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第21話



「これから2年間、担任を務める新山(にいやま)敦子(あつこ)です。皆さん、よろしくお願いします」




 担任となった新山先生は20代と教師の中では若い筈なのに、妙に落ち着いていて年齢以上に大人びた印象をうけた。今までに接点がなく、僕は新山先生が何の教科を担当しているのかすら知らない。




 先生は必要以上の私語は喋らず、今日の日程と今後の大まかな予定を口頭で説明し、詳細は今から配るプリントで確認して下さいとだけ告げて朝のHRは終わった。





 随分とあっさりしている先生なんだなと感想を抱いたところで、新クラスメイトは既に新しい環境に順応しようと自身を商品とした営業マンのように売出し、これから生活の基盤を固めようと動いていた。





 早くも友達とグループを作ったメンバーや、同じ雰囲気を持つもの同士が話し合っていたり、クラスのメンバーに恵まれなかったのか、なかなかクラスに溶け込めない人も中にいたり、決して広くない教室内で様々な領域、もしくは世界ができあがっていた。





 僕たち3人は取り残されたように席に座って、クラス全体の新鮮な雰囲気に酔っていた。





「僕たちは座ってて良いのかな」




 思ったことをそのまま口にした。別に不安でもなく、朝はこれからの新しい環境に期待していたのに、今はこうして3人で変わらない時間を過ごしている事が少し可笑しかった。




 「良いんじゃないか、別に」と柿沼が周囲を見回しながら「そのうち馴染む」と説得力を含ませる。由樹も「そうだね」と肯定するので、僕はもう何も言うことはない。この空気感がたまらなく好きだ。





 その後も、3人で座りながらほげぇーっと、座っていると、由樹の隣人となった椿が友達との話が終わってきたのか席へ戻ってきた。そして、僕たちへ向けて一言。





「喋らないの?」




 いきなり主語が抜けているけど、さすがに察することができる。




「まぁ、由樹と柿沼もいるからね」



「・・・ずっと一緒だね」




 椿は由樹と柿沼へと視線を向けた。柿沼は高校からの知り合いなので仕方ないと思うけど、由樹が椿と話している光景を目撃したことは一度もない。そういえば以前に"椿とだって仲良くはない"って言ってたっけ。




 椿が2人へ向ける視線には、どういった感情や意図が含まれているかが謎だった。ただ、皇さんの射すくめる視線とは違って、ただ何を考えているかがわからない謎めいた視線だ。




 由樹は苦笑いをしながら「どうも柊さん、これからよろしく」と挨拶をする。椿サイドは担任の新山先生に負けて劣らず「うん、よろしく」と淡白な返事だった。




 次に柿沼も流れに同乗するように「よろしく頼む」と、相手を萎縮させてしまうかもしれない程の無意識な威圧感を放ちながら挨拶をする。椿サイドは担任の新山先生に負けて劣らず「うん、よろしく」と淡白な返事だった。反応一緒かよ。





 椿が僕の友達と会話をしている。たったそれだけの光景が僕にとっては新鮮に見えた。でも、いつまでも新しい環境の余韻に浸っている時間はなく、これから始業式を行い、その後は早くも通常の授業が開始となる。そして夢から覚めたように、いつもの日常が戻ってくる。






 始業式のため移動した体育館に中で、一瞬だけだけど銀髪を揺らしながら歩いている皇さんを発見した。1組の僕とは一番離れている5組が皇さんのクラスらしく、すぐに人の中に紛れてしまった。

 



 ふと、長い間話しをしていない皇さんと最後に交わした言葉と、不安そうな笑顔を思い出す。




 "ええ、また明日"




 あれから何も音沙汰がないのはどうしても不安になるというか、皇さんに何か粗相をしてしまったのかな・・なんて思考が、洗濯機に入れられた衣類みたいにグルグルと頭の中で勢いよく回ってしまう。




 始業式自体はなんの変哲もなく、校長のお話を聞いたり各学年の先生の紹介を聞いたりして、最後に校歌を唱和して終了した。





 その後は、早くも来年に迎える進路に向けて舵を取るように通常の授業が再開し、僕は長期休みで鈍った学生である感覚を取り戻すために必死に先生の話を聞いて、ノートを写し勉学に励んだ。


 



 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 迎えた新学期最初の昼休み。




 教室全体がまだぎこちない雰囲気ではあるけど、僕は前の席の由樹と柿沼と変わらずに昼飯をつつく事を確信していた。




 そんな僕を裏切るように柿沼が「悪いな」と断りを入れながら、大きな弁当箱を抱えて他の席へと移動を始めた。どうしたんだろう、と思って見ていると、1人の女子生徒と席をくっつけて互いに笑い合いながら弁当を広げはじめた・・・・・。





 はっ!!あの女っ!!!もしかしてっ!!!!




