第2話
「獅子山くん、私の事はすき?」
「・・・・へ?」
思考が停止ずる。徐々に脳細胞が活動を再開してから、皇棗様の言葉を解読するのに膨大なエレルギーを費やす。
すき・・・・鋤?昔使われていたっていう農具の事?って事は、私の事は鋤?つまり、どういう事だってばよ。
私の事を、鋤を使って農作業して収穫した農作物で年貢を収めたい?って聞かれたのかな?つまり、遠まわしに奴隷になりなさいって意味なのかな?なーーんだ、そういうことか!
そんなわけないよね。
動揺し過ぎですよ獅子山さん。
好きかどうかですよ。好意とかそういう感じの。
ただ、好きの意味はどっちになるんだろう。Like?Love?そのあたりはっきりしないから日本語って本当に不便。いつか言葉が不要な生命体が存在する異世界に移住したい。
ただ、僕が皇棗様に対して抱く感情は、好きとか嫌いとかじゃなく、尊い、だ。
好意を寄せるなんてもとより、嫌いになんてなれるはずがない。そういう感情の遙か先にいるような、例えば夜の空に浮かぶ星が皇棗様だとしたら、地上で届くはずもない星に触れようと手を伸ばす人間が僕みたいなものだ。
皇棗様は入学式当日から際立って目立っていた。なんて言ったって、高校へ入学する前から、とんでもない生徒が入学してくると、もっぱら噂になっていたから。
その内容は、有名な財閥の令嬢が一般入試で受験して、しかも成績一位を収めたというものだった。なぜ、成績の点数も割れているかいろいろと突っ込みたかったが、その当時は「そうなんだ」程度の他人事としか思っていなかった。
しかし、いざ実物を目の前にした時に、その発せられる存在感という光に当てられて蒸発するんじゃないかと焦った。そんな事はある筈ないんだけど、本当にそう思うくらい皇棗様は異質だった。
さて、そのような雲の上の存在の方に「私の事は好き?」と質問をされた時、命を守るために僕はなんて答えるのが正解なんでしょうか?
なんでクイズ形式なんだよ。回答者もオーディエンスもいない。
「僕は・・・」
緊張で「私」というのを忘れてしまったけど、今はそんな事はどうでもよかった。
僕よりも身長の高い皇棗様の顔を見上げながら、全てを凍らせてしまいそうな藍色の瞳を覗いてしまった。そのあまりに綺麗な瞳と、綺麗な顔立ちに見とれてしまい、僕は無意識に口を動かしてしまっていた。
「僕は・・・・・僕と結婚してくだ「いいわよ」
言い終えるより先に、返事がかぶさってきた。
・・・・・・・・・・・は?
結婚してくださいって、何言ってんの僕。しかも、即答するあんたもあんただよ皇さん。
・・・・・そもそもなんでこんな展開になるの!?
「私の事は好き?」→「結婚してください」とか馬鹿なの?しかもそれを了承するとか、失礼ですけど皇さんあなた相当頭のネジがイカれたアホですか?
「録音もしっかりできてる」皇棗様は事件の証拠を掴んだ探偵のようにボイスレコーダー(多分)を取り出した。
呆気に取られすぎて、僕は一言も声を出す事ができない。まるで魔法によって言葉を奪われた気分だ。
次に、皇棗様は自分の右手を上げながら「手を出してもらえる?」と言うのだ。関係ないけど、その上げた右腕に鮮やかな毛色の小鳥が止まりそう。
言われるがまま、恐る恐る右手をゆっくりと差し出す。差し出した手を、皇棗様から掴んで引き寄せた。その手は、想像と違いしっかり体温が感じられる温かみがあった。勝手だけど、ひんやり冷たい手をしていると思っていたから意外だった。
「痛っ!」
気がつくと、僕の人差し指の腹のあたりに、小さな血の珠が出来上がっていた。皇棗様が針を指で掴んでいたので、あの針に刺されたのかなと混乱した頭の中で考える。
「念には念をいれなくちゃね」
何のですか?と聞くよりも先に、カバンの中から取り出した一枚の紙を差し出されて「ここに血印を押してちょうだい」と、紙の右下のところにある枠の中を誘導された。
疑問を思うよりも体が動いていた。今ここで優先すべき事は、僕の意思よりも皇棗様の命に従うことだと、本能が理解しているのかもしれない。
紙に書かれた文字を見もしないで、僕はその紙へ血印を押してしまった。悪魔との契約を連想する。
ひと仕事終えた社会人のような満足気な顔で「これで成立ね」と言いながら、僕の血が付着した紙を大事そうにカバンの中へしまった。
「すみません」
とうとう言葉を出すことに成功した僕は、続けざまに「今のは一体何なんですか?」と聞くことにも成功する。偉大だよ僕。でも、今度は鈍器ではなく足音で大爆発が起こるくらいの衝撃がミサイル並に飛んでくることとなった。
「あなたからのプロポーズを私がお受けしただけよ」
「なっ」本気だったんですか?
「法律上はまだ結婚はできないから、プロポーズの証拠として音源と契約書を預からせてもらったわ」
これを言ったらもしかしたら海の底へ沈められるかもしれないけど、貯蔵水量の限界を超えたダムのように口から吐き出してしまった。
「・・・・皇さんって頭おかしいの?」