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戦争犬の開戦前夜

城塞都市レルゲン


「公国」と「帝国」を結ぶ「大街道」上にある国境近辺で最大の街。「公国」の東部に配置された各軍の本拠地でもある。人口5万ほどで、そのほとんどの住人が8万人の公国軍が落とす金で生計を立てている軍都だ。


「大街道」を東にまっすぐ行けば「帝国」。右手にはユグニ塩湖への「塩街道」左に行けば鉱山地帯へと向かう「鉄街道」となる交通の要衝でもある。西の公都との間は穀倉地帯で「公国の胃袋」と言われている。現在、ちょっとした小競り合いを繰り返す敵たる「帝国」との間に、幅20mの石畳の車道と左右5mづつの歩道を備える立派な街道が通ってるのも不思議な話だが、その理由は「公国」の成り立ちにまで遡る。


もともと「公国」とは、時の「帝国」皇帝の弟たる公爵が封じられた辺境地方で、西の大河の向こう岸の「王国」との緩衝地帯として「帝国」の最前線であり同時に豊かな穀倉地帯と塩の産地、鉱山を抱えた「帝国」の生命線でもあった。


…だったのだが、当時の皇帝崩御のどさくさに公爵が「公王」を名乗り独立して「公国」を建国した。200年ほど前の話である。無論の事、「帝国」はその「叛乱」に対して誅伐軍を送り込んだが、当時の国境防衛の精鋭たる「公国」の軍に散々に撃退され「公国」を掣肘することは出来なかった。この独立戦争の背後には「王国」による使嗾もあり、現在の「王国」寄りの「公国」の立ち位置の基礎となっている。


その「公国」独立の際に将軍として活躍したのがレルゲン伯爵家で、そのまま「帝国」との国境となる都市の領主となり、その名が冠せられた街と対「帝国」国境警備軍を統括しているわけである。とはいえそれも今は昔。今や国境警備軍とはそのほぼ全ての人員を戦奴隷によって維持される、極めて練度と士気に欠ける軍隊となっている。総兵力8万という数字だけは立派だが、実態としてはその5分の1ほどの実力であろう。


というのはラウラ分隊長殿による解説である。彼女は割と自由にあちこちを歩く傭兵なので、それぞれのお国柄などには詳しい。そういう事前知識があるか無しかが自分たちの待遇を決めるので、自前のネットワークでの情報収集に怠りがないそうだ。


今、我々第4分隊(ラウラ分隊長と私)は大隊本部付き分隊らしい任務、大隊長の護衛としてこのレルゲンの街に赴いている。ユグニ塩湖方面警備軍第3大刀抜刀大隊長ゼルナー殿は「至急の案件」とやらの会議に出席されているのだ。国境警備軍の中枢たるレルゲン城塞都市に入ってしまえば、傭兵と番号達(ナンバーズ)たる私たちの出る幕はないので、2人で周辺偵察(デート)を実施中である。



「どこを向いても軍服だらけですね。」


「この街は軍人相手の商売で成り立つ街だ。不思議はあるまい。」


「とは言っても、交通の要衝なんだから商人とか旅人なんてのも居ても良さそうに思うんですが。」


「そういった連中は街の西の方に居るんだ。東半分は酒や女や男を買う兵隊達の歓楽街になってる。…女を買いたいとか抜かすなよ。」


「とんでもありませんよ。私には分隊長殿がいらっしゃいますから。」


「…ふん。」



街路脇の屋台のとなりに広げられた机と椅子が今日の私達の拠点である。ここで分隊長殿は蜂蜜とバターの乗ったパンケーキの調査中。私は干し肉じゃない(!)肉の串焼きの威力偵察を実施しているが増援はエールを要請すべきか黒茶にすべきかが重要案件となって立ちはだかる。


