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第26話

「出てきたらどう?」



 皇さんの声に応じて電柱柱の影から姿を現したのは、悪事が見つかりバツが悪そうにする子供のみたいに、伏せ目がちな椿だった。



 思えば、今まで不思議なくらい、それこそ予め予定が割り振られていたように皇さんと椿の2人がバッティングすることはなかった。



 ただ、それは勝手な妄想でしかなく、決して交わる事がないと思っていた2人が僕の目の前で相まみえ、均衡が破られた。




 僕もこの謎の緊張状態の底に溺れ、息継ぎをするように口から「椿・・」と声が漏れてしまう。その椿は、仲直りをする前の冬の公園で見せたあの日の悲痛に満ちた顔をしていた。当時の夜の暗さ、外灯の頼りない明るさ、街の静寂さがそのまま切り取られ、今に引き継いでいるかのように、目の前の椿の顔を見るとあの時の光景が鮮明に蘇ってくる。



「私達になにか用事かしら?」



「あの、その・・」




 皇さんも、敵対する相手に言い放つような絶対的な壁がある冷たい声色で相手を貫く。初めて見るその姿こそが本来の皇さんなのだと、僕は瞬時に理解した。そして、決して口を挟んではいけないという事も。




「もしかして、()()()()()()だったのかしら?柊さん」



「・・・・」




 椿の沈黙は肯定とも否定とも捉えられた。でも、「また」って何のことだろう。2人の間には、僕の知らないところで何か繋がりでもあるのだろうか。



 そもそも、なんで皇さんが椿の名字を知っているのかと思ったけど、一応は今日から同じクラスだし、椿は僕の隣の席でもあるから知っていても不自然ではないか。そういえば一度、皇さんに椿について聞かれた事があったっけ。でも、その時は柊とは口に出していないはずだ。不穏な違和感はキリキリと痛む胃の中へ歪に残り続ける。




 椿は僕の時と同じく、皇さんにも伝えたい気持ちを言葉を飾らずに真っ直ぐと伝える。



 

「トラと何してるの?」


「一緒に下校しているだけよ」



 我が身に降り掛かった火の粉のように、皇さんはただ椿の言葉を払いのける。



「なんで?」


「なんで?どういう事かしら。あなたに関係あるの?」


  


「ないけどある」


「よくわからないわね」




「トラとは昔からの・・・・友達だから」


「あら、そうなの」




 皇さんの素っ気ない態度は空気感染でもおこすのか、さっきから僕の胃の痛みが増していく。



 それにしても、皇さんは驚くほど攻撃的だ。椿に対して、余程の因縁を抱かなければそこまで非情な態度は見せないくらいに。今の皇さんは、拒絶を具現させた殺傷性の十分な棘を茎に備え、銀色に鈍く輝く花びらを咲かせた薔薇のような印象を抱く。悲劇のヒロインじゃないけど、もう止めて!って仲裁に入りたい。無理だけど。怖いもん、今の皇さん。





「・・気になって」


「何が?」




「・・・・・」


「私と獅子山くんの間柄の事?」




「ん」


「そうね・・・」




 何か言い回しを考えるように頭の悩ませた皇さんは、「獅子山くんはどうかはわからないけど、私は彼に初めてをあげた仲よ」とか言いなさった。これは否定しなければ。




「す、すめら「名前でしょ」



「・・棗さん。誤解が大爆発するような言い方は、その、よろしくないんじゃないでしょうか」



「誤解?」



「そうですよ。僕たち別に何もやましい事なんか・・」





 僕が言い終える前に、皇さんは人差し指で自分の下唇を押し当てながら「間接とは言え、キスは初めてだったのにヒドイわ」と不敵に微笑んだ。



 「お~い。粗茶」かぁぁぁぁ。確かに、それは事実でもあるけど、伝え方が如何せんよろしくない。でも、あの時皇さん照れてたよね?それでよく今の台詞言えたよね。



 ヤバイ、なんだか頭の中も痛くなってきた。クラクラする。それこそ頭の中で誰かが「お~い」って呼んでいる気がする。粗茶は黙っててくれ。




 椿は「そうなの?」と僕へ聞いてきたので、政治家御用達の「記憶にございません」という台詞で逃げようと思ったけど、皇さんの目の前で否定もできない。結局沈黙が答えとなり、表情に乏しい椿からすると珍しく、渋い果実を齧ったような険しい顔になった。



 皇さんは更に詰める。



「柊さん。もう一度聞くけど、私と獅子山くんが一緒に居て何か問題でもあるのかしら?」



「・・ある」


「へぇ・・」



 皇さんも皇さんだけど、椿も椿で食らいつくというか、なかなか折れない。でも、これじゃ埒が明かないしそろそろ胃に穴が開きそうなので、なけなしの勇気を振り絞って「2人とも、その、近所迷惑だから」と世間体を盾にして仲裁を試みる。




 意外に効果的だったようで、「そうね。今日はこの辺りにしましょう」と、皇さんがあっさりと抜いた刀を鞘へ収めた。でも、すぐに居合のように「今後、私の邪魔をするような真似はやめてくれる?」と斬りつける。



 椿を寄せ付けないように皇さんが敷いた境界線は、僕と椿の間にあった生易しい溝や隔たりとは一線を画していた。絶対に踏み込ませない、立ち入らせない頑固たる意思が言葉の端々に込められていて、もしも侵したら承知しない。そんな警告が溶けるように紛れ込んでいた。



 皇さんの忠告に対して、椿は「約束はできない」となおも抗う。


「あら、聞き分けが悪いのね」



 言葉とは裏腹に、さほど驚いているようには見えなかった。そのアンバランスさに不気味さが滲む。



 とは言え、人通りが少ない住宅街でも少なからず人の目が気になる。皇さんが配慮してくれたかはわからないけど、「いい加減やめましょう」と言った後に「ここでお別れね、獅子山くん。さよなら」と言いながら僕の家とは別の方向へ歩いていった。



 さよならと小さく呟きながら皇さん背中を見送った後は、極度の緊張から開放された安心感で骨のない軟体動物になったように足に力が入らず、上手に立てているかわからなくなった。




 一方、椿は動かず遠く離れていく皇さんを、遠くから射止めようするスナイパーみたいにただジッと見つめていた。




 ・・・・・・ふぇぇぇ。


 ・・・・・・怖かったよぉぉ。



 僕は椿に文句の一つでも言ってやりたくなった。



「どういうことだよ椿」


「何が」



「皇さんと何かあったの?」


「直接は・・・ない」



「直接?どういう事?」


「・・・・・アホ」



 どうもアホです。幼馴染から誹謗(ひぼう)を受けた僕は、その幼馴染の「帰る」という言葉にも反応できず、電柱のようにボーッ突っ立っていた。




 2人が居なくなった空間にただ1人取り残された僕が理解したことは3つ。



 1つ目は皇さんはやはり相当恐ろしい存在であること。


 2つ目は椿もなかなか頑固で折れない性格であること。


 3つ目は今後様々な波乱が身に降りかかるであること。


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