第22話
皇回です。
なかなか皇さんの登場機会がなくて、執筆してる当人がイライラしてました(´-ω-`)
新学期が始まってから早いもので数日が経過した。新しいクラスも、透明だった色が徐々にそのクラス特有の色へと染め上げられていくように雰囲気が変わっていく。
満開の桜も、もうすぐ花びらが落ち、骨のような枝が剥き出しになる。それはそれで寂しいけど、僕は落ちた桜の花びらによる道路への化粧もまた春の風情を感じる派です。
そんな痛い僕は、今日はうっかり弁当を持参するのを忘れてしまい、昼にいそいそと1人で購買へと向かっていた。
教室で弁当を忘れた事実に気づいた僕の様子を見ていた椿が、主語を抜いて「忘れたの?」と聞いてきたので「そうみたい」と答えると「分けてあげる」と言ってくれた。それを丁重に断りしたわけだけど、椿が「むー」と納得していない表情でこちらを睨み、その様子を見ていた由樹が困ったように笑っていた。柿沼は彼女と一緒だったからわからん。
購買に到着したは良いけど、普段から弁当持参組の僕からするとそこはまさしく戦場といって差し支えなかった。
新しい3年の先輩が鼻を利かせて、人気がある弁当やパンを選び、その余った弁当の中から少しでもマシなものを選ぼうと下級生が押し寄せて手を伸ばす。ゾンビに噛まれて数少ない血清を生き残りをかけて奪い合う光景にも見える。
しかしあの場に加わらなければ、今日の昼食は不正解でもないのにボッシュートとなってしまう。まさしくふしぎ発見。いやいや、早くしないと売り切れてしまう。
案の定揉みくちゃにされた挙げ句「柊と仲良いなんて許せねー」とか聞こえた後に横から誰かに蹴られたけど、なんとか無事かにパン1個を手に入れる事ができた。
でも、これだけじゃ食べ盛りの僕のお腹は満たされないし、体の成長に必要な栄養が著しく欠けてしまう。こんな悲しい結果になるんだったら、椿と由樹から少しずつおかずを拝借しておけばよかったかなと後悔しているときだった。
購買は昇降口を入ってすぐ目の前に位置しているので、必然的に昇降口から外へと出る生徒が目に入った。背中の一部しか見えなかったけど、腰の近くまであの銀髪は見間違うことはない。
迷いはしなかった。ただ、気がついたら、自分も昇降口へ歩いていた。何も疑わず靴を履き替えて、皇さんの跡を追う。そうするべきであると、衝動に駆られる。
着いたのは最早お馴染みになりつつある校舎裏だった。皇さんもとい変態は、人目につかない場所で、暖かな陽射しの下で1人草の上に座った。手にはコンビニ弁当がぶら下がっている。
さて、どうしたものか・・・・物陰に隠れながら、声をかけるべきか、何も見ないふりをして立ち去るべきか悩む。イベントCGを集めるのであれば、「声をかける」を選択するのが無難だけど、あいにく人生というクソゲーはセーブをしてロードでやり直しができない仕様となっている。
・・・・・まさか、毎日ここで1人でご飯、つまりぼっち飯を!?
そんな現場に遭遇したら、皇さんにもプライドがあるわけできっと不快な気持ちにさせてしまうわけで。そもそも、期末考査から今日に至るまで話すらしていなかったし、避けられてる・・・・事はないと思うけど。
「獅子山くん」
「はい!!」
うわぁぁあぁっぁあぁぁぁ尾行バレてた。急に名前呼ばれてバビったよ。ちなみに選択肢は「そもそもない」が正解でした。
飼い主に叱られた子犬さながら、物陰からそーっと皇さんの前まで出る。表情は柔らかいので、別に怒っているわけではなさそうだ。
「どうしたの?」
「たまたま棗さんを見かけて、その・・」
「私が気になって跡をつけてくれたのかしら?」
意味合いは間違っていないけど、言い方に少し語弊があるというか、わざと言ってますよね?でも、否定もできないので、まんまと誘導された気持ちで「はい」と認めた。追い込み漁で網にかかった川魚と自身を重ねる。
話す期間が少し空いてしまった事によって、どのように接すれば良いかイマイチ掴めないでいると、皇さんが「お昼はご一緒したことがなかったわね」と言った後に、「そうだ」と薄く微笑んだ。
「よろしければお昼、ご一緒しない?」
◇◆◇◆◇◆◇◆
ひょんな事から皇さんとお昼をご一緒することになった。
「そういえば以前から家の用事で忙しくて、なかなか放課後に会う機会がなかったわね」
「そ、そうだね」
久しぶりに会話するとあってか、ようやく皇さんに慣れてきたと思っていたのに余計に緊張してしまう。
「獅子山くんと話すことができて嬉しいわ」
「・・・・」
春の陽日みたいに微笑む顔を見て、気恥ずかしくなり思わず顔をそむける。なんで歯の浮くような台詞を平気で言っちゃうのかなこの人は。でも、変わり無いようでひとまず安心する。
「あの、いつもここで昼食を食べてるの?」
誤魔化すように質問する。
「いいえ。たまに来るくらいね」
「そうなんだ」
「お腹空いたわ、早く食べましょ」そう言いながら皇さんが手にしているのは、やっぱりコンビニで買ったと思われる商品が入っていた。
