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第14話

 皇さんの冷たい目が僕を射抜く。体が震える原因は、廊下の暖房が弱い事と恐らく関係ない。





 ヤバイ・・・・()られるっ!





 弱者ならではの生命本能が危険を察知して、脳内に赤一色の危険信号がともる。





 しかし、皇さんはすぐに凍てつくような表情を解いた後、意味ありげに微笑みながら一瞥くれると、すぐに歩いてどこかへ行ってしまった。





 ・・・・・。



 ・・・・・・・・・・助かった?




 いや、待って。ただ椿と話をしていただけなのに、なぜ命を危険を感じなければいけないんだ。周りが「今皇さん笑った?」「まさか、笑った顔なんか見たことねぇよ」「それより誰かを見てた?」とか少し騒いでうるさかった。






 午後の間は、皇さんの気まぐれによって生かされている気分だった。





 黒板に書かれた期末考査の範囲内の貴重な情報もノートに写さず、窓から見えるグラウンドを眺める。正確に言えば、たまたまグラウンドを走っている皇さんなんだけど。



 腰まで伸びた銀髪は、体育の授業を受けるため一本に束ねられていた。走る度に束ねられた髪が無神経に揺れて、それが陽の光と相まっていっそう輝いて見える。



 でも、周りの生徒は友達と並走しているのに、相変わらず皇さんの周囲には誰も居ない。孤独な輝きは時に、儚さを思わせる。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆




 授業が終わり放課後。 



 今日は皇さんに捕まって根掘り葉掘り椿との関係を聞かれるのかな。そして、たまに意表を突かれるような事を言われて慌ててしまうんだろうか。一部訂正、今日の放課後も、だった。



   

 ・・・・・・・・・・・・・・・。







「言い訳を聞かせてくれる?」




 ほらね?




 案の定、昇降口で皇さんに捕まった僕は、人目につかないよう注意しながらいつぞやの校舎裏へと連行された。




 「待って、言い訳だなんて人聞きが・・・」テンプレのような安い言い訳を言い終える前に、皇さんの射るような目に圧倒され、僕は蛇に睨まれた蛙になった。




「虎二郎くん、私には名前で・・・でしょ?」




 はっ!そうだった!ってか、そんなに下の名前で呼ぶのが大事なのかな・・・・・




「す・・なつめさん、やっぱり名前が慣れないというか、まだ早い気がするんだけど」




「名前が嫌ならお前でも良いわ」




 ・・・意外と生活感が溢れていて良いわね、とブツブツ言っているけどしっかり聞こえてます。





「お前とか論外ですよ!」




「あら?じゃあ、昼の女の子には『お前』って呼んでたわよね。あと名前でも呼んでたかしら?」




 しまった!早々に揚げ足を取られた。ってか、聞こえてたの!?




 しかしマウント取るの上手だなぁ、エメリヤーエンコ◯ョードルといい勝負するんじゃないかな。





「椿は幼い頃からの知り合いで・・・・身内とか家族みたいなもので」


「椿さんって名前なのね」




 その場で取り繕った言葉だったが、皇さんはその意図を推し量るように「家族」と一度呟いたあと、「私達もいずれ結婚するなら家族じゃない」とぬかしてきた。そんな理屈が通れば、世の中はびゅんびゅん飛び交う屁理屈で覆われてしまう。





「わかりました、もう名前で呼びますので許して下さい」



「わかってくれればいいのよ」




 勝ち誇ったような皇さんにいい加減腹が立ったので、僕はどうしても一矢報いたくなった。この際ラッキーパンチでもなんでも良いという気概で、カウンターを狙いすます。




「棗」


「~~~~~~ぅっ!!!」




 必殺不意打ちでの呼び捨て。今までのおどおどした態度からは予想もしてなかったであろう呼び捨て。さしずめ、常に高い目線から僕を見下ろしているところへ下から振り上げたドラゴンフィッシュブローといったところか。




 生まれたての子鹿のようにカクカクと足元がおぼつかなくなった皇さん、もとい棗は、僕の両肩を支えにするように掴んで踏ん張っていた。いつもの月の光に照らされてるような白い肌の顔は、今や夏の夕焼けを前借りして赤く染まっている。




 はぁ、はぁ、と艶っぽい吐息が耳元をくすぐり、思わずナニがアレになるところだったけど、皇さんの奇行を前にすると自然に煩悩が消えていった。うわぁ・・・やっぱ変人だこの人。




「凄い、凄いわ、想像、以上よ、獅子山、くん」



「・・・そうですか」




 僕、残念な事に少し皇さんの扱いに慣れてきちゃったかもしれない。あれだ、ちょっと危ない人だ。そして変人。




「あれね、申し訳ないのだけれど、名前のあとに『さん』を付けてくれるかしら・・・じゃないと」



「どうして?棗」



「ッッ~~~!!!」




 ちょっと反応が面白い。でも、あまりイジメてると後で怖い目に合いそうだからここまでにしておこう。それに、あまり呼び捨てで呼ぶとそのうち慣れてしまうし、それじゃ面白くない。






 少し待つと、皇さんの紅潮していた顔から熱が引き、桜の花びらのような淡い色合いまで戻った。しかし、顔から首元は冬にも関わらず霜が溶けたように薄っすらと汗が滲んでいて、艶かしく輝き、嫌でも目を奪われる。そのまま前かがみであるが故に鎖骨が露わになり、その窪みにも意識を向けてしまう。



 やっぱり綺麗だな・・・。先程の奇行なんて関係ないと思えるほど。けど、少し変人なのも事実なんだよなぁ。なんだこれ。




「今回のところは、このくらいで許してあげるわ」




 三下の悪党の台詞と共に胸を張る。まだ少し火照っているのか耳元が少し赤い。冬なのに汗かいたら椿みたいに風邪ひいちゃうよ。




 もう用は済んだのか「今日はもう車を手配したから帰るわ」と、正門ではなく人気がない裏門へと歩いていく。僕は見送ろうと思ったところで「見送りは必要ないわ」と、遮られた。





 「あ、うん」と返事をした後、フラフラとした足取りの皇さんを眺める。ここが僕と皇さんの間にある目に見えない境界線だ。これ以上、僕が踏み込んでいい領域じゃないと悟る。




 だから、僕はまた一矢報いたくなった。今日の僕は反抗期到来らしい。





 皇さんの背中へ向けて「また明日ね、棗さん」





 その言葉が意外だったのか、皇さんは虚を衝かれたように振り向いて目を見開いた。そして、戸惑いながら「ええ、また明日」と、不安そうに笑顔を作った。




 近くに待機していたのか、迎いの車は既に裏門に止められていた。黒塗りの高級車(多分)へ乗り込み、そのまま車は出発していった。






 出発した車を眺めながらも、引っかかるのは最後に見せた皇さんのぎこちない笑顔。いつも妙に余裕というか、凛としている皇さんが初めて見せた表情に、後ろ髪を引かれながら帰宅する羽目になる。




 少しだけど、皇さんの新しい一面を見れて一歩二歩前進したと思っていたけど、あの笑顔で振り出しどころかますます謎が深まってしまった。


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