ちなみに歴戦の分隊長殿はすでに牛肉のステーキを駆逐されワインを撫で斬りにしていらっしゃる。私がたった3種の串焼きに手こずっているのとは段違いの鋭剣である。


誠に虎とは捕食者(プレデター)であることよ…『犬』では刃向かうことも出来ず捕食されるしかなかった訳だ。もちろん嫌だなんて思いもしなかったし、尻尾をピンと立てたネコ科の挨拶をしてもらえる程には全力で戦った。が負けた。戦術的な勝利は得たが戦略的には負けた。それが証拠にこの街に入ってから、すれ違う女性達(プロ)の送る流し目にザワリともしない。男を従えるには給料袋と胃袋、そして玉袋を捕まえることが最善であるとは誰の言葉だったか。



「ところで…大隊長殿が出席されてる『至急の案件』で会議って何ですかね。」


「戦争だよ。帝国との開戦が間近なんだ。」


蜂蜜とバターたっぷりのパンケーキを制圧した分隊長殿は事も無げにそう断言された。目線は次なる目標を探している。おそらくは女性客の群がる香茶の屋台であろう。私の串焼きの威力偵察への増援は香茶になりそうである。先手を打つべく私は立ち上がり香茶の屋台へと進撃を開始する。この街では軍衣の威力が高い何しろ住民のほとんどにとって軍衣纏うものはお客様である。海を割る賢者の行進が如く女性客らの群れを分け、首尾よく店主のおすすめを二杯手に入れることに成功した。


「思ったより慌ててないな。」


「…正直なところ、今更って感じでありますね。」


「違いない。」


素焼きのカップに入った湯気の立つ香茶を差し出しながら、感想を述べる。

実際のところ私自身もすでに何人か斬っているし、我がユグニ塩湖あたりでは「公国」も「帝国」もお互いに斥候を差し向けつつ遭遇戦を繰り返している。

本当に今更改めて「戦争」だと言われてもピンとこないのだ。


「…とは言え、正式に宣戦となれば私達獣人族(ライカーン)傭兵は契約に従い公国から退去することになる。」


「…大問題ですね。それ。」


「もう少しお前を鍛えてやりたかったが、そうもいかんようだ。」


「…退去の節は旅路が平穏でありますようお祈りします。」


「追っ手がかかるというのも珍しい事じゃない。願わくばその追っ手にお前が混じってない事を祈るよ。」


「私も分隊長に斬られたくありませんね。」


もう少しだけ時間がある。香茶を飲み干したら武具屋を覗いてみよう。戦争になったら必要なものが必要な時に無いのが当たり前の事。なら最低限の備えはしておけ。なに、金ならば、この前の戦利品を換金すれば良い。生き残る訓練はしてやったが生きていく為の教育はしてなかったから、この際に覚えとけ。必ず必要になる。


そう言って笑うラウラ分隊長の顔はちょっと寂しげだった。きっと彼女には将来(さき)のことが見えていたのだろう。傭兵は風と匂いを読まねば立ちいかぬ。と、よく口にしていた。その顔を見る私は本当に祈りたくなった。何処のどんな神様に祈ればいいのかわからなかったので、とりあえず腰の刀に祈ることにした。




翌朝、連打される鐘の音で目が覚めた。昨日の朝は静寂と活気が同居していた街が今朝は雑然と不安でざわめいていた。無理もない。ここは軍都ではあっても兵営ではないし、そもそも兵士が安穏と快楽を貪る街なのだ。兵営での日常は此処での非日常、夜こそ長いこの街の住民が朝も早くから軍のしきたりで起こされることなどあるべきことではない。


「…決まったみたいだね。」


背後の寝台からラウラ分隊長の気怠げな、不満げな声がした。


連打される鐘の音は、この3ヶ月の間で度々聞かされた。この街ではなく真っ白な大地の片隅に立つ兵営で。「起きろや起きろ。起きなきゃケツを蹴飛ばすぞ」と鳴らされる鐘、戦闘配置につけの合図の鐘。朝の紫青に染まった街路を鐘を鳴らしながら軍衣の一団が走っていく。


「現刻この布告を聞く兵士は中央広場に参集すべし。そこが戦闘配置である。急げ急げ!一刻のちに領主様よりの声を拝聴せよ!軍命である!レルゲンに滞在する全ての兵士は中央広場に参集せよ!」


