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第20話

 僕は左手には白色のシュシュ、右手に黒色のシュシュを持ちながらファンシーショップの売り場で悩んでいた。本来であれば居てはいけない僕という男の存在を、周囲の女性客が遠慮なくジロジロと視線をよこしてくる。居心地が悪いどころの話じゃない、これじゃまるで公開処刑だ。





「どっちがいいと思う?」





 たまらず何故か僕から少し離れて距離を取っている妹へ声をかけた。




 先程から何度目かわらない僕の助け舟の要求に対して「任せる」の一点張りで、お役所並みに融通がきかない比奈ちゃんは、ただ僕の選ぶ様子を見ている・・というよりは、しっかりと考えて選んでいるか監視している。




 いやね、僕としては椿には白が似合うと思うんですよ。ほら、あの真っ黒な髪には白が映えるかなって単純な理由なんだけど。本当にそれなんだけど。




 でも、これを渡すって事は「椿にはこの色のシュシュが似合うと僕は思います」ってメッセージになるんじゃないかな。そうなると、相手が椿だとしても照れくさいというか普通に恥ずかしい。





 一方、左手に持っている黒色のシュシュを見ると、頭に浮かんでくるのは内側から光が漏れ出しているように輝く銀髪の皇さんだった。広がる銀色の輝きを束ねるには、闇のような黒色が適していると思い、つい手に取ってしまった。




 いつか見たグラウンドで走っている皇さんの髪を結っていた姿を思い出す。飾り気のないヘアゴムでも十分に華やかだったけど、更に黒色にシュシュを装備すると一体何が起こるんだろう。あまりの奇跡(マリアージュ)に天体が1個増えたりするかも。




 そんな事を考えている時にふと気づいてしまった。妹に促されたとは言え椿のシュシュを選んでいる時に、身の程をわきまえず皇さんの分もついでに選ぼうとしている。いつから僕はそんなタラシになったんだろうか。



 

 これでは誠実さに欠けるというか、椿と皇さんに対して心に影が差すような申し訳のない気持ちになる。




 でも、皇さんのシュシュも買わないとそれはそれで罪悪感があるし、でも買ったら買ったで椿にもなんでかわかんないけど悪い気もするし・・・





 二律背反な状況に頭を抱えていた僕は、「よし、どっちも買う!」と英断のように勢いよく比奈へ宣言した。




 「2つプレゼントすんの?」と聞かれたので、「家に帰ってからどっちかに決める」と嘘をついた。




 「じゃあ余ったシュシュはどうすんのさ?」と比奈は呆れながら言うので「比奈ちゃんにプレゼント」とすかさず言った。





「あたし髪長くないから使わないし、お兄からのプレゼントって・・・・・ぅわ」




 その「・・・・・ぅわ」は本当に傷つくからやめましょうね?そういうリアルな反応は良くないと思います。





 結局シュシュを2点お買い上げして、懐が随分と寂しくなった事を実感しながら時計を確かめる。既に18時を回っているので、今から帰れば到着は丁度夕飯の時間頃になるはずだ。




「おし、帰るぞ」



「はーい」




 両手は比奈が買った衣類を入れた袋で塞がっていて、ギリギリ届く電車のつり革も掴めなかった。よくもまぁ、こんなに買ったものだ。でも、僕と同じ金額のお小遣いを貰っているはずなのに、どうしてこんなに金回り良いんですかね。おめでとう、獅子山家の七不思議に追加されました。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 自宅へ帰り夕飯を済ました後、比奈の1人ファッションショーが始まった。なぜリビングでくつろいでいる目の前で始めるんだよ、自分の部屋でやってくれませんかね。




 買った服を着替え、「これヤバくない!?」とか「ここのリボンめっちゃヤバイ」とか言っている比奈を見て、若者の語彙力の低下の現場を目の辺りにした気持ちになる。




 別に比奈が何の服を買ったのかなんて興味はないし、それを着た比奈なんてもっと興味ないし、堂々と下着を晒す妹の姿なんてのは最早見たくもない。なので、僕は今尚行われている比奈の1人ファッションショーをチョベリバ的に死んだ魚の眼で見届けた。





 その後、苦痛から逃れるように自室へ戻り、身を投げてベッドの上に大の字になる。ボフッとベッドが揺れ、恐らく相当ホコリが舞ったに違いない空間の中で大きく息を吸い込んだ。




 

 机の上には、それぞれ黒と白のシュシュが入った袋が2つ置かれている。




 先程比奈に「じゃ、これ椿に渡しといて。ヨロシク」と白いシュシュが入った紙袋を託そうとしたところ、「は?意味わかんない」と突っぱねられた。いや、こっちがナニソレイミワカンナイんですけど。




 やっぱり僕が渡さなきゃダメかなぁ・・・。でも、急にプレゼントとか言われて渡されても、それこそ「意味わかんない」だろうし。




 今まで無視してたお詫びって理由も考えたけど、それじゃシュシュじゃなくてもいいじゃんって波のように押したり引いたりの自問自答を繰り返す。




 ・・・・・・・・・よし。「問題は先送りするのが時には大事」って、夜遅くに残業から帰ってきた父さんが諦めた顔で言ってたし僕もそれに習おう。




 別にいつまでにプレゼントを渡さなきゃないのか日にちの指定はされていない。子供の言い訳をしながら2つの紙袋を机の引き出しへとしまった。





 本当に僕はなにがしたいんだか・・・・自分自身の思考と行動が全く理解できない。



 しばらく不完全燃焼のようなモヤモヤは残り続けた。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 結局それからもダラダラと短い春休みを過ごし、今日からいよいよ新学期が始まる。



