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第30話

 四時限目が終わり、昼休み。



「獅子山くん、行きましょう」




 いつもの様に皇さんが僕をお昼に誘う。断られる事など微塵も考えていないのが、迷いのない言葉からは伺えた。ないしは、今まで皇さんに誰一人逆らう者がいなかったので、無意識に態度に染みついているのか。




もちろん、皇さんと一緒にいられる事は嬉しいし、あまつさえ食事も共にできるなんて光栄なことだ。



 前の僕だったら二つ返事で来賓室へと向かったと思う。でも、いつまでも僕ばかりと接して高校生活を過ごすなんて現実的ではないし、皇さんにはもっと友達をたくさん作って、普通の女子高生をして生活をして欲しい。




 だから決意した。だから僕は言わなくてはいけない。




「ごめん、今日は他と約束をしているんだ」


「あら、そうなの?」


「うん。由樹と柿沼と一緒に」



ぼくは咄嗟に2人の名前を口にしていた。きっと、僕には頑固なシミのように頼り癖が染みついている。



 名前を呼ばれた2人は「え?約束!?」と言わんばかりの疑問と驚きの表情でこちらを見ていた。事前に相談をしていないので当然のリアクションだよね。



 皇さんは「あら、そうなの」と言いながら、2人を査定しているかのような視線で見た後、「じゃあいいわ」と、1人教室を出ようと歩き出した。





「あ、よかったら一緒に食べない?」




 歩いている皇さんに声をかけると、一度歩みを止めて振り返り「遠慮するわ」と言い残し、今度こそ教室を出ていった。わかってはいたけど、取り付く島もない。




 結局、久しぶりに3人で昼食を共にする事になったけど、まずは勝手な行動に対してのお詫びをする。




「ごめん、巻き込むような発言をして」



「驚いたけど、皇さんがクラスに馴染めるようになるんだったら協力するよ」



「そうだな。ただ、やはり前もって相談はして欲しいぞ。ゆーちゃんに急遽昼の断りを入れなくちゃいけなくなる」



「わかった、今度からはそうするよ」




 聖人の域に達しているんじゃないかと疑う程の心の広さの由樹と柿沼。でも、柿沼がしれっとのろけを混ぜてくるあたりは許せん。柿沼の彼女は「柚」だからゆーちゃんと呼んでるのか。




 しかし、ゆーちゃんって言葉が柿沼には壊滅的に似合ってないな。「パンケーキ」とか「タピオカ」という言葉も僕の中ではNG。逆に似合っているワードは「網走刑務所」や「修羅道」といった感じかな。我ながら本当に失礼だな。




「それで早速相談なんでけどさ、皇さんをクラスメイトに馴染ませる良い方法ないかな?」



「それがわかってれば苦労はしないだろ。トラがわからないんだったら、俺らだって知る由もない」




 柿沼のぐうの音も出ない指摘が、これ以上は相談をしても無駄な時間だと教えてくれる。




「そうだよなぁ・・やっぱり難しいよね」



「ただ俺らみたいな野郎どもよりは、同性の方がある程度打ち解けやすとは思うぞ」




 言われるまでそんな単純な事にも気付かなかった。でも、皇さんが他の女子生徒とまともに話す姿を、見た事がないから仕方ないのかもしれない。柿沼の言葉に僅かな光明を得る。




「椿さんに協力を頼んでみれば?皇さんに話しかけているのを何度か見たことあるし」



「ん~、どうかな・・・」




 由樹が提案をしてくれたけど、それが一番現実的じゃないんです。事情を知ってしまえばそんな事言えないんですよ。




「ゆーちゃんにも頼んでみるか?」



「え?常滑(とこなめ)さんに?」柿沼の彼女の名前は常滑(とこなめ)(ゆず)




「ああ。前から皇さんとも仲良くなりたいって言ってたし、椿さんとは仲が良いから丁度良いんじゃないか」



「ああ・・・そうだね・・・じゃあ、話しをしてもらっても良いかな」



「おう、任せろ」




 迷った挙げ句、やはり何事も行動あるのみと思い、常滑さん(ゆーちゃん)に協力をしてもらうように柿沼にお願いをすることにした。これがどう転ぶかは未来の僕にしかわからない。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 少しずつ、外堀を埋めるようにだけど、皇さんをクラスメイトとして迎える準備が僕の中で密かに始まった。



