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第29話

 僕の学校での過ごし方は、皇さんがクラスへ転籍してきた事により大きく変わっていた。


 未だに慣れない注目を浴びながら休み時間の短い合間を皇さんと話をして過ごしたり。


 昼は来賓室で2人きりでご飯を食べたり、帰りはたまに一緒に僕の自宅前まで歩いて帰ったり。


 さすがに常に一緒にいるわけではないけど、でも皇さんを軸として公転している惑星のような生活は続いていた。




 そんな生活を送っていると、ある奇妙な現象が生じるようになった。



 それはある授業中の事。




「では、この問題を・・・・榎本、頼む」



 教師が指名した生徒に問題を解かせるという、生徒側からすると絶対に指名されたくない日常イベント。大抵はどの教師も当日の日付に直結した出席番号の生徒が指名されるので、出席番号が31番以降の生徒にとっては高みの見物のイベント。



 だけど、初老間近らしい数学教師の蓮実先生はそのルールをいつもぶち壊す。法則性がないまま気分で生徒を名指するので、生徒からはバーサーカーのような存在と恐れられていた。



 唐突に指名された日付と出席番号が一致しない榎本さんの席の位置は、僕の席の列の一番前。以降は席の後ろへの生徒へ蓮実先生が順番を回していく。柿沼と由樹が指名され、そして僕の番が回ってきた、前に出て黒板に書かれた数学の問題を解いていく。



「はい、正解」



 無事役割を終えた僕は肩の荷が下り、自席へ戻ろうとした時だった。



「獅子山、次の式が書き終わったら皇を呼んできてくれ」


「はい?」



 僕だけに聞こえるように小声で、次の順番である皇さんを黒板の前まで向かわせるように言伝(ことづて)を依頼された。


 「なんで直接言わないんですか?」という言葉を噛み砕き、仕方なく皇さんに頼まれた言伝を伝える。皇さんも「わかったわ」と、意に介した様子見みせず、黒板に書かれた出題を簡単ななぞなぞを解くように答えを書く。



 蓮実先生だけではなく、他の科目の授業でも似たようなシーンはあった。それは、僕という楽な抜け道を見つけ、頼っている。そんな印象を受けた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 

 教師だけではなく、クラス内でも同様の事象が起こった。



 その時は、どの委員会に所属するかをクラス内で話し合うために設けられたLHR(ロングホームルーム)の時間だった。



「私は一切口を挟まないので、皆さんで決めて下さい」



 新山先生の抑揚のない指示の下、クラス内で話し合いが始まった。


 

 進行役は満場一致で由樹が務める事に決まる。




「次、飼育委員会に立候補する人はいる?」



 由樹が尋ねると、ポツポツと手が上がり、黒板に手を上げた生徒の名前を手際よく書いていく。



 最後に「他に誰かいないかな?」と由樹がクラス全員に向けて言うのだが、「トラ、皇さんはどう?」と、皇さんにではなく何故か僕に確認をとる。



 由樹の声はしっかり届いているであろう皇さんに「飼育委員会に入りたい?」と聞いて「結構よ」と返事を聞いたら、僕は由樹に腕で大きな(バッテン)を作る。由樹は頷くと、そのまま進行を再開する。


 由樹を始めとしたクラス全員も皇さんとの直接な接触をしないで、用事や聞きたい事がある時は必ず僕を通すようになった。



 あからさまにクラスが皇さんを避けているこの状況に、自身でも驚くほどの腹ただしさを覚えた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆ 




