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第35話

 いつも下ろしている銀色のシルクのようなまっすぐな髪は、今日は休日仕様なのか、ヘアゴムでポニーテールに纏められている。もちろん制服ではなくて、白いシフォントップスに黒のスカートを合わせた私服姿の皇さんは、街中で僕と椿と鉢合わせた偶然に扉を開けたまま驚いた顔を作っていた。



 それはこちらも同じで、まさか皇さんが休日に犬カフェで遭遇するなんて、1ミリも考えていなかった。



 「あなた達」驚いた表情は徐々に、「なるほど、そういう事なのね」と真相に辿り着いたかのような不敵な笑みを浮かべた。



 そういう事ってどういう事?なにか誤解を生んだ皇さんから、危険な色が混じった言葉が発せらる。よくない方向で勘違いをしているみたいだ・・・頭の中に警告音が鳴り響く。



 僕はただ幼馴染(椿)と久々に一緒に遊んでいただけで、別に言い訳をしなければいけない後ろめたい事は何もしていないわけでして、あれなんで僕こんなに必死なんですかね。生存本能ってやつです。




「これは、久しぶりに幼馴染と遊んでただけで、別に皇さんが考えているような事ではないので・・」自分でも驚くくらいの下手くそな言い訳を披露すると、皇さんが一度「獅子山くん」と制した後「私の事は名前でしょ?」と妙に強調しながら指摘する。



 この場面でも名前呼びが大事なのかなと疑問を抱きながら「・・・棗さん」と声を出してみるが、僕の後ろにいる椿の前だと無性に気まずいし恥ずかしい・・・・なんでだろう、椿のことは「椿」って言えるのに。まだまだ皇さんを名前で呼ぶのは不慣れみたいだ。




 僕が呼び方を訂正すると、皇さんは「よろしい」と顔に書いたように口元を緩めた。でも、目元は全く笑ってなくて怖い。





「それで、あなた達は休日に2人で何をしているの?」先程の下手くそな言い訳は聞いてくれてなかったみたいだ。


「別に、ただ遊んでいただけだよ」




「あらそうなの。それにしては2人きりでなんて随分と仲が良いのね。流石幼馴染同士、妬いちゃうわ」



「そ、そうかな、アハハハ・・・」




 冷たい視線、冷気を帯びた言葉を浴びながら、この場を無事乗り切ろうと奮闘する僕の背後で、何も喋らず大人しくしている椿が気になり振り返る。皇さんとのやりとりを、鳶色をした虹彩の中に埋め込まれた黒翡翠のような瞳で静かに眺めていた。



「そもそも、獅子山くんから何も聞いてなかったから、柊さんと2人で出かけるなんて知らなかったわ」言いながら、唐突に僕の耳元に艷やかな唇を寄せてきてドキリとする。顔と顔が近い。椿の前、というか人前でそういう事するのやめて欲しいんだけど・・・と思っているところに、冷やかすように吐息を含ませ「結婚前に浮気かしら?」と、小さく消え入りそうで、それでいてしっかりと耳の中に残るように囁いた。




 皇さんの声そのものが耳の奥に詰まっているような感覚に囚われながらも、慌てて「ちょ、何言ってるんですか!?」と、音がでないように掠れ声で猛抗議をする。でも、あまり長いことヒソヒソとしていると、椿に変に怪しがられるのでこれ以上言及するのはやめた方が良いかもしれない。




「とにかく、何でもないですから」言葉が足りないけど、これ以上の言葉も見つからない。下手に言い訳を並べても不自然だし、本当の事だけを言うだけ。





 皇さんは少し思案した後、「そうだわ」と言った後、とんでもない提案をしなさった。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 視線が気になる。通行人の大半がこちらを見ている。正確に言うと、両脇にいる2人に視線が注がれている。僕は、視線の軌道上にたまたま居合わせて被弾している被害者にすぎない。



 僕を挟んで、皇さんと椿が並んで歩いている。それだけで、周囲の注目を浴びるには十分だった。





 皇さんの提案は「私もこの後からご一緒して良いかしら?」というものだった。「『何もない』のなら問題はないはずよね?」と言われれば、Yesと答えるしかない。




 僕の一存では決められないので、椿へ目で「どうする」と訴えかけると、「私は構わない」と皇さんを見据えた。




 あれ、さっきは犬カフェに皇さんが居たから、苦手な猫が鎮座する猫カフェへ入ったのに良いのかな?背水の陣ってやつ?