 めざまし時計の音とは無縁な生活を送っていたため、オレンジ社のI,amPhoneのアラームが鳴ってもなかなか体を起こすことができなかった。




 ようやくベッドから縫い付けられた体を離して1階へ下りると、同じく今日から新学期を迎える比奈が先に朝食をとっていた。比奈は3年生になり、お受験で忙しくなる。




 父さんは出勤のため早くも家を出たらしく、母さんも朝から何かとパタパタと忙しなく動いて大変そうで、いつもと変わらない日常に戻ってきたのだと徐々に実感する。





 支度を終えて学校へ向かうために家を出ると、春の景色と香りが僕を迎えるように待ち構えていた。



 晴れた空は優しい水色をしていて、優しく頬を撫でる風は仄かに暖かい。植えられた街路樹には、優しい白色に少し赤色を混ぜで出来上がった薄桃色の桜の花びらが所狭しに咲いていて、陽の光は優しく僕を照らす。




 とにかく優しさで溢れていると、春になると毎年思う。まるで地球の慈愛によって街全体が優しさに包まれているみたいだ。だから春が好きなんだけど、こんな事恥ずかしくて誰にも言えやしない。


 


 こうなると、クラス替えによる新しい環境に対して期待も高まる。朝起きた時の重い体と違い、登校する僕の足取りは驚くほど軽かった。






 僕の通う旭高ののクラス発表は、1クラス1枚の全5クラス分が昇降口の前に大きな紙が貼られていて、生徒が確認して決められたクラスへ向かう。




 昇降口に着くと、かなりの人だかりが出来上がっていた。体の小さい貧弱な僕は、巨大なエレルギーを秘めた群衆の中へ飛び込むと、いとも簡単に捻り潰されてしまう。




 なので、少し収まるまで待とうかと考えていると、後ろから「おはよう、トラ」と声がかかった。




 声で誰かがわかったけど、一応振り向いて確認するとやっぱり由樹だった。




「おはよう」



「クラスはもう確認したか?」



「まだ。人多くて見れない」



「そうか。1組だったぞ、俺と柿沼も一緒だ」



「まじか。やったな」




 早くも吉報が届く。3年の進級ではクラスメンバーが変わらず固定されるため席替えがない。いつものメンバーが一緒ならこれからの学校生活も楽しく過ごせそうだ。




「もう少し待つか?」



 由樹が聞いてきたので、「いや、クラスもわかったしもういいかな」と返答した。




「じゃあ新しいクラスへ行くとするか」


「おう」



 由樹の声も弾んでいる。やっぱり皆、クラス替えという一大イベントをそれぞれ楽しんでいるようだ。教室へ入ると、由樹と同じクラスになれた事を光栄に思った女子が歓喜の気配を漂わせる。もちろん、視界には僕の姿なんて映っていないんだろうなぁ・・・・




 並ばれた机には生徒の名前が書いてあるシールが貼られていて、そこへ当人が着席する。順番は五十音順なので、僕は「か行」から順に机を確認する。




「あった」




 僕の席は教卓のある教室の真ん中の列で、一番後ろの席から一つ手前だった。由樹も「小南(こみなみ)」が名字なので、僕の前の席というベストポジションだった。




 春休みの生活について、由樹は部活漬けで僕が自堕落な生活を送っていた事を話題に盛り上がっていると、柿沼も新しいクラスへやってきた。他の新クラスメイトは、柿沼を初めて見るわけでもないだろうに、いざ近くで見るとその雄としての圧倒的な存在感に息を呑んでいるのがわかる。その気持わかる、僕も最初はそうだった。




「おう、由樹トラ。卒業までよろしくな」




 由樹トラとか無駄に語呂が良いですね。ただ、「樹」と「ト」の間に「×」を挟んじゃうと、「受け」とか「攻め」とか、ある一定の層に人気が出そうだから是非今後は控えて頂きたい。





 柿沼は由樹の前の席へと座る。僕たちが揃うと、五十音順で柿沼→小南→獅子山の順番になる。実は、2人と仲良くなったのもこの席順が大きなきっかけだったりするけど、それはまた別のお話だ。




 でも、毎回思うけど僕を含めた3人って、周りから見たら相当アベコベなメンバーだよなぁ。超完璧イケメンの由樹に、巨躯で強面な柿沼、小さくで小動物と称される僕。この3人だと何故だか調和が取れ、馴染むように違和感がないから不思議だ。周りはどう思っているんだろうか。




 柿沼も加わり3人で談笑していると、もうひとり、僕にとって馴染みのある人物が由樹の隣へ席へ座った後にこちらを向く。




 相変わらず表情が乏しいけど、それでも「・・おはよう」と、しっかりと僕の目を見ながら挨拶をしてきた。




 馴染(なじ)みというか、幼馴染(おさななじみ)の椿さんです。僕も「おはよう」と返すと、僅かに微笑んだ・・・ような気がした。




 椿とは中学で一度だけ同じクラスになった事がある。けど、隔たりがあった頃なのでこうしてきちんと朝の挨拶をするのは小学生以来かもしれない。




 やっぱり春が好きだ。こんなにワクワクする季節なんて春以外にあるんだろうか。

誤字脱字報告いつもありがとうございます^^

感想もありがとうございます、嬉しいです。

時間をみつけて返事を返したいと思っておりますので、もう少々お待ち下さい・・・

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