戦争犬の相棒
首をうなだれてさせて、肩を落とし、ただ黙々と前へ進む「犬」達の列。彼らは決してこの広場の片隅を見ようとはしない。目に眩しい白い地面に影のように沁みこんだ血の跡とそこに転がる三体のモノ。それを見てしまえばもう歩けなくなると知っているから。はっきりと知らされてしまったから。
「49番!49番は履物を脱いでこの板の上に乗れ!」
私のことだ。首から提げた認識票に「49」と書いてあるのだから間違いないだろう。言葉がわかるようになったと同時に文字も読めるようになっていた。どんな謎テクノロジーなのだろう?もしや魔法というやつが此処にはあるのかもしれない…マギロジーとでもいうべきだろうか?
恐る恐る、指示された通り真っ黒な石で出来た板の上に乗る。日向に置かれて熱くなった石の感触に少し驚いてしまった。考えてみれば日向の石が熱いなんて当たり前のこと、でも精神の方はそうじゃなかった。色々と「これまでの常識」と違うことが起きていたので心は身構えていたのだと思う。
「含有魔素、大!魔力操作、確認されず!足、大。身長、大。体重は過剰…絞りあげるべきだな。」
早速にマギロジーなパワーワードが来た!含有魔素とか異世界ものラノベのお約束じゃないだろうか!これは「秘められた能力が…」とかのパターンじゃないだろうか?あと体重のことはほっといてくれ。
「適性なし。このまま前に進め。」
少しでも喜んだ自分が虚しい。そんな気分が顔に出てたのか、試験官(?)らしき人物はわざわざ説明してくれた。その口調は慣れっこのせいかとても事務的なものではあったが。
曰く「お前達、異界の者達はみな含有魔素が多いがその制御を知らない。魔法使いとしての適性はほぼ無い。ちょっとばかり頑丈なだけだ。あとは教育を受けたことがあるものが多いのが利点なのだ」
とぼとぼと列を進み、長机の前にたどり着く。そこには胡散臭い笑顔を浮かべたちょび髭男が立っていて口上を述べ始めた。彼は甲冑ではなく生成り色の服を着て青い細帯を腰に巻いている。察するところ武官ではなく文官なのだろうと、ぼんやり考える。
「陛下の『軍は精強たれ』との思し召しにより、お前達のような見習い以下の兵士であっても衣食住は保証される。大いなる感謝の心を持って、この軍衣を身にまとうことだ!」
兵士ルート確定。鉱山の坑道とかで、一生太陽を見ることない奴隷ルートよりはマシだったのだろうか?
机の上には茶革のブーツと外縫いの白いバックスキンの上下服、黒革のベルトと鈍色の籠手、脛当て、キャンバス地の肩掛けカバンと手袋がまとめて積んであり、その上には革鞘に収められた40cmほどの短剣。これらが「陛下の大御心により貸し与えらた」軍衣と装備の一式なのだろう。全て一品づつなので予備も着替えも無いということで間違いなさそうだ。
両手で「ありがたき貸与品」一式を抱えこんで、次なる地点へと移動する。「飼い主様」方の叱声を受けて駆け足での移動をしている。駆け込んだそこはちょとした広場で、同じように荷物を抱え込んだ「犬達」が所在無げに立ち尽くしている。これが日本人だけならば自然と5列横隊とか3列縦隊とかになっているのだろうけども、見た感じでは国籍は様々なようで、あちらにひとつ、こちらにふたつといった具合にバラけている。見渡してみれば、なんとなく列をなしてる集団があったので多分アレは日本人なのだろうと、その列の端っこに紛れ込むことにした。
幾らかの罵声と砂を詰めた皮袋による話合いの末、広場には10人1列が9つと5人1列が1個あった。足りない分は広場の隅で永遠に見学中となっている。ただ狭い間隔で列に並ぶのが嫌だ!と文字通り命をかけた抗議をした男はきっとスェーデン人だったのかもしれない。他人との距離が3mないことに嫌悪し自主独立性を重んじるあまり飼い主様方の「砂入り皮袋」と話し合いに臨んだ結果、彼の望みは叶えられて私達の集団から20mは離れたところで転がっているわけだ。
白革バックスキンの軍衣をまとったのは25人。茶色と黒が40人と30人。なんとなくだが黒革の方が精鋭っぽく見えてうらやましくも感じる。彼らにはヘルメットも支給されてるようだし、胸甲もつけてる。槍や剣で戦争するならしっかりとした防具がある方が安心できるだろう?
「お前達の相棒を紹介する!これから寝食を共にし、死に別たれるその時まで添い遂げる相棒だ!」
そんな映画を見たな。「アイリーン」とでも名付ければいいのだろうか。ゴロゴロと重たそうな音を立てて甲冑兵士達に引かれ荷車が広場に入ってくる。茶革の集団の前で止まった最初の荷車からは槍が出てきた。茶革の連中の身長の2倍ほどの長さの槍、およそ3〜4mといったところだろうか?甲冑兵士達の持つ槍よりも随分と長いが、これは槍衾を作るためのものだろう。騎馬隊とか相手にする戦術だったはず。ゆらゆらと立てられる長槍の林は危なっかしくて見てられない。今しも一本の槍が倒れ恐慌の叫びが聞こえてきたほど。
黒革の精鋭(?)達の前には2台の荷車が止まり、出てきたのは大きな丸い盾とイボ付き鉄球に柄がついた重たげで凶悪そうな鈍器、いわえるモーニングスターだった。盾の裏には棒が3本取り付けてある。アレはおそらく投槍ではないだろうか?だとすれば黒革の連中の相手は歩兵隊。接近してくる敵に槍を投げつけ、ガチンコとぶつかって、盾で押しあい圧し合い鈍器で殴るのがお仕事。ヘルメットは必需品だろうな。
そして我らが白革隊の相棒とはグレイブ。中国では眉尖刀、日本では大薙刀と呼ばれてるシロモノ。70〜90cmの刀に2mほどの長柄をつけた武器である。こんなモノの用途は限られている。斬り込むのだ。ただただ振りかぶり振り下ろし、右に払い左に薙ぐ、突き出し、長柄で殴る。斬り込む以外の用途などない。
長槍ほど重くないがリーチは短い。両手で使うので盾の防御はなく、剣や鈍器よりはリーチが長い。ゆえに長槍より素早く懐に飛び込み、盾の隙間に突き込み、剣や鈍器の間合いに入る前に斬り伏せる。日本の歴史で言えば鎌倉時代の武士の主武装で、後の世では手槍で一斉に突くとか長槍でブッ叩く集団戦法の前に消えた武器である。なんにしても振り回す武器である以上、隊列を組んで戦うような武器じゃない。斬り込んでバラけて振り回して、目の前の敵を屠るための個人戦用武器。まぁ考えようによっては同じく個人戦用の護身武器である剣だけ持って突撃するよりはリーチの分だけマシかもしれない。どっちにしても突撃して白兵戦することには変わりないのだけれども。どうせならスコップも支給してくれればいいのに。スコップ、最強の白兵戦武器らしいから。
薙刀は個人の武を誇る戦の時代には重宝されました。ですが、やがて農民足軽が主力となり訓練が容易でその長さから相手を「殺す気分が薄い」長槍にその座を譲ります。職業軍人(侍)は集団戦の中でも武勇を誇るためより敵に近い手槍を用い、長槍の扱いにも困るような足軽には農具感覚で振れる長柄刀が渡されました。