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戦争犬の一息

結局、25人の「犬達」のうち13人があの時あそこで死んだ。


軍曹(仮)が叫んだ敵襲の警告の声に反応できたのが12人だけだった。それはそうだろうな。あの時、「犬達」はみんな茫然自失していたのだから、そんな音声情報なんて聞こえてなかったに決まってる。ましてやそれが聞きなれない言葉。アフガン帰還兵でもなけりゃ「敵襲」なんて言葉に危機感覚えたりしないだろうさ。半分が反応できたことがびっくりだ。例えば海外では、銃声を聞いて、しゃがんで身を低くするのが諸外国人、音を確かめようと背を伸ばして耳を巡らせるのが日本人って見分けるそうだ。それだけ日常生活に馴染みのない行動をとるにはそれなりの理屈がいるもんだ。


とにかく敵襲と言われて反射的に地べたに身を投げ出したのが12人。13人は何か言われたってことに反応して、何を言われたのか理解しようとして、軍曹(仮)に「なにか言いましたか?」とでも聞き返そうとして、背中に矢が刺さった瞬間すら理解不能のまま死んでったに違いない。

這いつくばることが出来た12人。軍隊経験者だったのか、普段から後ろ暗いことをしているのかはわからないけれども、とにかく彼らはその場に伏せて、その時の最善の行動、上位者の意向に従うことを選んだわけだ。


そんな中で、喚きながら敵に突っ込む事を選んだのは私一人だけで、それはバカ野郎のすることだと軍曹(仮)に呆れられ、どこかの国の連中から「やっぱり日本人はカミカゼだ」と言われることになったわけだ。


ほかの11人は地面に伏せて、軍曹(仮)の号令で立ち上がり、彼の背中を追いかけて走ったそうだ。軍曹(仮)は15mほどの距離をあっという間に詰めて、枯溝(ワジ)に飛び込み、そこに潜んでいた10名ほどの弓兵達を端から順に撫で斬りにしたらしい。額をカチ割り最初に殺した弓兵の胸ぐらを掴み、盾がわりに左手で突き出して右手一本で大刀を振るい、弓兵達のその首を文字通り撫でて斬り捨てたのだと言う。


「30点だな。」

軍曹(仮)による私の初陣の評価である。


喚きながら突っ走ったことは不問にしておく。その時点では上官である俺から指示もなかったことでもあるし、あの吶喊で奴らが怯んだことも、その後の俺達の突撃の機会ともなった。射列のど真ん中に斬り込んでくるバカも想定外だったのだろうさ。問題は「仕事」のやり方だ。最初の一人は見事に斬っていた。大刀は、ただ叩きつけるだけでなく刀身の反りに沿って…見えない球の内側を撫でるように引かねば、あそこまでは斬れない。よくやった。初めてにしては上出来だった。


だが次がいかん。突くのはいい。刃を上に向けたのも正解だった。が、突くとは引くことなのだ。突き込む以上に素早く引くのが肝だ。引きを考えず押し込んでしまえば、肉が締まり刀身は抜けなくなる。結果としてお前は殺し合いの最中に武器をなくしたわけだ。串刺しにした敵の向こうの3人目しか見ていなかっただろうが、お前の背後にも敵は居たんだ。幸運だったな。


3人目だが、なぜ背中を刺した?トドメを刺すなら首を搔き切るべきだった。背中を刺すにしても、あのように刺せば骨に当たって深く突き込めない。そうだったろう?肋骨と平行になるように刺し直すべきだったのに、お前は柄頭を叩いて突き刺した。見ろ刃が欠けて歪んでる。鋳物の安物だからというのもあるが折れてもおかしくないほどだ。


つまりお前は3人殺して武器を全て失ったわけだ。運が良かったな、4人目が現れなくて。武器もなくし、塩で目も見えず、鼻水垂らして生きていられたのはまさしく運だ。その運の良さに敬意を表しての30点だな。


駐屯地まで残り2程。私は軍曹(仮)の隣を歩いている。さっきの戦闘についての反省会となっているのだが、実のところ私の背中には、かつてボブだった亡骸が背負われている。軍曹(仮)も1人受け持っている。ただし軍曹(仮)の運んでいる人物はボブの2倍ほども体の厚みがあるのだが、身長182cmの私と同じくらいの体格の軍曹(仮)の方はその死体を左肩にぶら下げている次第だった。

