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第15話





 獅子山君と別れた後も、胸の高鳴りはなかなか収まらない。屋敷へと着く間、頭の中は彼が囁いた名前で埋め尽くされる。




 "棗"




 ずるいわ獅子山君。まだ心の準備もできていないのに。お昼にお話していたあの可愛い女の子との関係を探ろうを企てていたのけれど、それどころじゃなくなったじゃない。





 "棗"




 私は自分の「皇」という名字が嫌い。心底嫌いだわ。出来ることなら、私にまとわりつく忌々しいその名を皮膚と一緒でも良いから剥がしてしまいたいくらい。それで名を捨てれるなら安いものだけれど。



 だから、私は侮蔑を込めて「皇」という名を、ある線引に利用している。





 心を開いてない相手に対して「皇」と呼んでもらい、



 数少なく心を許した相手には「棗」と呼んでもらう。





 そうすることで、ただの自己満足な子供みたいだけど「皇」の名に復讐できている気がする。そもそも、大切と思える人に汚れた「皇」という言葉を口にしてほしくない。




 私はこの「棗」という名前を絶対に離さない。私が棗で、棗は私よ。もう、私の名前を呼ぶことができないお母さんが名付けてくれた大切な名前。




 今日、男の子の同級生に初めて「棗」と呼び捨てにされちゃったわ・・・・・ただそれだけなのに心と身体が火照ってダメね。恥ずかしい事に、じんわり汗もかいて、余裕がなくてみっともない。



 

 ”また明日ね、棗さん”




 白紙に墨汁を垂らしたように、彼の言葉が胸の奥でじんわりと広がる。あんなにも親しげに名前を呼ばれたのは初めてね。



 私立の中等部では、芸能人や、政治家、開業医、会社経営、様々な裕福な家柄の親を持つ同級生の中でも、私は天下の財閥の令嬢として特別な扱いをされていた。皇財閥と関係を持ちたい親が子供を利用して、私と仲良くさせようとしたり、子会社の親が私に取り繕うために、また子供を利用して友達として自宅に招こうとしたり。今思うと、私の価値を値踏みする仕入れ業者みたいだったわ。



 いつも同級生の背後には、幽霊のように親の陰が見え隠れしていて、同級生自身の本当の顔なんてわからなかった。いつも同級生を経由して、その子の親と交換日記をしているような気持ちになった。




 ”また明日ね、棗さん”




 もう一度、今度は先程よりもより熱を帯びたように胸が温かい。でも、この胸の温かさにどう向き合って良いのかがわからないの。皇財閥としての私ではなく、「棗」としての私に向けられた打算も何もない言葉は、ただただ私を困らせる。





「すぐに入浴の準備を手配して貰えますか?」




 同乗している使用人へお願いすると、「畏まりました」と事務的な声を共に、インカムで屋敷にいる人間に手配させる。一言で思い通りになってしまう。これが私の日常。鳥籠に閉じ込められた気持ちで「はぁ」っと、行き場のない小さなため息を吐く。



   

 屋敷に帰るまで、いえ、きっと今日は屋敷に着いてから寝るまでも、夢の中でも、起きてからも、彼が私の名前を呼んだ光景を何度も思い出すのでしょうね。





 ◇◆◇◆◇◆◇





 自室に置いてあるデジタル時計に目を配ると、先程から10分も経過していない。自宅に帰った後、自己学習をしているわけだけど集中力が全くない。愛想尽きたように広げたノートの上にペンを放って、椅子の背もたれを体重を預ける。


 


 これも全部皇さんのせいだ。参考書の活字を読もうとしても全く目に入らない。皇さんの蒸れた艶っぽい声、艶めかしい鎖骨、婀娜っぽく染まる首筋、それらが一様にして僕の体を煩悩の海へと突き落とす。そしてふと、あのぎこちなく笑った顔がトドメとばかりに勉強へ向けるための集中力を根こそぎ奪っていく。




「んあーー!!!!!駄目だ駄目だっ!」




 放課後の皇さんを思い出す度にこの有様だ。何?あの色っぽい吐息とか反則じゃないですか!?あの時はちょっと怖くて引いたけど、今じゃ満ち潮のように、皇さんの引力に性欲が引き上げられてしまい、勉強なんてとても手に付きそうにない。







 仕方ない・・・鎮めるか。







 思い立ってからの行動は早かった。まず、足音を殺して自室のドアの前へ忍び寄り、ドアに背をピッタリつけて停止する。目を閉じ、聴覚に全神経を集中させる。物音はしないが、念をいれてドアを数回叩いてみる。




