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第1話

 校舎裏まで連れて行かれた僕は、わけが分からず知らない場所に置き去りにされた子猫のようにただただ不安で困惑するだけだった。



「手を出してもらえる?」



 言われるがまま、恐る恐る右手をゆっくりと差し出す。



 その人は、微笑みながら僕の手を掴んだ。





 なんでこんな事になったんだろうか?混乱した頭の中で、現実から逃げるようにひらすらその事だけを考えた。














 その日は何かの記念日でもなければ、クリスマスやバレンタインといったイベントがある日でもないただの平日。




 しかも、木曜という中途半端な曜日な上に、授業も面白みのない教科が割り振られていたので陰鬱な気持ちだった。



 運動部に所属している友人たちと別れた帰宅部の僕は、部の活動を全うするべく帰宅するため玄関へ向かって歩いていた。




 一年の教室は校内の最上階である4Fにあるため、1Fまで階段で移動しなけばならなかった。学年が上がる度に階層が一つ下がる仕組みとなっている。



 この労働も陰鬱の一端を担っているわけだが、もうすぐ進級するので若干緩和される見込みだ。



 

 重い足取りの中1Fへたどり着いたけど、少しだけ息が乱れた体へ酸素を送りこむために心臓ポンプが活発に働いている。




 下駄箱まで移動すると、一人の女子生徒が立っていた。




 僕はその女子生徒を一方的にだけど知っている。



 すめらぎ なつめ



 僕だけではなく、教員を含めた学校内全員が彼女の事を知っているくらい有名人。



 理由は、日本だけに留まらず世界でもトップレベルの皇財閥。その総帥である「皇九州男」の実の孫であり、さらに会長を務める父の一人娘という事。もうこの時点で相当ヤバイ。僕なんて生物的にも社会的にもミジンコ同然だ。ミジンコに失礼か。



 そんな大それた肩書をお持ちのお嬢様が、進学校とは言えなぜ都立高校に通っているのか。それは皆が聞きたくても恐れ多くて聞けない疑問だ。



 そして、立場を差し引いても目立ってしまうのが、彼女の整い過ぎた容姿ではないだろうか。あまりに整い過ぎた容姿は、人に目には見えない大きな壁を作ってしまう。



 日本人離れした神々しい白銀の髪に、美しくするためだけに彫刻された芸術作品のような等身。



 存在感のあるキリッとした瞳は、どんな存在をも魅了し、拒む事ができる魔眼そのものだ。





 奇跡みたいに完成された設定を実際に持ち合わせている彼女に当然興味がないハズがない。ただ、皆怖がっているんだ。



 一般的に育ってきた環境の中に、異次元の存在が紛れ込んでいたらそりゃ怖いし戸惑うよね。僕もそうだし。

 



 ただ、少し距離があるところにいる彼女を見てると、なぜか儚げに思ってしまった。いやいや、庶民の僕がなんて事を思うんだ、おこがましいにも程がある。露呈した日には社会的ではなく、皇財閥の何らかの最新技術を以て物理的に消されてしまうかもしれない。何らかのってなんだろう。




 ボーっとしながらそんな事を思っていると、皇棗様がこちらへ振り向き目が合った。まさか、僕のようなツリガネムシ程度の存在にまで意識を向けられるとは思ってもいなかったので、驚いて肩を震わせてしまった。




 足が杭になったかのようにその場から動けずにいると、彼女の言葉に驚愕した。




「獅子山 虎二郎くん」




 まさか僕の名前が皇棗様の口から初めて登場するとは想像もしてなかった。ちなみに僕は自分の苗字も名前も大嫌いだ。


 

 しかし、なぜ皇棗様が僕の名前なんかを知っているのか。そうか、わかった!きっと、皇棗様は生徒全員の名前を記憶されているんだ。財閥の出身なら、そういう風に教育されてもおかしくはない。ふー納得納得。



 困ったことに、納得したところでなんて返事をしたらいいかわからない。頭の中でへんな事を考えている間にも、時間は一刻一刻と過ぎている。妙な間が生まれてしまった。




 情けなく口をわなわなさせていると、今度は「申し訳ないのだけれど、この後少々お時間頂けるかしら?」と言ってきたではないか。




 モウシワケナイノダケレド、コノアトショウショウオジカンヲイタダケルカシラ




 ねぇ、これなに語?日本語ではなかったよね?だって、日本語しかマスターしていない僕が理解出来ないんだもん。つまりこれは日本語じゃないって考えるのが普通だよね?



 仮に、仮にだけど、仮に日本話だとしたら、皇棗様が僕に用事があって時間の都合を伺っている意味になってしまうけれど。




「お、お時間というのは・・・そもそも僕の事でしょうか」声が震えてる。よくよく考えてみれば、、入学してそろそろ一年経つけど皇棗様の声を聞くのは初めてかもしれない。



「えぇ」



「もちろん、ぼ・・・私のお時間でよろしければご自由にお使いください」



 僕がテンパって返事をすると、クスッと微笑みながら「・・じゃあ、遠慮なく」と言いながら、着いてきてっと、靴を履いて昇降口から出ていった。



 何も見えない暗闇の中、一点の光に導かれるように僕は後を追った。










 着いたのは校舎裏だった。不思議と、他の生徒の姿はなく奇跡的に皇棗様と一緒にいる現場を目撃される事はなかった。




「私、以前からあなたとお話してみたいと思っていたの」




 一体なんの?とは安易に口に出さない。失礼のないように、言葉を選びながら慎重に開く。




「私とだなんて、どのようなお話なのでしょうか」




 一度もこんな丁寧な言葉を使ったことはないけど、果たして本当に日本話なのか心配になってきた。





 あれぇ?そもそもなんで僕こんなに緊張しなきゃいけないんだっけ?いつも通り帰宅して妹が帰ってきて親が帰ってきて食卓を囲んだ後は自室で勉強して、魔が差して如何わしい本や動画であれやこれやして風呂に入って寝る。




 そんな変哲もない一日を過ごす予定だったのに、目の前には一生縁がないと思っていた皇棗様が僕と向かい合ってる。




 彼女から放たれる言葉を、判決が下っていない被告人の気持ちで待っていると、顔面右ストレートやボディブローではなく、後ろから鈍器を振り下ろされた時みたいな衝撃を受けた。





「獅子山くん、私の事はすき?」



「・・・・へ?」




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