天界の掟
神の代理をしてから半年程がたった。
仕事を終えて、ゆっくりと休んでいた時のことだった。
「アルエです。定期報告会の連絡に来ました」
普段とは違う来客に焦った私は、何も考えずに飛び出していった。
入り口付近で、小さな少女と目があった。
「あの、どなたですか?」
彼女が首を傾げながら訪ねてきた。
私は久し振りにその姿を見て、嘔吐してしまった。
「大丈夫ですか?」
そうだった。私は人の姿が苦手だ。
多細胞生物は、形が複雑でグロテスクだ。
「大丈夫です」
口ではそう言いながらも、本当はまだ気分が優れない。
魔法の様な力で吐瀉物を片付ける。代理とは言えども、神の力が使えるということを、日々の実験で試していた。
「私は楠木恵です。ある事情で、転生の神の代理をしています」
アルエと名乗った少女は、困った表情を浮かべた。
「そうですか。やっぱり、あの人は本当に勝手な人ですね」
表情の中に笑みが見えた気がするが、気のせいだろう。長い間、人の表情なんて見なかったから、表情が読めなくなっているんだ。
また吐き気がしてきた。そうだ。あれを使おう。
転生者と対面する時に使っていた、不思議なベール。これを通すと、生き物は全てスライムに見える。一応、表情は分かる。
「まあ。とても素敵ですね」
急いで来たから、人の姿だったようだ。こんな私にお世辞を言うなんて、とても良い子だ。
最初も、顔を見るなり嘔吐したのに心配してくれた。今度からは優しく接しよう。
「そんなこと無いですよ。なんと言うか、人と顔を合わせるのが苦手だから付けているだけなので。それに、あなたの服の方が素敵ですよ!」
アルエさんは、大きな身振り手振りで「いえいえ」と言った。小さな体で大きな動作が、とても可愛らしい。
「そうでした!定期報告会の事ですが、何か報告することが無ければ不参加でも良いという決まりになっています」
「つまりは、今回は参加すべきという事ですね」
「そうですね。今後の方針を決めなければなりませんからね」
定期報告会か。どんな雰囲気なんだろう。怒られたりしないかな?
「私も参加しますので、困った時は力になります」
私の不安に気が付いたのか、優しい笑顔で微笑む。ベールを外して、その笑顔を直接見たい。そう思ったが、その笑顔を汚す結果にはしたくないと思いとどまった。
「ありがとうございます!アルエさん!」
反射的に握手をしに行こうとしてしまったが、これも思いとどまった。
「敬語じゃなくて良いですよ。それから……アルエで良いです。彼もそう呼んでいましたし」
「敬語は癖なので……。あまり人と話す機会がなかったので……。周りからは女の子らしくないと言われたこともあるんですが、どうしても敬語が辞められないんです。なので、時間はかかりますが、よろしく……アルエ」
アルエさんは「はい」と笑顔で答えた。
この人は不思議だ。人嫌いの筈の私に、ベールを外したいと思わせている。これもこの世界の住民だからなのだろうか。
「ところで、アルエは何の神なんですか?」
気になって訪ねると、意外にも驚いた顔をされた。
何か変なことを言っただろうか?
「私は世話焼きな神です」
さっきまでとは違う、微妙な笑顔を見せた。
『世話焼きの神』ではなくて『世話焼きな神』と言ったところに何か意味があるのだろうか。それとも、そういう言い回しをするものなのだろうか。
「報告会は明日です。私が迎えに来ますので、準備だけしておいてください」
アルエはお辞儀をすると、ふわりと浮いてどこかへ飛んで行った。そういえば、この辺って道が無いけど、どうやって移動したらいいのだろうか?私は浮けるのだろうか?あとで練習してみよう。