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第17話

 柊家の玄関の内側へ足を踏み入れると、ずっと前から知ってるようで初めて訪れたような言葉では言い表せない気持ち悪さが腹の底を押し上げた。




 さりげなく置かれた小物、見慣れない傘立て、昔とは違う玄関マットなど、いくつもの小さな変化がひとつに纏まって大きなリ、僕を飲み込むように混乱を誘う。




 そういえば、椿が僕の家に入った時も、キョロキョロして周囲を伺ってたっけ。あの時の椿は、僕より先にこの感覚を味わっていたのかもしれない。




 そんな椿に対して「そりゃ、家なんて引っ越すかリフォームでもしなきゃ変わらないって」なんて冗談めいて言ったけど、あれは撤回。懐かしくもあるけど、ここはあの頃とはだいぶ違って見える。




 相変わらず椿ママのペースのままリビングへ案内される。そのままソファに手をポンポン叩きながら「座って座って!飲み物は牛乳で大丈夫?」と指定してきた。




「あ、はい、それでお願いします」





 ・・・・・・・牛乳のチョイスに他意はないよね?それとも、背が小さいままの僕に対してカルシウムを摂れっていうメッセージ?ああ、もうこのネガティブ思考やだな・・・早く身長伸ばしてコンプレックス治したい・・・。




 「はい、どうぞ」と、ニコニコしながら僕へ牛乳を注いだグラスを差し出した椿ママは、お礼を言う暇もなく「少し椿ちゃんの様子見てくる!」と、パタパタを2Fへ上がっていった。




 おかしい。いつもクールでツーーンとしている椿に対して、椿ママは明るく剽軽(ひょうきん)でニッコニッコニーコと常に笑顔を振りまいている。本当に親子なの?親と子で性格が逆じゃない?あれか、実は魂が入れ替わってるーーー!的な。物語の終盤で隕石落ちてきそう。




 美味しく牛乳を頂戴していると、椿ママが戻ってきた。でも、その足取りは音を立てないように忍び足なのが気になる。顔もニンマリしている。




 そのままカタツムリのようにノロ~リと近づいてきた椿ママは、声を潜めて「ぐっすり寝てたわよあの子・・・仕掛けるなら今ね」と報告してきた。いやいや、仕掛ける?あと、なんでそんなに楽しそうなの?





 ◇◆◇◆◇◆◇◆





「やっぱりやめましょうよ、ダメですって」


「大丈夫よ。椿ちゃんも喜ぶから」


「そんなわけないですよ。絶対怒られます」



 僕も声を潜めながら椿ママと口論する。今、僕たちは2Fにある椿の部屋のドアの前まで来ていた。椿ママのいたずら心で「あの子をビックリさせちゃいましょう」と、寝ているところを、僕が起こす計画を企てたのだ。




「ほら、入るわよ」


「いやいや、無理無理、僕帰ります」



 最近やっと話せるようになったのに、もしかしたら以前と同じか、場合によっては以上に深い溝が出来上がるかもしれない。ここはなんとしても椿ママのしょうもない計画を阻止しなくては。




「そもそも寝てるところを起こすのは不味いですよ、おばさむぐっ!?」




 最後に「おばさん」と言いかけた時、瞬時に椿ママが立てた右人差し指を、喋るのを阻止するように僕の口へ押し当てて蓋をした。それは完璧な「し~」のポーズだった。



 驚きすぎて目だけを動かし、椿ママに「どうなさいましたでしょうか?」とお伺いをたてると、「おばさん、じゃなくて(かえで)さん・・・でしょ?」と、しっかり声量に配慮しながらウィンクをした。・・・・知らねーよ。でも少しだけドキッとしちゃった。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 結局強引に手を引かれながら、僕も楓さんに習って忍び足で椿の部屋の中へと入ってしまった。この時点で共犯になったようで罪悪感が半端ない。もし罪悪感を物質に変換できるとしたら、僕は今頃バスケットボールに押し潰された蟻のようにプチって音を立ててペシャンコになってるに違いない。