 以前はあまり顔を見ていなかったけど、朝に柿沼と一緒に歩いていた女性生徒!?




 ってことは、柿沼の彼女!!?





 きーーーーーーーーーーーーっ!!んもう!!!男友達よりも彼女を優先するなんてしんっっっっっじられない!!!!!!





 彼女と同じクラスとかマジでホント何なんですか?でも、これも新しい環境による変化の一部なんだよなぁ。ぐすん。





 結局、由樹と2人で弁当を食べる事になった。





「新しいクラスはどう?」




 由樹へ投げやりな質問をする。




「部活で仲の良い奴もいるし、結構いい感じだよ。トラにも今度紹介する」



「うん、よろしく。僕は部活もしてないし交流関係も広くないから、由樹と柿沼だけが頼りだよ」




 僕がそう言うと、由樹は「任せろ」と屈託のない笑顔を向けてきた。やだ、本当にイケメン・・・・・ただ、由樹が笑った瞬間にカメラのシャッター音がいくつも聞こえてきたのは如何なものか。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 最後の授業が終わり、新学期初日を無事終える事ができた。



 帰宅部の僕は文字通り帰宅するだけだ。




 家で勉強するための教科書をカバンの中へ入れていると、視界の端に物陰が見えた。気になって顔を上げると椿が立っていつものように僕を見下ろしていた。




 「どうした?」と聞くと「待ってる」と一言。待ってる・・僕を?




「今日、部活ないから」



「何部に入ってるの?」



「文芸部」




 楓さんに強引に椿の部屋へと招かれた時を思い出した。確かに、本棚にはたくさんの本が並べられたっけ。




 由樹と柿沼は「じゃあね、お二人さん」と、僕と椿を一纏めにして挨拶をした。椿は「うん、また」と塩対応と勘違いさせる態度で挨拶を返す。僕も「またねー」と返して、いよいよ帰宅する準備が整った。




 ふと、黙って僕の横で待っている椿を、他の男子生徒が観察するように視線を向けているのがわかった。客観的にみれば見るほど、椿は大人びていてモデルのようだと思う。そんな椿に今、どれだけ好意や興味を抱いている異性がいるんだろうか。そして、今も僕みたいな冴えない男子と一緒に居ても何も得はないはずなんだけど。





 いけないいけない。また少し前までの負の感情がふつふつと湧き出るところだった。



 椿と冬の公園で約束したばかりじゃないか。




 "これからは無視しない?"

 

 "しないよ"


 


 "学校でも話す?"


 "話す"




 "学校も一緒に帰る?"


 "毎日ではないと思うけど"





「それじゃ、帰るか」




 小学校の頃から、この台詞を再び椿へ言うなんて想像もしていなかった。「うん」と返事をした椿は、少し口角を上げながら微かに踵を浮かせて身体を揺らしていた。「早く行こう」と、急かしながらワクワクしているようにも見える。大人っぽいんだか子供っぽいんだかわからない仕草だ。




 椿はおもむろに爪を立てるように両手の指を曲げて、突然その両手を顔の高さまで上げた。一体何をしてるんだろうと思ってたら、口だけを動かして「ガオー」と無音で吠えてきた。




 なるほど、僕の黒歴史となったあだ名の「ガオ」ですか。これからはそうやって僕をイジっていくおつもりなんでしょうか。本当に止めて下さい。椿の奇怪な行動に周囲の生徒もジロジロ見ているじゃないか。まぁ、一見すると可愛らしい姿ではあるけど、その正体はただの意地悪幼馴染だ。




 それがおかしくて「早く行くぞ」と教室を出る。「ん」と、何事も無かったかのように短い返事をする椿が後ろへ続く。今の椿とのやり取りで、まだ教室に残っている生徒からの注目を浴びたのは間違いないと思う。でも、知ったことか。家が近い幼馴染同士が一緒に帰って何が悪い、と吹っ切れた。






 帰りは、小学生の頃に担任だった男の先生が最近結婚したという話題で盛り上がり、椿の得意料理の数に感心したり、あまり長くない時間だけど久しぶりの一緒の下校は「楽しい」の一言だった。





 部活動のない日は楓さんと料理を作る機会が多いそうで、今日はハンバーグを作る予定だとか。「食べる?」と聞いてきたので「いいの?」と言うと「お肉追加で買わなきゃ」と、心底嬉しそうにカバンを揺らした。


 



 まさかこんな関係が戻ってくるなんて、人生なにがあるかわからない。若輩ながらそう思う。ただ、今はその言葉の重みを十分にわかっていなかった。

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