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戦争犬の存在理由

「49番!一度しか言わないぞ!鞘をつけたまま、右肩に担ぎ、気合と同時に全力で地面を叩け!」


以上、質問はあるか?あー。実戦では鞘は外すことな。


これが薙刀を渡され、私が受けた「教練」の全てだ。剣道の経験すらもなく、薙刀なんか木剣も持ったことない身に、これはあんまりにも雑すぎないだろうか?そう心の中では思いつつも、真剣そのもので「相棒」たる長柄を振り続ける。名前は「アミ」と名付けた。鬼軍曹の訓練教官が出てきたあの映画のように本当に名前をつけろと言われたのだ。名前の由来はフランス語の「友達」。ついでに言うと真剣にやらねば、あの映画のように罵詈雑言の嵐に襲われるし、何より本当に死ぬ。今、訓練しているここは戦場の片隅で補給処なのだ。補給物資は我々「犬」。補給物資を襲撃して焼きつくすのは軍事的に常識だろう?


「左!右!左!右!左ー左ー左!右!」


この一定の調子を崩すな!いつでもこの歩調で歩け!お前達にも特別に教えてやるが、この歩調こそが軍の移動であり作戦であり、距離であり時間なのだ!朝にメシを食い、この正しい歩調で、正しい公国道を歩けば然るべき駐屯地に着き、然るべく晩メシが食えるのだ!覚えろ!落伍して獣どものエサとして死にたくなければ正しい歩調を身体に刻め!左!右!左!右!これこそ軍だ!軍とは歩くものだ!49番!このウスノロめ!貴様は俺に晩メシを食いっぱぐれさせるつもりか!歩け!歩け!23番!何だお前は!1人で晩メシを抱え込むつもりか!どういうつもりだ!貴様のように先走る奴が俺の軍をダメにするんだ!我が軍は一刻で4程を行軍し、4程を歩けば一刻なのだ!それは行軍において絶対なのだ!一刻4程で八刻32程が軍の1日の移動距離である!

しかも軍は慈悲深くもお前達に一刻4程歩けば小休止を与えるし四刻16程歩けば大休止を与えてやる!わかったら歩け!さぁ歩け!あと半刻も歩けば小休止を恵んでやる!


「よし水を飲むことを許可する!座ってもいい!但し「大刀」は手放すな!」


2度目の小休止が命ぜられて、腰に下げてた水筒から水をあおる。最初の小休止では水を飲むのは禁止されてたのだ。新兵は加減をせずに飲んで水筒を空にしてしまうからだそうだ。行軍訓練前に渡された水筒は2個、半日行動分の標準らしく 仮にここで水筒一個空にしても帳尻は合うことになる。

指示に従って「薙刀アミ」を抱え込んであぐらで座り込む。「大刀」というのがこの武器の名称で「大刀抜刀隊」というが配属先の名称だそうだ。配属される駐屯地まではあと一刻、4程の道のり。この世界の時間と距離の単位もわかった。一刻は二半刻で、一半刻は二間、一間は1程で、4程で一刻だ。軍の歩く速さが時間の単位というのもアレな気がするけど、そういうものとしか言えない。


「お前達に良いことを教えてやる。地面を削って豆粒ほどの欠片を口に入れろ!命令だ!」


土を食べろとはまた随分な命令だが従わなければならない。それに標準的日本人たる私は命令という言葉に逆らう気など滅多にならない。ましてや8程ほど後方に置いてきた「5頭の犬」のことを思えば。

大刀の石突きでゴリゴリと地面を引っ掻き、言われた通りに小豆大ほどの砂を口にする。口に中にはジャリジャリが広がるが、唾液の湧き出る甘みを感じた。いや、本当はしょっぱいのだけども!

「岩塩…?」

「そうだ。49番!よくわかったな!この平原全てが岩塩だ!民はこの塩で他国より美味いものを食え、質の良い干し肉、野菜の漬物を作り冬を越す。我が公国はこの塩を王国をはじめとする同盟諸国との交易に使う!そしてお前達を異界より呼び出し、武器を与え戦わせる理由だ!」


ははっ。参った。異世界に召喚されて魔王とでも戦わされるのかと思いきや。文字通りのサラリーマンだった。どこの何と戦うのかわからないが、つまるところは岩塩の採掘場を守る番犬だったわけだ。


「…質問して良いでしょうか?」


1人の男が立ち上がり静かに問いを発した。私達を引率していた飼い主様ーー私は例の映画から連想して「軍曹」と心の中で名付けていたがーー軍曹はその問いに頷き、「聞いてやろう。話すがいい」とありがたくのたまわった。