生者1人につき1体のホトケ様。埋葬する手間も惜しんで襲撃の報告を駐屯地に届けるためだ。運動不足のこの身体には子供の頃の遠足以来の長時間歩行と全力疾走はキャパオーバーの上、さらに成人男性1人の重量負担はキツいものがあるが、だからとて放り出すような真似もしたくない。私もいつか、すぐ明日にでもこうやって運ばれるかもしれないから。自分がやられて嫌なことは他人にもしたくない。


ただし命のやり取りだけは別口だ。死にたくないから殺すのだ。相手も多分、死にたくないだろうけど、こればかりは自分がやられて嫌なことを押しつけてやる。あの時に、もうとっくに私はそれを選んだのだから。もうとっくに後戻りはできない。すでに3人、私の意思を押しつけたのだから。


半刻の後、私たちは塩の壁の前に立っていた。四角に切り出された岩塩を積み上げて作られた防壁。今は開け放たれた丸太を積んで組んだ門扉。古びて灰色になった板壁の二階建てが、背後の大きな岩が落とす影の中に身を寄せ合うように建っている。白だけの大地と雲1つない青の空の狭間に、そこだけ色彩の違う赤茶色の積み重ねたパンケーキのような岩。地面に近い部分がえぐれているのは、この塩の平原が湖だった頃に侵食された跡なのだろう。高さはさほどない。兵舎らしき二階建てより1メートルほど高いか。


軍曹(仮)が振り返りにこやかに声を発した。


「ようこそ!番号(ナンバーズ)諸君。我が公国ユグノ塩湖方面警備軍第3大刀抜刀大隊へ!俺がこの大隊を預かる500人長、ゼルナーだ!」


軍曹じゃなくて大隊長様だったのか。正直驚いた。番号達(ナンバーズ)なんて言われてる一山幾らのような私らの受領に隊長という立場の人間がホイホイやってくるものなのか?しかも大隊長だ。中隊長でもなく小隊長でもなく分隊長でもない、この駐屯地で1番偉い人じゃないか。


「遺体をここに下ろしてついてこい。お前達に個人装備を支給する。その後、遺体を埋葬し、それからお前達を各中隊に配分する!」


半日かけて縦2m、幅6m、深さ1.5mほどの穴を掘った。個人装備として渡されたスコップ。先端部分が直角に折れてクワにもツルハシにもなる優れもの。見守るのは何も言わない13の骸だけ。その虚ろを見つめる視線の圧力が生者に無駄口を許さず、ただただスコップを振るわせている。手を止めるのは水筒から水を飲む時だけ。まぁ「水がなくなった!誰か水を飲ませてくれ!」と喚く声も聞こえていたが、もちろん無視だ。新たに2個の水筒が支給され4個になった水筒、二刻に1個で水筒の中身を消費する計算もしない奴が悪い。


「干からびて死んじまう!」件の男は座り混んでスコップを投げだし、こんなもんやってられるかと叫びながら地面を叩いている。正直、同感だが駄々をこねたところで何の解決にもならない。


「僕はエリートなんだ!肉体労働をするために大学に行ったわけじゃない!肉体労働なんて下層階級の村人がすればいいんだ!」


どうしよう。スコップでアイツの頭を掘りたくなった。隣で作業している中東系の男も、その口髭の下で唇を歪めている。彼と一瞬だが目が合い、何となく「埋めるか」と意気投合した気がする。ごく自然に2人して喚く男に近づいていく。スコップで張り倒すのは後頭部がいいか、側頭部がいいかな?


「水を僕に飲ませない周りのお前達はヒトデナシだ!こんな墓掘りなんて穢れた作業はお前達がすればいいことだ!僕には関係ない!わかったら、さっさと僕に謝罪して水を飲ませろ!」


とうとう謝罪しろとまで言いだした東洋人。あきれる他にないが本人にとっては正当な権利なのだろうな。むしろ賠償が水だけと随分と控えめな要求じゃないか?その図太さを見習いたい…いや、やっぱりいいや。

ちなみに、かのやかましい男の向こう側からも白人2人組がジワリと近づいている。私を「カミカゼ」と言っていた2人だ。あちらは最初に支給された肩掛けバッグを持っているが、口を広げて逆さにしている。ふむ。2人組に先手を任せよう。さぁガス抜きタイムだ。ただでさえ溜まった鬱憤に最後の藁一本を乗せたのはお前だ。


殺しはしない。頭に焼かれた軍規が命令なしの殺しを禁じているからな。







かの映画にもありました。実際されたら、小便漏らす自信があります。

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