 相変わらず椿さんの心境はわからない。でも確かなのは、「僕も大丈夫だよ」と空気を読んで同調しなければいけないという事だった。







 このような経緯も以て、2人が(僕を介して)並んでいる非日常が出来上がった。




 美しさを追求した結果、気品、或いは高踏的にも感じる彫刻のように完成された眩い銀髪の美少女。



 長身で高校生とは思えない程の体型で、心までを飲み込もうとする深淵の底のような黒髪の美少女。



 チンチクリンの童貞で顔もイマイチパッとしなく、身体の線も細くていかにも頼りなさそうな平凡男子。




 もうね、これ公開処刑ですわ。劣等感が津波として襲ってくる。周囲の視線から「誰だお前?」みたいな意思が込められているのが伝わってくる。




 身の丈にあっていない女子2人に挟まれながら心にで泣いている僕と女子2人は、「渋谷に行きたい」との椿のリクエストで、電車に乗るために秋葉原の駅へを目指していた。



 すぐに近くに車を待機させているから、渋谷まで送っていこうかという皇さんの提案があったけど、「電車のほうが早い」と椿が言うので、黒塗りの高級車に乗る機会は見送りとなり、結局駅まで歩くことになった。黒塗りの高級車に乗れる!っと、期待をしただけに少し残念だ。




 駅に到着した僕たちは、さっそく改札を通ろうとしてふと疑問に思った。




「そういえば、切符買わなくていいの?皇さんって交通系のカードって持ってる?」



 いつも車で移動しているイメージだったので、興味本位も含めて聞いてみる。お金持ちは電車に乗らないという偏見があったけど、さすがに漫画かアニメの世界だけの常識だよね。



 皇さんは「カードくらい持ち歩いているわ」当然でしょ、と言わんばかりの態度で財布からカードを取り出し、改札の青い読み取り部分にかざして通り抜けようとした。



「ピンポーン」


「きゃっ!?なに!?」



 赤いランプが灯り、機械音が鳴ると共に閉まるフラップドアに阻まれてしまった。「もう一度タッチして下さい」と音声の案内に従って、皇さんがカードをかざしてみるものの、はやり「ピンポーン」と音がなり再びフラップドアに阻まれて通過することができない。



 他の乗客が皇さんの後ろに詰まって長い列をなしている状況を見かねた椿が「こっちに来て」と、皇さんの手を引いて邪魔にならない脇へ移動させた。




「おかしいわ、あの青い部分にカードをかざすと通れるのよね」




 混乱と動揺を抱えた皇さんに、「そのカード見せて」と椿が手を差し出す。差し出されたカードを見て「・・・これ違う」と椿が呆れて言った。僕も見てみると、どう見てもクレジットカードでした。きっとSuicaに対応していないクレカだけど、「あれ、そもそも高校生ってクレカ作れるんだっけ?」なんて野暮な事は聞かないでおこう。皇財閥の令嬢ですからね。あとカードの色がブラックなのもさほど驚かなかった。



 ・・・・・・勘違いして改札でドヤ顔でフラップドアに阻まれている皇さんの姿は控えめに言ってダサかったけど。




 みどりの窓口でSuicaを購入し、渋谷まで電車で揺られている間も周囲からの注目の的なのは相変わらずだった。でも、皇さんは視線を気にすることなく、電車の窓から次々と移り変わる無機質な景色を一生懸命に眺めていた。


 電車の窓から反射で映る皇さんの瞳は、学校では誰をも寄せ付けない強固な壁を作る人物と同一とは思えない程、珍しいものを眺めている時の好奇心旺盛な子供みたいだった。



「珍しい?」と思わず訊ねる。



「ええ。今まで電車に乗る機会なんてなかったの。どこへ行くにも車で送迎されるのが、私にとっては当たり前だから」



 記憶に焼き尽くそうとしているのか、景色から目を話さずに答える。


  

「そ、そうなんだ」



 いたよ。漫画の住人みたいなお金持ちがここに。東京に住んでいながら本当に電車に乗ったことがなかったとは・・・・・。


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