「僕は皇さんとのパイプ役や取り繋ぐためのフロントじゃないんだけど」



 放課後の掃除当番の時間、我慢しきれなかった僕は廊下を掃除しながら、柿沼や由樹を始めとしたクラスメイトに抗議をすることにした。




「そう言われてもなぁ」


「俺ら、皇さんと話したことないし」


「直接話しかけるのは怖い」


「そもそもなんて話しかければいいかわからないし」



 皆は口々に似たような意見言う。でも、その気持はわかる。実際僕も未だに緊張する時があるし、「仲が良いか?」と言われると正直解答に困ってしまう。


 だからと言って今の状態がクラスにも、皇さんにも良くないのは間違いない。まさか、周囲と打ち解けないまま卒業するわけでもない・・と思うけど。



 いずれにせよ、早かれ遅かれ仲良くなるきっかけは必要だし、訪れるべきだ。



「1年の頃の皇さんはどんな感じだったの?」



 以前から皇さんと同じクラスだった長谷川君に聞いてみる。



「どうも何も、今と変わらない。むしろ獅子山がいない分、意思疎通が大変だったな」



「へ、へぇ・・・」



 

 その様子を想像したくなかった。きっと、空気の薄い息苦しい空間のような環境の中で、1年間生活をしていたに違いない。



「だから、余計に獅子山と話しているのが不思議なんだよ。お前、どんな魔法使ったんだ?」



「魔法は使ってない。まだ魔法使いになれる資格があるだけだよ」



「・・・堂々と言うなよ」





 何はともあれ、今のままじゃダメだ。6月初旬には体育祭があるし、10月には一大イベントの修学旅行が待っている。


 余計なお世話と言われればそれまでかもしれないけど、でも、僕は皇さんも含めた皆で学校生活を楽しみたい。だから、今後のためを考えて、ハッキリと皆に言っておかなきゃいけない。



「今後皇さんに直接用がある時は、僕に伝言を預けることを禁止します」


「えーー」

「鬼だな」

「マジか~」



 退路を断たれた絶望感を醸し出してるけど、気づいて欲しい。皇さんだって同じクラスメイトの生徒であることを。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 とは言ったもののやはり上手いように事が運ばないのが現実で、いざクラスメイトが皇さんに話しかけようとすると、"話しかけないでくれるかしら?"と言わんばかりのオーラを全身に纏わせ、他者を寄せ付けようとしてくれなかった。



 オーラを敏感に感じ取ったクラスメイトは、依然として皇さんと話せないままでいた。



 ただ1人を除いて。



 そう、鉄仮面椿様である。



 現国の授業を担当をしている教師が椿の所属している文芸部の顧問らしく、よく課題のプリントを回収して後日届けるように雑用を椿へ頼んだりしていた。



 日直の仕事では?と僕は理不尽に思ったけど、椿は素直に「わかりました」と言い、休み時間を利用してクラスみんなのプリントを回収して回っていた。




「プリントある?」



 僕を介さないで、椿は直接皇さんに話しかける。こんな事をするのは、生徒では椿ただ1人だ。



 皇さんは「・・・・はい」と言いながら、何事もなく課題のプリントを椿へ手渡すと、「ん」と、いつも通りの返事を返す。



 ただ、それだけのやり取りなのに、見届けていた周囲から肺に堪った空気を一気に吐き出す様子があちらこちらで見られた。




 こうした場面は多々あった。とにかく、椿はインファイター並に皇さんに詰めて攻める。みているこっちが冷や冷やする。



 一体何が椿をそこまでさせるんだろうか。そうでもしないといけないと、義務感に駆られているようにも見える。


 

 僕は皇さんが転籍してきた初日の下校時に、初めて皇さんと椿が対話した記念すべき(?)日を思い出す。



 2人の刺すような陰険な雰囲気は、記憶の脳裏にしっかりと焼付き到底忘れられるはずがない。あんな事があっても、椿が皇さんに話しかけようとする理由はわからない。



 ただ単に、皇さんと仲良くなりたいから。そんな理由だったらいいなと思う。 でも、それ以外の何かが動機のような気がした。



 この調子だと、皇さんがクラスに馴染めるのもまだまだ先になるかもしれない。


 それでも、これが僕に出来ることなんだと、言い聞かせ、そして信じてみようと思った。


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