 果たして、それを皇さんが望んでいるかはわからない。だから、僕がやろうとしている行動に意味なんて無いのかもしれない。



 学校を終えた僕は、考える度に奥歯にモノが挟まったままなかなか取れない違和感と焦れったさを感じながら、夕飯前にの自宅のリビングで猫とじゃれ合っていた。キッチンでは母さんが夕飯の準備に取り掛かろうとしているところだった。



 すると、ドタドタと階段を降りる音と微かな振動がリビングに伝わってきて、リビングと廊下を隔てている扉が騒がしくガチャリと開いた。





「お兄、今から椿ちゃん来るって」




 わーーーい!比奈ちゃんだーーー!!!今日もとっても可愛いよ!!



 ・・・・・ん?



「椿が?また何か持ってきてくれるの?」



「あら、今回はどんな料理を持ってきてくれるのかしらね」



  

 母さんも嬉しそうだ。赤い鍋事件以降、獅子山家と柊家の密やかな交流は続いていた。黒歴史の時限爆弾でもあった赤い鍋は、今では両家を繋ぐ立派な赤い架け橋にまで成長していた。このご時世、ここまでの交流もなかなか珍しいと思う。





 程なくして、インターホンが鳴った。





「はーーーい」



 母さんがハイテンションで玄関へ行き、「いらっしゃい!待ってたのよ~」と言ったので、まぁ間違いなく椿だろうね。




 案の定椿さんが赤い鍋を持ちながら「お邪魔します」とリビングに入ってきた。昔から家に遊びに来ていた事もあって、今ではすっかり違和感もなくなり、すんなりと受け入れる事ができる。




「いらっしゃい」


「ん」




 学校では皇さんの一件から少し話しかけづらい雰囲気があるけど、学校外で、ましてや自宅となれば話は別だ。制約がなくなったかのように、不思議と自然に会話をすることができた。




「椿ちゃん、今日は何かしら?」



「ホワイトシチューです。今回はママ特製ですよ。気合入りすぎて作りすぎちゃったみたいで」 



「あら、楽しみね!それに、丁度お米も切らしてて、どうしようかと思ってたの。今からパン焼かなくちゃ」



「そうなんですか。タイミングが良かったみたいで何よりです」




 母さんと椿の会話を聞きながら、椿の口数の多さに相変わらず驚く。僕に対してだけかもしれないけど「うん」「ん」「何で?」しか基本言わない気がするんですけど。なにこれ嫌がらせ?妹とも仲睦まじくお話しているし。傍から見たら姉妹みたいだ。




 椿が赤い鍋を持ってくる日は、暗黙で椿も僕の家でご飯を食べる習慣になっていた。そんな時は、決まって父さんが何かしらの事情で自宅にいないんだけど。今日は、乗ってた電車が運転見合わせで止まってしまったらしく、仕方ないから途中下車して一杯ひっかけると連絡が入った。




 僕を除外した3人でワイワイ楽しそうに夕飯の支度をし、僕は相変わらず転がっている石ころみたいな存在となってソファの上で、夕飯が出来上がるのを待つ。




 比奈ちゃんが、家畜に向かって告げるように「飯だ」と号令をかけるので、先に3人が囲んでいる食卓の席につく。




 僕はたいして喋らず、比奈や母さんが主に椿と談笑している。これもいつも通り。




 わずか数ヶ月前の事が、気が付いたら「いつも通り」になっている。それはきっと、獅子山家(家族)という一元的な枠の中に椿が収まっているからだろう。




 仮に他の誰か、極端な例を挙げれば皇さんでは緊張が(まさ)って、こんな和やかな雰囲気にはならないはずだ。幼馴染恐るべし。




 最近、学校でも無意識に気を張っていたのか、そんな事を考えながらモグモグと口を動かして食事を続けた。

一旦ここで区切ります

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