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第36話

 電車が渋谷に到着して、人の波に流されながら改札を出て思った事は、とにかく人が多い。というか密度が濃い。旗を持っている外国人が大人数の外国人を先導している旅行団体や、奇抜な髪型や服装をした若い人たち、休日でも制服姿の女子高生の集団に楽器を背負った人たち。何か個人で動画を撮っているのか、カメラに向かって一人で喋っている若い人。多数の情報が一般に頭の中へと流れんでくる。



 自宅から近いにも関わらず、さほど立ち寄る機会の少ない渋谷の街の姿に圧倒されていると、「すごい人ね」と皇さんからも感嘆に似た呟きが漏れた。




「棗さんもあまり渋谷に来ないんだね」



「ええ。屋敷の人からも危ないからあまり行くなって釘を刺されてるの」



「じゃあ今日は渋谷に来て大丈夫だったの?」



 心配を余所に、「問題ないわ」と肩をすくめる。それなら良いんだけど。



「それよりも、せっかく渋谷に来たんだもの、ハチ公前に行ってみたいわ」



 「テレビで少しだけしか見たことがないの」と声を弾ませると、「それ、ここ」と椿が地面を指さしながら「今、ハチ公前だよ」と指摘した。その通りで、今いる場所は忠犬ハチ公像の目の前だった。




「え」



 これがそうなの?と訴えかけるような表情で、皇さんが犬の銅像を指差す。もしかしたら冗談の類かもしれないと、淡い期待を抱いているようだ。ところがどっこい。夢じゃありません。これが現実・・!椿の言ってることは本当なんです。



「なんだか思ってたのと違うわね」皇さんからは見るからに落胆の色が伺えた。確かに実物を見るとガッカリするかもしれない。銅像は小さいし街の景観とも合っていないし、喫煙所が近い影響か煙草の吸殻がチラホラと見受けられるし、あまり良いものではない。



 微妙な雰囲気が湿度を帯びて体に纏わりつく気がしたので、空気を入れ替えるつもりで「ところで、渋谷に来た目的は?」と椿へ尋ねる。




「服とか小物とか・・・・色々と」


「渋谷といえばファッションだもんね」



 神保町で本屋巡りと渋いチョイスと違い、渋谷で服巡りは実に年齢に相応しい。椿も今どきの女子高生だと関心するような、ホッとするような掴みどころのない心境になる。




「皇さんも、洋服巡りで良い?」



 椿が聞くと、「ええ」と頷いたので、僕たちはさっそくショップのテナントが並んだビル(109)へと足を運んだ。



 

 付き添いとは言え、僕なんかが踏み込んで良い領域ではなかったと、ビルに入って数秒で悟った。



 とにかく女性が多い。あと、ロンTにデニムのラフな出で立ちの僕はかなり浮いている。もっとオシャレな格好をしてくるんだったと後悔しても遅い。まぁ、値段が高くてオシャンティな服は一着も持っていないけどね。だって布だぜ?ジャニーズの白馬の王子もテレビで同じこと言ってたっけ。




 2人が良さげと思ったテナントへ入り、洋服を物色する。それを僕は絶妙な距離を保ちつつ傍観していた。最初はどうなるかと思ったけど、良い意味の想定外で、2人の間にギスギスとした雰囲気は生まれていない。だから僕は、稀覯な光景を目の当たりにしている気分になる。




 「あら、随分と安いわね」と、皇さんが見ていた値札を確認してみると、一万円近い金額の商品で「学生には高額だよ」と椿が教えてあげたり



 「この上着肩露出し過ぎじゃないかしら?」と戸惑い、「最近のトレンドみたい。試着する?」と椿がからかってみたりと、なんだかんだでショッピングを楽しんでいるようだった。教室での殺伐とした雰囲気が嘘みたいだ。休日に学校ではない場所がそうさせるのか、あるいは賑やかな渋谷の街の雰囲気に酔っているのか。どちらにせよ、良い傾向であるのは間違いないと思う。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆




「最後に買っておかなきゃいけないのがあるの」



 何着か服を購入した椿だったけど、買い忘れたものでもあったのか、突然そんな事を言い出した。




「また服?」訊ねるも「こっち」と、目的の商品が置いてある売り場を探してたどり着いたのは下着売り場・・・ランジェリーショップだった。




「いくらなんでもここは流石に・・・・・・」クラスメイトの女子と入店するような店ではないのでは?



