戦争犬の勉強その3
母の介護をしていました。久々の投稿です。よろしくお願いします。
2ヶ月が過ぎた。
私を含んで12人の番号達がこの駐屯地に連れてこられて2ヶ月。幸いにしてあれから数は減ってない。それも今日までのこと。明日には私をのぞく11人が国境沿いの第1大隊に異動する。私は相変わらず第3大隊本部付き小隊第4分隊のままだった。
これには色々理由があるのだろうが、一番の理由は私が「魔刃使い」になったことだろう。単独での戦闘能力が高い「魔刃使い」を前線の戦列に加えるよりは単独での運用に投入する方が、費用対効果といった意味でお得なのだ。
そんなわけで私はラウラ分隊長の指導の下、追跡・索敵・隠密行動の初歩を学び始めた。斥候兵としての訓練である。「魔力配分」によって「隙間」を埋められ底上げされた私の身体能力が獣人族に劣るものの、人族としては高い水準までには向上したからだ。
あの「水汲み襲撃事件」の際の言葉通り、分隊長は自慢の一振りの打刀を渡してくれた。ラウラ分隊長の御祖父の作だそうだ。
黒鈍色の刀身の重ねは厚く、直刃暗紅色の刃紋が浮き、緋色の刃金が凛とした光を放ち、その刃渡りは75cmばかり。反りは少なめ、ただの楕円形の飾り気のない鍔ときつく巻かれた黒革の柄、艶消しの真っ黒い鞘。
「皮金は黒鋼、刃金は緋色神威。神威鋼に、より重く硬い暗紅色の冥鋼を混ぜてこの鮮やかな緋色を出し、より斬れ味を高めた刃金だな。冥鋼は魔力を貯めこみ、密度を高めようとする性質がある。非常に希少な鋼だよ。」
「…とても高価そうな刀ですが…」
「まぁお祖父様の道楽で打った刀らしいがな。初孫が女の子だから赤いのがいいだろうって打ったと聞いている。」
「大事なモノじゃないですか!」
「私は冥鋼刃金の刀を打ってもらったから、そいつは使ってない。安心しろ。」
「でも、こう誕生祝いに作られた刀とか…すごく安心できないです。」
「ふむ。そいつはお祖父様も失敗だったって言ってるモノだよ。」
「失敗⁉︎どこらへんがですか!」
「3歳の私が初めてそれを見て「血塗れだ〜」って泣いたからだな。」
いざという時に売り捌いて金にするつもりで魔道具袋に突っ込んどいたシロモノだし、魔力を吸う性質だからお前の魔刃の練習にちょうどいいはずだ。気遣い溢れる師匠の思いやりだ。特別にくれてやるから、ありがたく感謝して使え。
そんなふうに漢前な笑みを浮かべて手渡された刀はズッシリと重くほのかに暖かい一振りだった。
あの「水汲み襲撃事件」以来、私は分隊長殿の命に従い「魔力を熾す」ことを続けてきた。「カーッとしてガーッと」この身の魔素を燃やしてたわけだ。魔素を枯らして衰弱死という羽目にはならなかったのは幸いなことだった。衰弱死するかもと脅されながらも「熾す」ことで、魔力が「隙間」を埋めて身体能力が上がっていくのを実感できたから続けられたのだ。でなけりゃやってられない。
とはいえ魔力を身体に貯め込む事はできても「身体中に巡らす」というのは難しく、壁にぶち当たった気分で只々「魔力」という熱量を貯め込むばかりだった。そんなタイミングで渡された美しい刀は私の気分を高揚させるもので思わず「分隊長、愛してます。」と口走るほどに喜んだものだった。
正直、自分でもなんとチョロいのか…と感じなくもない。
その刀に慣れるべく毎日振り続け、型を繰り返すうちに、ただ生み出され蓄積され淀んでいた私の魔力は刀に吸収されていく事で流れを生み、その生じた流れは淀んでいた熱をかき混ぜ方向性を与え、身体の中で魔力の循環を形成した。越えてしまえばなんと呆気ないものか。ただ一振りの刀を持つだけで、これまで知らなかった魔力というものが自覚できるのだから恐ろしいやら呆れるやらの複雑な心境。少なくともあっちの世界にはなかった「魔力」という概念が理解できたというのは衝撃的な出来事だった。同じ衝撃でも「人を斬る」というモノに比べれば格段に健全なものであろう。
「刀を含めて身体中」を巡る魔力を感じられるようになれば、あとは勝手に魔力配分がなされ、刀には「魔刃」が宿る。言ってみれば身体はバッテリー、魔力は電流、持ってる刀は電動チェーンソウだと思い込む。
分隊長によれば、抜刀した瞬間から魔刃を垂れ流しているのが大いに気にいらないらしいが、体内を巡る魔力の制御ができるようになるには慣れが必要だから目をつぶろうと言うのが、水汲み襲撃事件からの1ヶ月だった。
同時に斥候としての訓練が始まり、今の私は打刀と戦利品の短剣を武装として帯びている。大刀と防具たる籠手と脛当ては取り上げられた。嵩張らず、身軽で、音がしないためにだ。代わりに鎖帷子を着込み、軍衣も右腕と左足が黒の染分けになった。これに加えて装備ベルトは白革になり、サスペンダーは黒革のモノ。
金具は黒鋼で仕立てられ光の反射を抑えている。おおよその外観は歩くチェス盤の如しである。
どちらかといえばチェスの駒なのに。
このやや歪な市松模様の外見は別に傾奇者になったわけではなく、塩湖の風景に溶け込むための迷彩服だ。
