第22話
授業の合間の休み時間、移動もなく由樹と柿沼と座りながら猫派か犬派かの徹底討論をしているときだった。
「獅子山ってさ、なんで柊さんと仲良いの?」
椿が離席しているタイミングを狙って、僕の後ろの席の少しチャラめな関口君が、討論中にも関わらず話に割ってきた。彼とは2年に進級してから初めて話す間柄なので、まだ友達かと言われればそうではない発展途上な仲だ。
討論自体別にどうでも良かったのもあって、早々に打ち切り「昔からの知り合いってだけだよ」と答える。
実のところ、そろそろ誰かに椿の事を聞かれそうだと察していた。最近になって、校内で僕と話したりする回数が極端に増えたのが原因なのは間違いない。席が近いのも関係してるけど、どうしても他に何か理由があるような気がする。でも、勘ぐりすぎだろうと、シャボン玉のように思考が浮かんではすぐ消える、を繰り返していた。
「マジで?だったらさ、今度紹介してくんね?」
「椿を?」
「そうそう。連絡先とか聞きたいんだけど、柊さんって結構近寄りがたいっつーか、何考えているかわかんないからさ」
「別に良いけど。あ、でも椿の連絡先は知らないよ」
妹は知ってるらしいけど。
話を聞いていた柿沼が「自分で聞けば良いだろう」と会話に参加してくる。柿沼はただ普通に疑問を口にしただけなのに、関口君は「す、すみません」と謝ってきた。だから、慣れないと怖いんだってば。
噂をすれば影がさす。タイミングよく椿が戻ってきたので、回りくどい事はしないでそのまま要件を椿へと伝えた。
「なぁ、椿」
「ん?」
「関口君が紹介してって」
僕が言い終えると、椿は何も言わずに関口君へ視線を流した。吸い込まれそうな茶色い瞳は、本当に何を物語っているのかが謎だ。目は口ほどに物を言うという言葉は、椿には当てはまらない。
顔に緊張が表れている関口君は、椿の視線を受け止めようと、だらしなく曲げていた背筋をピーンと伸ばした。椿は椿で、関口君をただじーっと見ている。可哀想にもだんだん関口君が、これから鑑定士によって価値が決められる骨董品に見えてきた。
たっぷり時間をかけた挙句「また今度」と椿が言った瞬間に、玉砕した関口君が座りながら器用にエビ反りのまま固まってしまった。静か見守っていた由樹が「大丈夫?」と声をかけるも、既にただの屍のようで返事がなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
放課後、関口君は他のクラスメイトに肩を支えられながら教室を出ていった。確かに、誤解を招く椿の冷たい言葉のナイフは、彼の自尊を深く抉ったに違いない。
そんな切れるナイフ椿様は、本日も部活動がないのか僕の隣で一緒に下校している。一年前までは方向が全く同じだったにも関わらず、登下校の間は一度だって出くわしたことがなかったのに。
話題は関口君について。
「別に関口君と話すくらい良かったじゃん」
「時期が悪い」
「時期?」まるで旬でもあるような言い方ですね。
「そう、時期」
それから何も言わなくなった椿の顔を見上げる。やはり、表情に変化がないまま真っ直ぐ帰る道を眺めているだけなので、今何を考えているのかは推し量ることができない。
椿と会話をしていると、物事の先を二手三手まで読んでいる印象をいつも受ける。凡人である僕にはその領域まで辿り着けない。強大な相手に対して飛車角落ちで勝負を挑むようなものだ。
「それじゃ、その時期とやらが訪れたら言ってね?」
「ん」
隣でまっすぐ前を見ながら歩いている椿の考えることは、やっぱり僕にはわからない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、登校を終えて教室へ入り自席へと着席する。
早い時間でもなく、遅い時間でもないけれど人はまだ少ない。
由樹はまだ来ていないけど、柿沼は既に来ていたので朝の挨拶を済ませる。うん、いつもの平和な日常だ。よしよし、いいそ。
机の上にカバンを置いて、教科書類を出しているときだった。
あるモノが机の上に落ちているのに気づいた僕は、それを手に取り何の気なしに「なんだこれ?」と疑問を口にしていた。その後、その正体を理解した瞬間驚きすぎて「あっ!!」と声を張ってしまった。
席を跨いで柿沼が「朝からどうした?」と聞いてきたけど、「いや、なんでもない!忘れ物したと思ったけど大丈夫だっただけ!!」と、渾身の言い訳をした。
僕は、それを他に誰かに見られたらマズイ事になりかねないと思い、手で丸めてズボンのポケットに突っ込んで隠した。
本当にそういう事やめてよ・・・・・朝から心臓に悪い・・・・・
◇◆◇◆◇◆◇◆
放課後になるまでは、机の上にあったあるあるモノのせいで、まさに心ここに在らずだった。時間の流れが遅く感じて気持ちが焦れて仕方ない。
都合よく、今日は部活動に顔を出す椿といつもの2人に別れを告げて、僕は昇降口へと小走りで向かった。
靴を履き替えて、そのまま確信を持って校舎裏へと向かう。
案の定、皇さんがけん玉をしながら待っていた。・・・・・なぜけん玉?
それは今は置いといて、僕は早々に皇さんに詰め寄った。
「棗さん!?今朝のアレですけど、本当に止めて下さいよ!」
僕の抗議に対して、皇さんは卑しく笑う真似をしながら「秘密のメッセージみたいでドキドキした?」と言ってきたので「ハラハラしましたよ!」と更に抗議を強めた。
そう、今朝、僕の机の上にあったのは数本の長い銀髪だったのだ。