 「誰かいるのか!?」という声が聞こえないのを確認して、次の行動へ移行する。こちらスネ◯ク、大丈夫だ、問題ない。




 学習机からとっておきである保健体育の広辞苑(エチエチ本)を取り出す。申し訳ないが、様々な都合により入手ルートを明かすことはできない。デジタルな世の中で、未だに紙媒体にこだわりを持つ少数派です。




  おっと、この後の説明は野暮ってもんだ。なんて言ったって、この物語には年齢制限「なし」で登録してあるのでな。







 では諸君・・・・そうだな、大凡30分後にまた会おう。









◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆








 そして3分後。欲がすっかり引き潮のごとく治まり聖人となった僕は、痛みに耐えるような皇さんの顔を思いだしていた。




 "ええ、また明日"




 そう言った皇さんは、知らない大人に声をかけられて、どうしたら良いのかわからなくて戸惑う子供と重なってみえた。



 何か余計な事でも言っちゃったのかな。飲み込んだ異物が喉に引っかかるような違和感に襲われる。まぁ、僕自身がイっちゃんたんだけどね。なんてね、てへ。





 今はなんかもうどうでも良いや。1階へ降りてリビングに行くと、妹の比奈がテレビを見ながら猫を撫でていた。




 特にすることもないので僕もテレビを眺めていると、ニュース番組で何かの記者会見が映し出されていた。興味はないけど、比奈がニュースを見ているのに「チャンネル変えていい?」とか言えない。僕、家庭内ヒエラルキー最下位だし。比奈に撫でられている猫より下だもんね。







(現在は人体の体にどのような影響が予想されるかを調査している段階です。マウスやモルモットなどで実験を行っておりますが、安全性が十分に証明され次第、人間と遺伝子が似ている他の動物でも・・・・もちろん倫理に反しないよう十分に配慮にした上で実験を行っていく方針です)




 背広を着た男性がフラッシュを浴びながらたくさんのマイクに向かって喋っている。その見た目は、いかにも明敏な印象が伝わってくる。ってか、これ何の記者会見なの?





 ある記者が、プライバシーを懸念した質問を投げかける。





(人の位置情報が常に把握できるようになれば、お子様の安全性は十分に保証されます。しかし、おっしゃる通り人権、プライベートの侵害へと繋がる功罪であると考えております。今後は世間の貴重なご意見を参考にし、必要な機能、不要な機能を取捨選択していき、機能の精査を行っていきます。懸念されている位置情報の把握でいえば、将来的には家庭で飼われるペットにマイクロチップを埋め込む案が上がっておます。人の体内にはGPS機能を備えたチップを埋め込む予定はございませんのでご安心下さい)



                                


 あ~、マイクロチップという言葉でようやく理解した。近頃になって、よくテレビではよく話題になっているなこれ。



 なんでも、SFや近未来を題材とした漫画やアニメでは既にお馴染みだけど、人体にマイクロチップを埋め込み、個人情報全てデータ化して個人で管理してうんたらかんたら。僕もよくわかってない。どこかの国では、実際に体内へチップを埋め込んでいる人もいるらしいけど。




 その後も、「文明を変える責任」だとか「癌のリスクがなくなる」などが聞こえたが、あまり耳に入ってこなかった。




 記者会見は終了したようで、背広の男と周りの関係者達が立ち上がり深々と礼をすると、近距離で花火が引火したように眩いフラッシュが一斉に焚かれた。




 コメンテーターが繰り広げる賛否両論を傍観していると、最後のアナウンサーの締めくくりで出された名前を聞いて驚くことになる。




(以上、皇グループ、皇会長による会見でした)






 お?今"会長"って言った?確か皇さんのお父さんって会社の会長だったよな・・・。




 つまりは、皇さん・・・棗さんの父親?




 もし皇さんと結婚なんてしたらお義父さんになるわけかぁ・・・・・ないな。しかし、さすが皇財閥。なんかもう、スケールが違いすぎて笑っちゃうね。





 でも、華々しい会場で凛とした姿勢で記者に向かって話す皇さんのお父さんとは対象的に、皇さんは消極的というか、雲に隠れた月みたいに極力目立たないようにしている気がする。





 ふと、グラウンドを1人で走っていた時の皇さんを思い浮かべる。すると、心臓が細い糸によって締め付けられたような痛みが走った。胸が締め付けられる想いっていうのは、こういう事なんだろうか。





 どうやら僕はまだ、皇さんの余韻が残っているようだ。

皆様のおかげで、あっという間に5000pt到達しました!ありがとうございます^^

小説を投稿するときが「小説家になろう」自体初めての利用となるので、まだまだ全然不慣れですがこれからも頑張っていきます。


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