と声を上げて鐘を鳴らして去っていく。騒がしいことこの上なし。街中を叩き起こし賑やかしく兵を集めて回ることに何ほどの価値があるのか?分隊長殿の予言通りだとしても街中はおろか、はるか国境の向こうに届くほどに騒ぐのは如何なものか。


「とりあえず朝食にしよう。」


「…いいんですか?」


「ここから広場まで四半刻もかからない。朝食に半刻かけても罰は当たらんよ。それに勿体ないじゃないか。せっかく買い込んだ豪勢な食事なんだ。」


「屋台の食事でも、いつもの麦粥よりよほど豪勢ですもんね。」


「そういうことだ。…それに…まぁ身も拭っておきたい。」


「…重要案件ですね。」


ひとまずは身繕いをして、窓を開けて換気しよう。もとより冷めても美味いモノを見繕って買い込んだ豪勢な糧食を無駄にもしない。朝から熱い黒茶を飲んで、白くて柔らかなパンを味わい、干し肉ではない肉をかじり、いつ食べたかも忘れるほどお目にかかれない新鮮な野菜を頬ばろう。わずか半刻の間、もうほんの少しぐらいは兵士の非日常を楽しんでも構わないだろう。




最前線の城塞都市だけあってレルゲンの中央広場は広い。が、その広い敷地を埋め尽くすのが茶色と黒、そして灰色の軍衣。茶色は長槍歩兵、黒は盾持ちの重装歩兵で、初見である灰色はレルゲン城塞都市の歩兵だそうだ。そんな中で私達の白い軍衣は一際目立つものなので大隊長との合流はすぐにかなった。今はもっともらしい顔をしてゼルナー大隊長殿の背後に立つだけのお仕事をこなす。


対面には茶色と黒と灰色の軍勢が並び、それぞれ身じろぎするたびにガチャリガチャリと金属音が重なっていく。ひそひそと囁く声も数が揃えば潮騒にも似たうねりを持つ。緊張と諦念と怠惰が、酒精の匂いにのって広場を包んでいる。まぁ有り体に言って士気は低い。何しろ此処に集まっているのは、ほとんどが戦奴隷なのだ。


戦意と誇りに満ち、目前の兵達に蔑みの視線を投げているのは広場のこちら側に居る100を少し越えるばかりの「公国軍」の諸兄ばかりである。かつては確かに国境警備軍とは愛国心と志に燃える精鋭軍団であったのだろう。それからとうに200年。借金と拉致と誓約に縛られた痩せ犬になにほどのことが出来ようか。訳もわからず召喚されたばかりの頃には「恐怖」の対象であった兵士の群れも、今となっては自分の事を棚に上げて憐憫すら湧いてくる。賭けてもいいが、広場のこちら側に立ち、先陣の誉れよと麗句を並べる彼らの中で実戦経験のあるものは居ないだろう。


私の心中の不満を読んだわけでも無いだろうが、大隊長は苦虫を噛み潰したような横顔から、我が上司たるラウラ分隊長に「兵営に戻り次第、適当に引き継ぎをせよ」と今後の方針をささやき伝えている。軍事にあって「適当」とは「適切に判断し、事に当たれ」という意味である。ラウラ分隊長に「引き継ぎ」を指示するということは間違いなく「開戦」が決定したのだろう。この軍を前にして開戦を決意するとは、領主様もいと尊き公王陛下も私には見えない大局が見えているに違いない。


すぐ隣で上気し高揚した口調で己が武勇を夢想する「公国軍」諸兄の姿に脱糞した後のような脱力感と吐き気すら覚える。彼らのうちのどれほどが鉄錆めいた血の香りと、こぼれ落ちる臓物を知っているのか。名誉だ誇りだに酔うのは勝手だが、彼らの酔った先にあるのは赤黒く変色した大地だけだと知っているのか。



クソったれ。あぁクソったれ。クソったれ。














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