第10話
最近は予想外の出来事によく振り回されている気がする。そんな事をわずか1分にも満たない時間の中で、何度も反芻した。
理不尽な風にただ飛ばされているだけの憐れな羽毛にでもなった気分だ。今日も皇さんと一緒に下校して、日が沈み月と申し訳程度の外灯に照らされながら椿と歩いている今だって、別に望んだわけじゃない。スカしているわけではなく、ただ僕には身に余ると思っているだけ。
最近の僕はどうなっているんだ。神のみが知る疑問を暗い空へ投げかけてみる。しかし、疑問そのものが答えと一緒に広い空へ飲み込まれ、二度と手元に届くとはないんだろうなと諦める、
「「・・・・・・・・・・」」
僕と椿には会話がない。さっきまで、あんなに母さんや妹と楽しそうに騒いでいたのに、今じゃ楽しかった遊園地の帰りで憂鬱になっている子供みたいに静かだ。ごめんなさいね、最後のアトラクションが僕なんかで。
お互いの家の道はL字で、一度曲がれば着く。もうすぐのT字を右に曲がってほんの少し歩けば僕は御役目御免となる。本当に送る必要があるのかな?
物理的な距離は短いので、案外早く椿の自宅まで着きそうで内心でホッとする。T字に差し掛かった時、椿が歩みを止めた。どうしたんだろう、右に曲がればもうあなたのご自宅ですけど。習って僕も歩みを止めてみる。
「どうかした?」と尋ねると、椿は「こっち」と右とは逆の左を指差す。主語を言え主語を。
だからどうしたんだろうと悩んでいると、指さした左側へカツカツと歩いて行く。これじゃ、どんどん家から離れていきますけど、本当にどうしたの?
遠ざかっていく背中を眺めていると、一度振り向いて、目が「着いてこい」と物語ってたので、命に従いノコノコと跡を追う。あれ、僕って生物として弱すぎじゃない?
辿り着いたのは、近所の公園だった。そして椿と初めて会った思い出のある場所であり、同時に感慨深い場所でもあった。
思わず「懐かしい」と声が漏れる。「本当ね」と、椿が同意した時点でようやく会話が成立した。こんなに会話って難しかったっけと喚きたくなったけど、僕自身が皇さんときちんと会話できてないので複雑な気持ちになる。
公園は昔と違って、時代の煽りか遊具はかなり減っている。まずジャングルジムがないし、名前がわからない黄色いラクダの遊具も撤去されている。残っているのは、ブランコと鉄棒、砂場くらいだ。見通しが良くなった分寂しさを含んだ冷たい夜風が公園全体の砂を満遍なく撫でる。
椿は木枯らしで飛ばされたモミジバフウの大きな枯れ葉を踏みつけて、そのジャリジャリとした葉の断末魔を奏でながらゆっくりとブランコへ向かっていく。何なんだこの時間は、と戸惑いながらも僕もリードに繋がれた犬のように跡に続く。
「つめたっ!」
ブランコに座った途端、椿が驚き声を上げた。「当たり前だから」と指摘すると、「うるさい」の言葉を景気づけに勢いよくブランコを漕ぎ始めた。高校生の美少女(笑)がブランコを揺らして遊んでいる。お金の匂いがしますねぇ・・・・。
黒い髪が前へ後ろへと無遠慮に乱れて蠢く。その長い黒髪はそのまま闇に溶けて同化するのではないかと思ったが、月明かりに照らされた外の暗さは、黒い髪よりもまだ青黒い色をしていた。
椿は溜まった鬱憤を遠心力にぶつけているような乱暴さで、ぐんぐんと高く激しくブランコを前後に揺らしていく。それよりも、寒くないのかなと、的外れな感想を僕は抱く。
やがて運動エネルギーが弱まり、ブランコが停止した。
「漕がないの?」
「うん」なんでだよ。寒いし帰りたいよ。
「なんで?」
「寒いから」
「昔はブランコ好きだったのに?」
「冬は乗ってない」
手が悴んできて、雪が降っているわけではないのにイライラだけが僕の中で積もっていく。椿と一緒にいると、なんでこんなにも心に余裕なくなってしまうんだろう。不明瞭な怒りは、雪に湿気を含ませてイライラが積る速度を更に加速させていく。
男はストレスが溜まると黙り込むと言われているけど、漏れなく僕もそれに該当すると思う。一向に帰ろうとしない椿に対して、僕の口数は少なくなってるのが証拠だ。さっきまでは、あれ程無言の雰囲気に息苦しさを感じていたはずなのに、今では逆に話したくない。
いい加減帰らないか、と言いかけた時だった。
「何かした?」
「え?」主語を言え主語を。
「なんでずっと無視するの」
責める、というよりは訴えかけるといった声色だった。積もった不満や怒りの雪玉をぶつけられたように心が痛んだ。
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