリといきなり部屋のドアが開く。




「お母さんから昼ご飯家で食べるのかって電話きてる」




 現れたのは携帯を手にした妹の比奈ちゃんもといAngelだった。愛想がなくグレーの地味なスウェット姿だけど今日もPrettyだね。でも、ノックもせずにドアを開ける行為はマナーとしては頂けないな。ほら、年頃の高校生なんだから色々と見られたくない場面だってあるし、目撃されたら双方に多大なる傷を負うハメになる。




「食べる。あと、部屋に入るときは・・」



「あい」




 僕が言い終える前に、比奈ちゃんは適当に返事をしてとっととドアを閉めてしまった。今日も兄としての威厳なし。いつも通りの日常だ。




 日常・・昨日は皇さんと椿と一緒に行動するという非日常を味わったので、今日は自宅で平凡に過ごすことになるだろう。あんなイベントがジャグ連みたいに続いたら、慣れない僕は身も心も疲れてしまう。



 気まぐれで、机にある古本を読もうと手を伸ばした時、ドタバタと落ち着きの欠けた物音がすると思ったら、ガチャッとまたノックもしないで比奈が扉を開けた。




「お兄!!お兄!!!」 



 いい加減ノックくらいしろと注意をしようと思ったけど、「なんかすんごい人が家に来た!!!」 と血相を変え凄い剣幕で言うのだから、すっかり失念してしまう。




「すんごい人?」



 聞き返す。慌て過ぎな比奈の言う内容はいまいち要領を得ないな。




「虎二郎君いますかって!お兄の名前言ってたし!!」


「え、僕の?」


「とにかく来て!!」


「え、ちょっ!?」



 手を引っ張られて部屋から出された僕は、状況も掴めないまま玄関に向かうべく階段を降りる。そして、玄関に立っていたお客さんをみた瞬間に、目を丸くした。



 

「あ、」


「こんにちわ、獅子山くん」




 糸飴で精細に作られような銀髪を下ろした少女が、何故か僕の家の玄関に立っていた。雨のせいか、何本かの銀髪が所々ハネている。でも、そんなの関係なしに目の前の少女はただただ高貴で美しい。



 昨日会ったばかりの皇さんが、目の前にいる。しかも僕の家の中で。



 学校に行けば必然的に顔を合わせるはずなのに、土曜である昨日も、そして日曜日の今日も皇さんの姿を見る事が、僕の中では不自然すぎてどうにも現実味がない。




「どどど、どうしたの!?」




 街中で偶然に出くわした昨日とは全く状況が異なるため、驚きは2倍3倍以上で脈の高鳴りは収まるどころか増す一方だ。どもってまともに喋ることができない。



 ぼくの反応で勘違いをしたらしく、少し都合が悪そうに「いきなり押しかけてきてご迷惑だったかしら?」と、眉を下げながら皇さんが言う。



 僕は無言で首から上だけを、水平対向エンジンの如く全力で左右に揺らす。迷惑とか言ったら、世界中から非難されて地球で僕の生きていける場所が深い海底か雲の上だけになっちゃう。あれ、どのみち生きていけなくね?



「そう、よかったわ。今日はこれを渡しにきたの」



 ホッとした表情をしたあと、手に下げていた謎の白い紙袋を胸の高さまで持ち上げる。中身は包装紙に包まれている長方形の箱だった。



「これは?」


「菓子折り。昨日のお礼よ」



 秋葉原で遭遇して、渋谷で買い物をした記憶を遡ってみる。でも、でも、いくら探せも感謝される心当たりが見つからず、思わず首をかしげる。



「途中からお邪魔したじゃない」


「いやいや!わざわざ別にここまでしてくれなくても!ってか、学生同士でこんな丁寧なお礼は普通しないよっ!?」



 僕のツッコミに素が出たのか、初めて聞く低い声で「え、嘘・・」と皇さんの口から漏れた。



 そんなやり取りをしていると、「お兄!!とにかく、お客さんを家の中に入れて!!」雨で濡れてるし、玄関で立ち話で失礼でしょ、と比奈にまくし立てられた。



 まじで?皇さんを僕の家の中に上げるの?嫌じゃない、っていうか光栄だけど恐縮でもあるし複雑なんですけど。



「とにかく良かったら上がって下さい!今、暖かいお茶淹れますので!」



「いや、私はそんなつもりで・・」

「いいですから上がって下さい!」



 比奈はわかりやすく浮かれつつテンパっていた。うんうん、毎回この反応を見るたびに共感せざるを得ない。地球の重力の働きにより林檎の実が落ちるのが必然のように、皇さんを初めて前にしたら誰でもテンパるよね。僕なんか動揺のあまりプロポーズしちゃったし。

 



 比奈はいつぞやの身内は普段使用することを禁止された、禁断の来客用ふわふわスリッパを皇さんの足元へ差し出した。「それじゃ・・お邪魔します」と、椿も履いた禁断の来客用ふわふわスリッパに足の先を恐る恐る入れる。




 そのまま、「こちらへどうぞ」とリビングへ案内してしまった。イベントのジャグ連はまだ続いているみたいだ。

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