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戦争犬(ウォードッグ)の心得

絡んでいた視線がほどけたのはすぐだった。自分の意思で振りほどいたわけではない。3人の兵士が無造作に槍を引いたことで男の身体が支えを失い倒れたから。私自身は金縛りになって立ちつくしていただけ。

ブーツの男が私を見やり、手をまっすぐ伸ばし指差して方向を示した時になってようやく私は動くことを思い出した。足元がおぼつかないとはこのことなのだろう。一歩ごとに地面が沈むような気がして意識して膝を上げなければならなかった。腰から力が抜けて寒気が這い上がってくる。脱糞しそうだった。


「◾️◾️◾️◾️◾️!」

突然の怒鳴り声と乱暴に肩を押さえられ、私は立ち止まった。目の前には木の板を持った男。生成り色の服を着て、腰には赤色の細帯を巻きつけた口髭の男だ。彼はジロリと私の頭から爪先まで眺めて、木板に何か書き付けると顎をしゃくった。どうやら左へ向かえということらしい。その傲慢にも思える仕草にも反発心など起こらない。心が折れてしまっている。自分でもよく分かってる。怖いのだ、途轍もなく怖いのだ。


三つに分けられた列の左、1番後ろに並ぶと銀の甲冑が近寄ってきた。ただそれだけで呼吸が早くなる、汗が吹き出して背中を悪寒が走る。甲冑の兵士は水をかぶったような汗を流す私を嫌そうに見てくるが、愛想笑いすら出来ない、ただ顔を強張らせて見つめるしか能がない。甲冑兵士はたいそう不満げな溜め息をついて私に鎖のついた円形の金属片を投げ渡し、首から提げろと身振りで伝えて去っていった。


それは一枚の薄い鉄の板。コインのような円形で中心線にミシン目状に穴が穿ってある。直径は5cmほどか。何かの文字が打刻されてるが、当然読めない。ミシン目の上下で同じ文字が書いてあるので用途はおおよその見当はつく。コレは「認識票(ドッグタグ)」だろう。兵士になるのか奴隷になるのかわからないが、飼主の居る存在になったということなのだ。わん


「グズグズするな!さっさと列を詰めろ!」

列のそばに立つ甲冑兵士達から罵声が飛ぶ。さっきまで彼らの声は聞こえていたが何を言ってるのかわからなかったのに、今は明瞭にハッキリと理解できる。…ご主人様の命令が理解できない「犬」はただの無駄飯食いだってことなのかもしれない。わん


だが、言葉がわかるようになれば会話ができる、交渉ができる、相手を論破できる。と考えるのが人間ってものらしい。今も微笑みをうかべて、あるいは青筋を立てて「不当な拘束から解放してほしい、大使館に連絡させてくれ、我が国はこのような暴挙を許さないぞ!」と甲冑兵士達に詰め寄り騒ぎはじめた。彼ら甲冑兵士は3人、この列に並んでて兵士達に詰め寄る「犬」達は10名以上。兵士達は沈黙し、それを好機と捉えたのか、嵩にかかり居丈高に声を大きくする「犬」達。

私は制止する言葉も言わず、行動としては彼らから背を向けて無関係を主張することにした。だって私は見たのだから。ご主人様方が吠えかかり詰め寄る躾されてない「犬」をどうするか、どう「処分」するかを。


悲鳴と苦悶、恐怖の騒ぎが起きたのはその直後で、そして一瞬で無秩序な喧騒は静寂へと転回した。甲冑兵士の「躾」は単純明快だった。1番声の大きかった犬、他を巻き込み煽った犬、根拠もなく上から目線で説教した犬は今や地面に転がされ、か細い苦鳴を上げているだけ。見たくはないがご主人様方がこっちを見ろと仰るので振り向いて注目すれば、哀れな「犬」達は甲冑兵士の爪先で転がされ、仰向けにされ、その胸に穂先輝く槍を突き立てられる演目だった。題をつけるなら「駄犬にもわかるしつけ方教室」とでも言ったところだろうか。

「死んだ犬」となった彼らは何故、吠え立てることができたのだろう?今の状況を夢だと信じたかったのだろうか?それとも譲れない自らの矜持が在ったのだろうか?ただ単に「タチの悪い冗談」だと思っていたのだろうか?自分の不安を皆の不安だとすり替えて、その場の少数者へ不安をぶつけることを正義だと主張したかったのだろうか?なぜ彼らが不安や不満をぶつけた相手が少数であってもまぎれもない強者なのだと想像しなかったのだろう?

吠える番犬はいい番犬。吠える戦争犬は悪い戦争犬。

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