あの皇財閥の令嬢がコンビニ弁当?少し前にテレビで放送されていた皇財閥の記者会見を思い出す。記者の前で華々しく未来を語っていたあの父親の娘が、昼にコンビニ弁当で済ませているなんて想像できるだろうか。
庶民の僕が抱くお金持ちのランチのイメージは、テラスで専属のシェフが腕をふるった出来たてのコース料理を執事に給仕されながら召し上がって、その後はなんかほら・・・・あの、皿が段になっててケーキがアレなやつ・・・アフタヌーンティーだっけ。それを嗜んで優雅にお紅茶を飲んじゃう。そんな感じ。
そもそもこの都立高にテラスなんてないし、校内は火気厳禁だからシェフは呼べない。それより校内は関係者意外立ち入り禁止か。
「意外に思う?」
コンビニ弁当をガン見している僕に、皇さんは試すように問いかけた。なので「うん」とそのまま答える。
「好きなの。惣菜弁当とか」
皇さんがウキウキしながらガサガサと漁った袋から取り出したのは、「徳用!お好み焼きと焼きそばが一緒に入ったボリューム満点弁当」だった。炭水化物と炭水化物の不健康メニュー。なんていうか、庶民的すぎる・・・。
皇さんが「徳用!お好み焼きと焼きそばが一緒に入ったボリューム満点弁当」を食べるイメージが湧かない。アイドルだって股には何も無ければ○○○もしないイメージを保っているのに。
手慣れた手付きで弁当の包装を剥がし、割り箸を割って礼儀よく「いただきます」と手を合わせる。それだけで神に祈る神聖な作法に見えるから不思議だ。僕はそのありがたいお姿を拝見しながら、「いただきます」とかにパンの袋を勢いよく開けた。
象牙で作られたような白く繊細で、それでいて透き通りそうな綺麗な指から掴まれた箸が焼きそばの麺を持ち上げていく。左手で一度髪をかきあげた時、形の良い耳と色っぽい首筋が見えた。マナー良く容器を持ちながら控えめに焼きそばをすする皇さんを一言で表すと・・・・焼きそばの女神。
ただ焼きそばを食べているだけで、ちょっと変人なくせになんで神々しいの?馬鹿なの?やっぱり世の中理不尽すぎる。
僕もかにパンを口に運ぶけど、味なんてわからない。理由は、付属のマヨネーズをお好み焼きにかける皇さんを目に焼き付けるのに必死だったから。
「獅子山くんはそのパンだけなの?」
「うん。弁当忘れちゃって。購買でもこれしか買えなかったし」
「足りるの?」
「うん、平気だと思う」
妙な気を使われないように強がって嘘をつく。いくら体が小さいからといって、かにパン1個で足りるほど省エネじゃない。「ふーん」と、訝しげな視線を僕に浴びせたと思ったら、箸に挟んだ一口サイズのお好み焼きを僕の口へ向けて伸ばしてきた。
これは・・・
「獅子山くん、早く口を開けてくれる?」
まさか・・・・"あーーーん" かな?
「す、皇さん流石にそれはっ!!」
「名前でしょ?」
「すみません。じゃなくてっ!!僕なんかに、な、棗さんのあーーんは勿体無いというか、身の丈にあってないというか」
抵抗してみせると、皇さんは目に陰を落としてこちらへ寄ってきた。もしかして怒ってらっしゃる?
「あ~~~~ん」
固く閉じた貝の殻をもこじ開けるほどの凄みを含んだ「あ~~~~ん」は、僕の口を容易く開かせた。そこへお好み焼きをねじ込んでいく。
ソースの強い酸味と香り、そして味がわからないまま咀嚼する。けど、かにパンと極度の緊張のせいで口の中がカラッカラの水分不足に陥っていた。
飲み込もうとすると、喉に引っかかって苦しい。思わず咳き込んでしまう。ダメだ、この流れだと、間違いなく安っぽいイベントが発生してしまう。もう、これ以上は、神経がすり減る!
「大丈夫かしら、これでも飲んで?」
皇さんが飲みかけの「わ~い。粗茶」を僕に差し出す。
やはり来たか!!箸よりも間接的な接触部分が多いペットボトル!!!!お前だけはなんとしても阻止してやる!!
「ありがとうございます!!」
冗談抜きで息が詰まりそうなので、差し出された「わ~い。粗茶」をがぶ飲みする。ゴグゴグゴグゴグゴグゴグ
無事飲み込めて「ぷはーーっ」と一段落すると、恥ずかしさが遅効性の毒のように徐々に身体を侵食していく。やってしまった。
手にしたペットボトルをこれからどう処理しようを頭を抱えていると、皇さんが僕の手からするりとそれを取り返した。
そして、夜空に輝く星をご粉々にして散りばめたように眩い笑みで「粗茶ですが」と訪ねてきた。魂が抜かれるとはこのような時だろうか。
呆けながら「・・・・・・結構なお手前で」と礼儀に習って返事を返した。すると皇さんは小さく笑う。
「残念、それは正解とは言えないわ」
言い終えると、僕が口をつけた「わーい。粗茶」を皇さんも一口飲む。光沢のあるゼリーみたいに柔らかそうな唇を飲み口から離してから「美味しゅうございました」と、言ってみせた後に「こっちが正解よ」と今度は妖艶に微笑むのだった。
その仕草だけで僕は悶絶寸前だった。ただ、寸前で留まることができた理由は、仕掛けた皇さん本人も瞳を濡らしながら顔を紅潮させていたからだ。
恥ずかしかったらこんな事しなきゃいいのに・・・・。