 思春期の僕には異世界ですよここは。「気がついたらランジェリーショップの店員になって可憐な女の子に下着を売り捌いてました」みたいなタイトル。あ、どこも異世界要素ないや。



 視界に写る華やかな色やデザインをした下着は、どれも刺激的すぎて目と性欲への毒だ。良からぬ想像力が掻き立てられちゃう。なので離れた場所で待たせてもらおう。そう考えていたけれど、皇さんに「行くわよ」と否定する間もなく強引に手を引かれて店の中へ入ってしまった。







「・・・・・消えたい」



 左右前後、女性の下着に囲まれた僕は、心も身体も縮こまるしかなかった。逃げようにも、「駄目よ」と僕の手首を皇さんががっちりと掴んで離してくれないので逃げられない。完全に僕の反応を楽しんでいる。




 居ても立ってもいられなくて、「・・・別に今日買わなくても良いんじゃない?」と矛先を変えて椿へ非難してみた。もしかしたら、別の日に買おうという展開になるかもと期待を込める。



「駄目」



 その言葉、さっき皇さんにも言われたんだけど。「駄目」の命令で素直に従う犬か何かと思われてるのかな・・・・・




 「なんで?」と聞き返したけど、後になってから余計なことを言わなきゃ良かったなと、後悔することになる。




 椿は背中を擦りながら「サイズが合わなくなったから買い換えなきゃ、学校に着けていく下着がない」と言いやがった。その言葉にいち早く反応したのは皇さんだった。



「あなた、まだ大きくなるの!?」



 これ以上膨れたら困る、とでも言いたげに両手で胸を抑えながら椿が「そうみたい」とため息を吐く。そして自分の胸へ視線を落とした。



 僕は視線誘導(ミスディレクション)によって椿のバスケットボール2つを凝視してしまう。これはいかん。昔はペッタンコの筈だったのに、少し見ない間にこんなにエチエチに実ってしまって。言わば「土曜日のたわわ」ってやつですな。ってバカか僕は。 




「くっ、やはり柊椿・・・・侮れない人物ね」


「???」



 椿のバスケットボールへ深い恨みでも抱いているように睨み、ギリっと歯を噛んだ。



 その後、僕に言ったのか椿に言ったのか、或いは両者へ向けてかは不明だけど「言っておくけど、私はアンダーが65だから小さく見えるだけで、サイズ的にはDカップよ!」と、大きめな声で宣言しなさった。



 いや、アンダーの話とかされても男の僕からしたらイマイチピンと来ないですし、僕の前で身体の成長具合とか、カップのサイズの話しをするのはやめてもらいたい。なんて反応したらいいかわからないし、店員さんや他の客から違う意味で注目されていて恥ずかしいし。




「柊さん程じゃないにしても、私もまだまだ成長途中よ」



 宣言する皇さんは、右手を胸に当てながら、僕の内に眠る性欲を直接くすぐるような佳麗な笑みを僕へ向けた。



「あ、うん」いや、だから何ですかね、さっきから何のアピールでしょうか。思春期の心には刺激が強すぎる・・・・。




 そんなやり取りをしている最中に、椿は「可愛いのがない」とボヤきながら自分の下着を選んでいた。椿も椿だよ。昔からの知り合いとは言え、異性の幼馴染の前で下着を選んで買うとか普通じゃない。妹の比奈だって、「下着を買うから付き添ってくれ」なんて絶対言わないし、僕だって絶対お断りだ。




「せっかくだから、私も選ぼうかしら」



 結局、皇さんも陳列している下着を手に取り始めたので、掴まれていた手首が開放された瞬間に店の外へ逃げるように出ていった。










 

 待つこと十数分。



「おまたせ」



 そろそろ夕暮れ時に差し掛かる時間、ランジェリーショップから離れた場所に待機していた僕へ椿が声をかけてきた。どうやら目的の買い物は終わったらしい。




「待つのは良いけど、今後こういった店には付き合わないからね」文句の1つも言ってやりたくなる。



「ん」



 わかってるんだかわかっていないんだか、形が伴っていない返事だなぁ。




 遅れて皇さんがお店から出てきた。「獅子山くん」ランジェリーショップの紙袋を手にしながら不敵に微笑む。嫌な予感しかしない。



「は、はい」



「私も新しい下着買ったのだけれど・・・どんなのか興味ある?」と聞いていた。



「べ、べ、別にきょきょ興味なんか、ないし」



 嘘です。正直すっごくあります。でも、面と向かって興味があると言えば変態に思われるし「随分と必死ね」と、からかわれる光景が目に浮かぶ。




「機会があったら見せてあげるわね?」



「・・・お気遣いなく」機会があるとすればそれはどんな場面なんでしょうかね。




 皇さんとのやりとりだけでが心の余裕が削られるのに、加担するべく椿までもが「トラは下着が好きなの?」と聞いてきた。




 好きじゃないと言えば嘘になるので「ノーコメントで」と、ため息を吐きながら答えてふと気づく。「ってか、明日も休日なんだから、やっぱり椿一人で買い物できたじゃん」だから、僕がこんな辱めを受ける事もなかったじゃないか、と。



「明日は雨だから」



はぁ、そんな理由で付き合わされたんですか・・・

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