白い塩原と枯溝が作り出す影の黒。非対称な塗り分けは人型を感じとらせないための工夫であり、生存率を高めんとする意思の現れ。少なくとも19世紀までの地球の軍隊よりは兵隊に良心的ではある。拉致誘拐した戦奴隷ではあるにしても。
分隊長殿は誇りに思えと仰せられる。『番号犬』が2ヶ月で斥候兵になるのは素直に喜んで良い。普通はそれまでに死ぬから。私の素晴らしい教育でこの短期間に「魔刃使い」に成長させてもらったことに感謝しろ。具体的には猪の半身ぐらいの形にするがいい。尻尾の先っぽがクルクルしてるのでご機嫌は麗しいようだ。
「そもそも斥候ってのは「なるべく」生きて帰ってくるのが仕事だ。」
「必ず生きて情報を持って帰ってくるもんじゃないんですか?」
「ある場所へ放った斥候が帰ってこなけりゃ、そこに何かあると判るだろう。
生きて帰って情報をもたらせば良し、死んでもある程度良しだな。1番ろくでもないのがガセを掴んで帰ってくるやつだな。」
「ガセを掴んで…?」
「カカシの数を数えて中隊規模の敵を確認とか…たまにあるんだよ。」
遠見筒の中で逆さに歩く兵士を見ながら、私はそんな分隊長の講義を拝聴する。
遠見筒とは要するに望遠鏡である。ただ2枚のレンズを金属の筒の両端にはめたものではあるが馬鹿にしたものではない。もちろん私たちは枯溝にしゃがみこみ、頭上には白麻の天幕をかぶって潜んでいる。もう3日ほどになるだろうか。
メモはとらない。万一捕まった時に「何を探っていた」のかがバレないためだ。
私は3日間を、この深さ1mにもならない溝の中に潜んで自分の頭の中に見聞きしたことを刻み込んでいくことに費やしている。匂いがしないように火も起こさずクラッカーと干し肉をかじり、夜の冷え込みは分隊長と身を寄せ合ってしのぎ、排泄は20mほど離れたとこまで這い進み済ませる。文字通りの命がけ。素敵に無敵な美人上司と2人っきりであろうとも妙な気分になりなどしない。
「この前の小人族のアレが典型的な斥候部隊だな。奴らはあそこで水汲み馬車の監視をしていたわけだ。」
「今の私らの6倍人数がいましたけど?」
「4交代で3人づつだから、それほど差はないだろう?」
「あぁ。たしかに…」
「塩湖では体力の消耗が激しい。いかにして兵を休ませるかが大事なんだよ。」
「…じゃ私らは働きすぎじゃないですか?」
「教育だよ。訓練と努力は自分を裏切らないもんだ。」
ラウラ分隊長殿は澄ました顔で付け加える。そもそもこれは作戦行動じゃない。単なる訓練なのだから自分の限界まで挑んで当然だろう。と
私達が今、監視しているのは帝国軍の信号中継所の1つである。切り出した四角い塩の塊をぐるりと巡らせ、その中央に4mほどの櫓を組んだ施設だった。その櫓の周りに大きなテントが3つ、小さなテントが1つ、天幕の下に木箱と樽が積んであり、36人の兵士がいる。1日6回、櫓の上で信号の旗や光が掲げられる。信号の色は白。当番は4交代制で9人が活動し、残りは昼間は風通しのいい天幕の下で食事をしたりゲームに興じたり昼寝して夜はテントでご就寝である。
「これで補給が何日ごとなのか…わかれば文句なしなんですけどね…」
「なに。少なくとも3日分以上の備蓄はあるってわかったんだ。訓練の成果だと思えば上出来だよ。」
「そういうもんですかね。」
「希望的観測はしない。わかった事、わからなかった事は等しく価値がある。事実だけを持ち帰る事だ。お前の推測は誰の益にならないと覚えとくように。」
麗しの上司様からのありがたいお言葉をいただいたところで偵察訓練は終了。
続けての課題として「痕跡の抹消と撤収」へと相成った。本物の犬だったら尻尾で払って足跡を消すこともできるのかもしれないが、あいにくとこの身はヒト族のもの。ブーツに大きな布袋をかぶせて足跡が残らぬよう静々と離脱する。
明日の夜にはホクホクの蒸し芋と肉団子入りの熱々スープにありつける。ザワークラウトの酸味も疲れた体に染み込むに違いない。口の中に唾液が湧いてくる。あぁ営庭に着いたら干し肉を炙って食うのもいいな。ぜひそうしよう。ちょっと贅沢に頭から水筒の水をかぶって塩気を拭うのもせねばならない。
「ーー⁉︎」
気がついたら、目の前が地面だった。
背筋に怖気が走る。背中が痛い。背後から矢を射かけられたか、斧でも叩き込まれたか!肺の空気が全部出て呼吸もできない。噴き出す冷や汗にまみれて背後を振り返れば…肉食獣の笑みを浮かべて分隊長殿が私の背中を踏んづけていた。
「浮かれてるんじゃないよ。このタイミングが一番警戒心が薄くなる。」
「……!」
「よかったな。背後にいたのが私で。お前は実に運がいい」
そう仰る分隊長殿の尻尾がクルンクルンしている。目の前の獲物をどうしてやろうかというサインに他ならない。
自業自得ではあろうが、いささか理不尽にも思う。だけれども、ここに来てからの様々な理不尽に比べれば可愛いレベルと言ってもいいだろう。なぜなら目前の理不尽は私が生きていく上で必要な成長を促すものであり苦くはないからだ。
いつのまにか兵営の食事に慣れています。書いてる作者本人が謎肉団子が気になってます