立ち上がった青年の思慮深そうな低い声、だがわずかに震えてる語尾から感情を爆発させまいと努力していることが伝わる。すらっとした長身の黒人男性。私は彼を「ボブ」と仮称することにしよう。わずかに充血した黒い瞳を飼い主たる軍曹(仮称)に向けて、ボブは続ける。


「なぜ、私達なのです?この塩原が重要なのはわかります。が、ならばなおさら…公国軍で守るべきなのではありませんか?ーーわざわざ、あなた方の言う「異界」から私達を「呼び出した」理由がわかりません」


「…答えよう。」


軍曹(仮)は指を一本立てて、周りを睥睨する。その仕草はちょっと運動させただけで座り込んでしまった駄犬を見るソレだったが、そんなことは、まぁいい。わざわざ並行世界だとか位相時空間とか星の海とかをまたいで拉致誘拐した理由があるなら是非とも聞きたい。この際、異世界スーパーファンタジーパワーを持っているからだ!とでも言われれば、ほんの少しでも心の拠り所ができるかもしれない。

君の力が、君の能力が必要とされるのだ、我々にはないその偉大な資質が頼りなのだ、最後の希望なのだ!

とか言われたら悪い気分はしないだろ?

その上で、蒙った不利益の賠償と謝罪を要求し、報酬・労働時間・休日などの細かな雇用条件を文書にして精査したのち改めて契約を考えましょう。と返事してやったら愉快な気にもなれるんじゃないだろうか?


「まず第一に、お前達を召喚すればコストが安い!」

「次に、我が公国の民が減らない。お前達は栄養状態も良く多少頑丈なので普通の奴隷より長持ちする!」

「こっちに親類縁者がいるわけでもないから遺族年金の必要もない!」

「召喚時に誓約(オース)をかけることで言葉と文字を理解できるようにし、公国軍規をその脳に焼き付けた。公国語以外は理解できないし、軍規に背くことはできない。つまりお前達には公国軍人として戦う他に生きる術などないのだ!」


なんというか…唖然とした。というのは今のような状況を指すのだろうな。思った以上に論理的でファンタジー要素がスパイス程度の召喚理由だった。この公国とやらの生産力を下げず、戦争という大量消費に人的資源を投入し続けるなら、どこかからソレを調達しなければならない。戦奴隷か傭兵を引っ張ってくるのが私達の世界の常識だけど、召喚やら誓約などの魔法があるこの世界では「異世界」から拐ってくるのが常識らしい。確かに奴隷狩りするならそれなりに軍勢が必要だろうし、軍を動かすなら金は要る。奴隷調達を外部預託するのも金はかかるし…調達した奴隷に教育も必要だろう。敵の数を聞いたら「指の数より多かった」とか報告されても困るだろうし。あと金で雇うから傭兵だし。しかも遺族年金だと!制度化されてるのにビックリだわ!そもそも誓約(オース)ってなんだ?言葉と文字と軍規を「脳に焼き付ける」とか…勝手に人の脳をいじらないで欲しい。


「…誓約(オース)とはなんでしょうか?」


ボブ(仮称)が軍曹に聞き返していた。何かよくわからない魔法的なアレで脳をいじられたとか聞かされれば、やっぱりそこが気になるよな。「理由」の他の部分は要するに、労働者を徴兵することで生産力・国力を低下させず、国庫を遺族年金に圧迫されることもない。奴隷を調達して兵士にするより、傭兵を雇うより金がかからない。すなわち「安い」からだって言ってるだけだもんね。


「誓約か。そうだな…逆に聞くが、18番。お前の名前はなんだ?何という名前だ?」

「…?ーーーー⁉︎ーーーー!」


18番ことボブ(仮)の顔が訝しげなものになり、そして青くなった。眉根を寄せて固く目をつぶり、やがて額から珠のような汗が吹き出した。ひどい立ちくらみがして鳥肌が立つ時に毛穴からぷっくり湧くアレだ。

そして私の腕にも同じものが浮いていた。体の芯が冷えるのがわかる。白い地面が視界いっぱいになり四隅は暗い。やけにはっきりと砂粒の一つ一つが見えて「あぁ。ほんとうに塩の四角い結晶なんだ」と妙な納得を覚える。地面にあぐらをかいて座り項垂れる自分の姿を後ろ後方から眺めるような、水族館の水槽ガラス越しに景色を見ているような、そんな「他人事」感。そうだ。今まで思いつきもしなかった。49番と番号で呼ばれたことに、何にも違和感を感じたり反発も覚えなかった。これが誓約(オース)、魔法の力。超常の力。


「僕は…僕の名前は…なんだ?」


ボブ(仮)がつぶやく。私もつぶやく。皆もつぶやく。

誓約(オース)。自分の名前と引き換えに新たな知識と力を与えられる。魂と世界の契約。

私達は名前のない、本当に物資扱いの、戦死ではなく損耗と呼ばれる。犬だった。


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