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戦争犬の勉強

ユグノ塩湖方面守備軍第3大刀抜刀大隊本部付き小隊第4分隊。

それが私の配属先で、直接の上司の名はラウラ、階級は10人長である。分隊員は2名。要するにラウラ分隊長と私の2人だけで本部付き小隊第4分隊は構成されてるわけだ。なぜこういうことになっているかと言うと、抜刀隊の欠員補充に本部付き小隊の24人を充てた結果だそうだ。3つあった分隊の分隊長のうち2人が私と一緒にここに来た11人の訓練をしていて、残る1人が直々に私の訓練をしてくださることになったのだ。


このラウラ分隊長、女性なのだが色々デカい。その白革の軍衣(ジャケット)の胸周りは窮屈そうに張り詰め、グイっと上がっていて、その軍衣のラインは胸周りより半分ほどのお腹をへて、またもグイっと上がりそのしっかりと広がった腰骨を明らかにする。鍛え上げてあるからか肩幅は広いが、それがイメージさせるのは水泳選手のそれが近いだろうか。しなやかに、そして力強くも歩むその姿はネコ科の動物にもにて優美であり、スラリと背筋を伸ばし立つその姿からみて身長は多分190cmぐらいと推定される。まぁ色々とデカい。

ややツリ目ながら大きいその瞳は琥珀色に輝き、内包する無限の活力と溢れる好奇心を感じさせる強い目をしている。鼻筋の通った小ぶりの鼻は、興奮のためかちょっと広がっていて、大きめの口は両端を釣りげてとても上機嫌な笑みを浮かべている。一言で言えば、とても野生的な美女。

肩先あたりで無造作に短くされた髪は黄金の如く、幾く筋かの黒の流れをまとって輝くように艶めいている。金と黒の綾なす流れの源たる頭頂部あたりには半月型の耳…

うん。頭のてっぺんあたりに2つの耳ね。

右手に携えた大刀の刃先を肩に預け、左手をくびれた腰に当てたその後ろにチラチラ振られる尻尾…

うん。ウチで飼ってたネコも、オモチャを見たときあんな風にふりふりしてたわー。


「私が貴様の上官で、虎人族のラウラだ!大隊長殿の特別の命により、貴様を使えるようにせよと仰せつかった!1ヶ月以内に貴様を我ら獣人族(ライカーン)の戦士の足手まといにならぬ程度には鍛えるから覚悟せよ!」


私の上官にして教官殿は虎人族(ワータイガー)でした。そら肉食獣的な野性味に溢れていますわ。ネコ系女子とか、そのレベルじゃないからね。ゆらゆらしてる尻尾とか完全にいたぶる獲物認定だからね。




右手で軌道を決めて目標に当てて、左手で柄をひく。私の頭にあるのは、剣道部の友人からかつて聞いたことのある「刀は左手で引き斬る」と言う言葉だけ。剣道、ましてや真剣の刀を振った経験などないのだが、今はそれだけを繰り返している。振っているのは大刀ではなく、刃渡り70cmほどの刀。いわゆる「打刀」なのだが、これはラウラ分隊長のコレクションらしい。

訓練の最初に私に何本かの巻き藁を大刀で斬らせた後、分隊長は大喜びで一本の大刀とこの打刀を持ってきたのだが、その時の彼女の尻尾の先がクルクル回ってた。上機嫌らしい。


「49番、お前はカタナというものが分かっている!無駄に筋肉をつけた連中は力任せで叩きつけるだけで話にならなかったが、お前なら「斬る」ことを理解できそうだ!」


で、刃が近いので自分を傷つけないよう取り回しに気をつけなければならない全長の短い打刀での訓練となったわけだ。「斬る」ための左手の引きを意識させるなら、遠心力で叩くだけで斬れてしまう長柄よりも、意識しなければ斬れない打刀で基本を教えるのが獣人族(ライカーン)の流儀らしい。


右袈裟、左袈裟に振りおろし、左右の逆袈裟に振り上げ、左右に払い、身体の正中で構える正眼から、右に踏み出し、左に踏み出すたびに構えを変える。この時、刀身と鍔の重さを利用して手首を回すように刀の位置を変えるのがコツ。流れるように行われたラウラ分隊長の手本の型を、ただ不細工になぞり繰り返す。


打刀を振りながらラウラ分隊長の講義を聞く。


曰く、刀は獣人族に古くから伝わる武器で、元は「異界人」からもたらされたモノ。曰く、「帝国」は獣人族(ライカーン)の里を併呑して以来、獣人とカタナと夜襲という戦術のその威力に注目し、彼らを「斬り込み隊」として徴用ではなく乞い雇い、そしてその威力は「公国」に抜刀隊という模倣すら生んだのだ。今や会戦でこそ長槍歩兵と騎兵が花形であるが、夜戦の乱戦や敵前線後方への浸透突破にと散兵戦術で戦う彼らは戦場における「新たなる脅威」として認識されてる。