 わざとじゃなく、無意識に椿の部屋を見回した。カーテンで景色を遮られた室内は薄暗い。まず、目に飛び込むのは本棚で、いくつもの本が所狭しと並んでいる。文庫本かな?そして脚の低い丸テーブルの上には参考書が置いてあり、その横にはベッドがある。あまり物が多くなく、スッキリとした部屋だ。それを僕は根拠もなく椿らしい、と思う。




 椿ママ・・・・楓さんは、椿の目の前で「こっちこっち!早く!」と手招きをする。だからなんでそんなに楽しそうなの?ここまできたら、楓さんに付き合うしかないか・・・・まぁ、椿には後できちんと説明して謝るとして、楓さんに全責任を押し付ける算段までは立てた。





 椿は綺麗な仰向けの体勢のまま几帳面に肩まで毛布を被って、微かな寝息を漏らしながらお休みになっていた。普段は黒くて真っ直ぐとした髪が、今はボサッと広がりながら枕の面に敷かれている。部屋の薄暗さも相まってか、枕に敷かれた髪の闇の中で、椿の整った顔の輪郭が浮き立っているように見えた。





「トラくん、やっぱ椿ちゃんって可愛いよね、そう思わない?」




 最小限に声を小さくしながら僕の耳元でしょうもないこと言わないでくれます?この状況で娘自慢とか勘弁してくだされ。「はいはい可愛い可愛い」と受け流す。





「さぁ、トラくん。どーんといって頂戴」



「・・・やっぱり無理です」



 はい、怖じ気付きました。



「今更何いってるの!据え膳よ据え膳っ」



「据え膳じゃねーし!あんた娘の前で何言ってるの!?ってか、少しは子供の心配したらどうです!?」



「細かいことはいいの。それにトラくんなら良いし。熱も下がってるから多少は平気よ」




 あれ?今アホ(楓さん)が何かとんでもない事をさらっと言ったような気がするけど。




 埒が明かないと判断したので強行突破に出る。「僕部屋から出ますから」と、出入り口へ戻ろうと踵を返す。それを阻止するべく、楓さんが腕を伸ばし僕の肩をガッチリと掴んだ。




「ちょ、離してくださいよ!」


「うちの娘から逃げるつもり?」


「そうですよ、逃してください!」


「断る」


「こんのアホ!とにかく離して・・・」




 ヒューヒューと、隙間風が漏れたような声をお互いに発しながら軽い取っ組み合いになる。何故幼馴染の母親と取っ組み合いをせにゃならんのだ。でも、この状況であれば男である僕に理がある。小柄ではあるけど流石に力勝負では楓さん負ける道理がない。申し訳ないけど力で解決させてもらうぜ!




 上半身の服が破れ、胸の傷が6~8個程露わになるイメージで僕は全身に力を込めた。




「ハァァァ~~~~」※心の声です



 アターーーッ!ホンワッターーーを景気付けに、楓さんを押し返す。






 はっ?えっ?えっえっえっえっえっえっえっ?





 この人めっちゃくちゃ力強いんですけど!!?地中深くに根を張る大樹の如く微動だにしないっ!大袈裟かもしれないけど、まるで地球そのものを押そうとしているみたいだ。それどころか、逆に再び椿の前まで押し返してくるっ!




 歯を食いしばって踏みとどまってみるが、ラッセル車を思わせる程の圧倒的なパワーの前ではまるで意味がない。





「楓さん何者なんですか!?」


「椿ちゃんのママで~す☆」




 なにが「で~す☆」だ!くそっこのままだと、僕の男としての尊厳そのものが失われてしまうっ!



 負けてたまるかと再度力をふり振り絞るため、足の体勢の位置を変えようとした時だった。




 ガンッ

 



 僕の足に、テーブルの脚が軽くではあるけど当たってしまう。それは、静寂(?)に包まれた室内を響かすには十分だった。

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