おっさんは家出する
俺は怒った。もう散々だ、家出してやる。みんなが俺をコケにする。超エリートの勇者の末裔である俺様を差し置いて村人風情如きに美人の嫁さんと子供がいて、しかも嫁さんと村人は相思相愛と来た。二人して俺のことを内心見下しているに違いない。
「俺はもう許さんぞ。全員血祭にしてやる。」
金が無いと知り向こうから言い寄ってきたくせに俺を捨てた女ども、俺をこき使う豚男爵、手のひら返しで俺を慕っていたくせに社交場で俺を嘲笑したかつての子分、ぶっ殺してやりたい奴はたくさんいる。
だが、俺が彼らを断罪した場合には、足がつきそうだ。この優れた容姿に洗練された剣術、そのどれもが俺が犯人であるということを指し示す。美しさは罪といったところだろうか。
「いっそ、誰かにこの世界を滅ぼしてもらいたい。」
かつてのご先祖様のように乱世の時代であるならば、俺はこの剣の腕を振るって、力ずくで気に食わない奴らをぶち殺していけるはずだ。なのに、この時代に生まれてしまったために、好き放題暴れてハーレムを形成して成り上がることもできない。
というのも、この国では一夫一妻制を導入しているからだ。これはご先祖様の勇者が導入したことである。自分が調子に乗って好き放題子供を孕ませた挙句に、腹違いの子供の間で殺し合いが起きてしまったので、国の法律で一夫多妻制を廃止したのだ。
金もなく、人望もなく、地位もない。このまま生きていても俺には未来がない。豚男爵の悪事が明るみとなれば、俺もまた騎士を殺したことから処刑されることになる。いや、下手するとすべての罪を俺に擦りつけて、俺だけ断罪されることも考えられる。
絵本の世界のような大魔王さえいてくれたら、俺はそいつを倒すことで英雄となり、姫様を娶って、次期国王にだってなれるはずだ。俺のご先祖様は平民であったため、伯爵の爵位を得るにとどまったが、貴族である俺が魔王を下した場合には国王の座が待っているはずだ。そうすれば、権力を使って次々と俺に歯向かった屑どもを粛清することができる。
運が良いことに、国王には一人娘しかおらず、しかもその娘は自分で相手を見つけると断言しているそうだ。イケメン・高身長・ハイスペックな俺に例えば魔王を倒したという肩書があれば、必ず彼女の目に留まり、向こうから俺に求婚してくるはずだ。
魔王さえいてくれたら、万事解決である。
「そうだ、魔王を復活させればいいんだ。」
そういえば家の屋敷の裏庭に確か魔王が封印されている祠があったはずだ。子供の頃に封印を解こうと祠を破壊しようとしたことがあったが、両親に見つかって失敗した。あの時は俺の両親が悪鬼の如くブチきれて、反省した俺はそれ以来あの祠に近寄らないようにした。
まあ、俺はもう子供じゃないし、いくらなんでも家のすぐ近くに封印されているとは思わない。学校の教科書には標高5000メートルの険しいドラゴンマウンテンの火口の中に魔王が封印されているとしている。
「さすがにドラゴンマウンテンは無理だわ。」
あの山には四魔竜と呼ばれる四体の強大なドラゴンがしのぎを削っており、火口にたどり着くには四魔竜は避けては通れない。
ダメ元であるが、家の裏庭にある祠を破壊して魔王には復活してもらおう。
「善は急げだ。」
家出を決心したはずなのに、とりあえず家に一旦、帰ることになった。
◇◇◇
家の玄関は通らずに直接裏庭に向かった。そして、祠を見つけた俺はすぐさま伝説の剣を頭上に掲げ、祠を破壊し始めた。
壊している間に悪いことをしているという罪悪感と楽しいという気持ちが混ざりあい、いい大人が何をやっているのだろうと思ってしまった。
祠を粉々にした俺は虚しくなった。先祖が作った祠を破壊し、自分が物に当たる惨めな人間になってしまった不甲斐なさに涙がこぼれた。
殺らなくては殺られていたとはいえ、俺は何人も殺してしまったし、死んだら地獄に堕ちると分かっている。そして、自分が英雄になれないなことも知っている。もう、子供ではないのだから。
「終わりにしよう。」
あの豚男爵とその家族を皆殺しにして、全てを終わらせるのだ。俺の代で一族は終わりだが、仕方ないじゃないか。妹には悪いと思うが、学校に通っているだけのあいつに批難される筋合いはない。俺だけが手を汚しているのに、あいつだけ綺麗なままでは不公平だ。
俺は固く決意した。もう、誰も止められない。
◇◇◇
「くくくくく」
本当にあれはよく使える駒だ。通常は数十人は必要なオークの集落の討伐もあいつ一人で達成してくれる。奴がいなければここまでの組織にはならなかっただろう。
あいつが王国の精鋭騎士を返り討ちにした時は舌を巻いた。盗賊団の用心棒を奴がやっていたときに調度、騎士団が襲撃していたが、返り討ちにしたのだ。そして、盗賊団のボスの命を救ったおかげで、俺の会社はさらに飛躍することになった。
あいつにボーナスでも今度やろうかな?最近、奴の顔つきが反抗的だが、金をやれば尻尾を振るだろう。所詮はあの父親の息子。小物にすぎんのだからな。
「あああああ!」
外から悲鳴が聞こえる。尋常な事態ではない。
「何だ!何があった?」
ドアを開けてみると、俺の妻と息子の首が並べられていた。
「おお!豚男爵殿!どうされたのです?書斎で待っていても良かったのに。」
そこに立っていたのは満面の笑みで血の滴る剣を握るカイルであった。
奴は剣で私の腕を切り落とした。
奴は剣で私の足を切り落とした。
最後に、奴は私の首を落とした。