爆発しろ
株式会社「グリーンイリミネーターズ」はこの町のギルド庁舎のすぐ隣にあり、モンスター討伐の専門家が数多く在籍している。株式という制度を初めてこの世界に導入したご先祖様はそれまでギルドの専売特許だったモンスター討伐の依頼をより低い価格で、組織的にかつ迅速にモンスターを狩ることで、地位を確立した。
現在は冒険者の中でも厳選された人材が在籍しており、ギルドとは異なる人脈から依頼を持ってくることで差別化している。
黒い噂も絶えない組織であり、豚男爵が長い時間をかけて盗賊団や暗殺ギルドとのパイプを作り、裏社会に人材を斡旋している。まあ、裏社会に関する仕事をするのはこの会社でもほんの一握りではあるが。
俺はその悪の組織に所属しており、最近では盗賊団の用心棒を引き受け、彼らにとってのモンスターである騎士団を駆除することもある。
「この人殺し!」と彼らは夢の中で俺を責め立てる。
本当に人を殺すつもりはなかった。気づいたら俺は人殺しになっていた。殺らなければこっちが殺られる。モンスター討伐の依頼だと信じて向かった先であちらから襲撃してきたので、やむを得なかった。
俺はここから逃げ出したい。だが、俺が働かなくては俺の妹が奴隷商に売り飛ばされる。俺よりも一回りは小さい妹は16歳。容姿端麗ではあるが、やはり借金のある家では誰も貰い手がいない。そして、剣術を嗜み、兄である俺も舌を巻く腕前である。あれ、逃げても大丈夫な気がしてきた。
「ふぅ、疲れた。」
今日は騎士というモンスターを俺は殺してきた。命懸けの殺しあいは慣れないな。
町に帰る途中で、無意識の間に小さい頃によく遊んだ村を通った。
この村は家の屋敷から歩いて30分ほどの位置にある。そして、町からも歩いて一時間ほどの位置にあり、立地としてそこまで悪くない。
ここによく通った理由は俺の初恋相手がこの村に住んでいるからである。彼女に昔はよく会いに行ったな。彼女は俺に惚れていたはずだ。もう人妻になっているかもしれんが、俺はイケメンだし、頼めば童貞を卒業させてくれるはずだ。
(楽しみだぜ)
そういえば、この村には同じく彼女に惚れていた小僧もいたな。まあ、俺の敵ではなかったがな。
「おーい。カイルじゃないか。」
物思いに耽っていると村人が俺に話しかけてきた。茶髪のどこにでもいそうな平凡顔である。誰だっけ?
「誰だ、貴様。」
「やっぱり、カイルだ。相変わらず男前だな。声もカッコいいし、毎回、「誰だ、貴様」って言ってくるのはカイルだけだからな。久し振りだな。最後に会ったのは12年前だったかな。」
学校で可愛い女の子に目移りした俺はこの村に来なくなった。そして、その後は会社が乗っ取られたことから社畜として休みがなく、この村には来ることがなかった。
「そういえば、ジェーンは元気にしてるか?」
嫁いでいなくなったかもしれないが、こいつに聞いておくか。
「ああ、すごい元気だぞ。俺は完全に尻に敷かれているしな。時間があるなら家に来るか?女房と俺の子供を紹介したいしな。」
女房と子供。そこから、ジェーンがこの平凡な村人に寝取られていたことを知った。まあ、俺がいなくなり、傷心の彼女に付け入ったに違いない。こいつは屑だな。
「ほほう、二人がそんな仲になっていたとは。いつ頃からなんだ?」
「ん?女房と恋人になったのは今から14年前からで、結婚したのは10年前だな。今は子供は三人いて、今は四人目を妊娠しているところだな。」
14年前は俺はまだ村に通っていたじゃないか。その頃から付き合っていただと?あり得ない。この平凡顔の男と王都に行っても見栄えのする俺だったら俺が選ばれるはずだ。ジェーンは美人だったし、どう考えてもこいつと釣り合いが取れているとは思えない。
「随分と良い嫁を貰ったな。」
まあ、子供を何人も産んでいるし、今では劣化しているだろうから、少し高みの見物だな。
「ジェーンは別嬪だし、俺には過ぎた嫁だ。でも、俺は彼女を誰よりも愛していると言える。」
ふん。贔屓目があるだろうに、恋とは恐ろしいな。
俺の運命がこの5分後に大きく動くことになるとはまだ知らなかった。そして、俺が人生でここまでの敗北を味わうことになるとは思いもしなかった。
しばらく村の中を歩き、屋敷と比べるとショボい一戸建ての前に俺は立っていた。
村人はドアを開けて家に入った。
「ただいま」
「お帰りなさい。あら、後ろの方はどなた?」
そこにいたのはそこらの貴族の令嬢では相手にならないレベルの美人だった。お腹が少し出ているが、それは妊娠しているからであり、そこを差し引いてもかなりのナイスバディだ。
例えば、豚男爵の正妻なんかは人間よりも豚に近い容貌である。
「あ、あ」
「思い出したわ!カイルね。久し振りね。」
いつもそうだ。彼女を前にすると上手く話せなくなる。
「おいおい。浮気はダメだぜ、ハニー。」
こいつはカッコつけてんのか?鏡を見ろ。気色悪いぞ。
「うふふふ。嫉妬しているの?貴方?」
(おいおい、俺がいるのを忘れるなよ)
気づいたら俺を置いて二人の世界に入っていた。目の前でキスしやがって。爆発しろ。
「「「パパ~おかえりなさい!」」」
「ただいま!」
三人の天使が村人に抱きついた。全員、母親に似て、可愛らしい顔だ。俺は子供が特段好きではないが、自然と頬が緩んでしまう。そして、この子たちが自分の子供だったらなと思ってしまった。
家族が抱き合っているのを眺める俺はひどく打ちのめされた。完璧なまでに負けた。
「今日はそういえば急ぎの用事があるから帰る。元気でな。」
無理やり笑顔を作って、俺はドアを出た。
「また来いよ!」
「さよなら!」
「「「バイバイ!」」」
俺はもう消えたい。