曰く、神威鋼の刃金と黒鋼の皮金で鍛えられた最高級の刀は聖銀鋼の鎧すら両断する。練達の鍛治師が三日三晩打ったものこそ刀と呼ぶに足りるモノ。故に「公国」の大刀も態だけの紛い物であること。ある程度の貯えができたなら、刀も大刀も自分に合わせて拵えるのを強く推奨する。ホンモノの刀なれば騒霊(ガイスト)邪霊(ファントム)といった実体のないものでも斬れること。

我が祖父は並ぶもの無しとまで称される刀鍛治なのだ。刀とは近接白兵戦技の至宝であり、鈍器の如き剣と比べることすらおこがましい。その無駄を省いた造形は美術品ですらある。


のだそうだ。

尻尾をぶるんぶるん回しながら、拳を握り、瞳潤ませ、頬を染めてカタナ愛を語る分隊長は正直かわいい。立て目の瞳孔がまん丸になってるのを見ると、ただの猫に見えてくるから不思議だ。とはいえ、今の話からすると獣人族は「帝国」の軍に編入されているようなのだが…ここの「抜刀隊」も獣人族(ライカーン)で構成されているようなことも言ってたし。


「私たちは傭兵だな。公国軍が抜刀隊を編成するにあたって獣人族(ライカーン)を招聘したわけだ。里は帝国に併合されたが、それとて連合国家群に無理難題を押し付けられた結果だ。」


「…里の人たちと敵味方になっちゃわないですか?」


「だからこそ我らはここに配備されてるのだ。ここで抜刀隊に訓練を施し、実戦を経験させて正面の戦線に送り込む。」


「あー。第1とか第2とかってのがその前線部隊ですか…」


「そうだ。教育部隊として第3が存在して、我ら獣人族(ライカーン)傭兵がここにだけ配属されてるわけだ。」


「じゃあ…私たちがある程度モノになったら第1、第2へ転属するということですか。」


「そういうことだな。とりあえず帝国の新たな脅威に対抗して新しい兵科を作ったが、用兵方法がよく分からん部隊に「公国の臣民」を配することに抵抗があるのだろう。だから番号達(ナンバーズ)で編成しているわけだ。」


「…正直、いい迷惑ですね。訳の分からない部隊だからコストが安くつく異界人ですますとか…」


「我らは誓約(オース)による束縛がある訳じゃないが、雇用契約があるのだから信用してもらいたいものなのだが。生っちょろい異界人を訓練するより、よほど面倒がないのだがなぁ。」


ーー公国のお偉方も、金銭で契約しているだけの我らを正面において「裏切られるかも」といらぬ心配したくはないのだろうさーー


と肩を竦めるラウラ分隊長。違う動作なのに猫の大あくびの雰囲気を醸してる。興味もないのか尻尾もだらんとしてる。触ってみたい。


「ところで、大隊長殿は人族のように見えますが?」


「抜刀隊の2つの中隊、他の各兵科の中隊長も人族だよ。彼らは立派な公国臣民さ。志願して公国に忠誠を誓った生粋の公国軍人だな。」


「抜刀隊は番号達(ナンバーズ)として、他の隊員達は違うので?…その臣民とは。」


番号達(ナンバーズ)以外、我ら獣人族傭兵50人を除けば、みな戦奴だな。奴隷だよ。」


「…戦奴隷…。それこそ奴隷なんか最前線送りにしそうですけどね?」


「してるよ?最前線の盾持ちや長槍持ちは、みんな奴隷といってもいい。そこに番号達(ナンバーズ)が加わるだけなんだから、公国の腹は対して痛まないな。」


「…公国軍人とやらは、みんな士官ですか…。」


「そうでもないさ。公都近くに張り付いてる中央守備隊2万人には兵卒の臣民もいるさ。逆に中央には臣民しかいない。実際に公都の東の平野で帝国と角突き合わせてる国境守備隊8万は九割方が戦奴だけどね。」


「えーと。兵力10万のうち7万は奴隷ですか…」


「異界人は計算が早いな!この塩湖方面には、ざっと1万の兵がいるがここも九割は「臣民以外」だなぁ」


「8万人以上の奴隷と傭兵、そして番号達(ナンバーズ)…。それほどの奴隷をどこから集めたんでしょう?」


「借金のカタ、戦争捕虜、犯罪者、寄せ集めればそれぐらい賄えるんだよ。」


くっきりした太めの眉を思いっきり顰めて分隊長は続ける。足の匂い嗅いだ猫があんな顔するなぁ。


「メシを食わせ、寝る場所を与え、軍衣を着させ、武器をあてがうコストがあっても。奴隷首輪と、陥した村から奪い、倒した敵を剥いて装備を売って稼げるとなれば、兵には困らないわけだ。」


どうしよう。聞いてるだけでも、もう末期の敗軍臭しかしないんだけど。













同郷の人間が敵味方ってので有名なのはスイス人傭兵でしょうか

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