プロローグ
「ひいいいいいい」
緑色の化け物が恐怖で震えている。無理もない。この国最強の剣士が目の前にいるのだから。
「死ね」
伝説の剣が振り下ろされる。頭蓋骨が音を立てて陥没し、緑色の怪物はその命を失う。いつも通り切れ味の悪い伝説の剣を振り下ろし、魔物を駆除していく。それが、勇者である俺の役目だ。
魔物を盗伐し、依頼を完了したら報告をする。
「今日の稼ぎは銅貨3枚だな。ありがたく思え。」
どっぷりと太った豚からゴブリンの駆除報酬で銅貨3枚(1500円相当)が支給される。随分と薄給だ。これには理由があり、仕方のないことではあるが、全く俺は納得していない。
通常、ゴブリンの巣の駆除の討伐報酬は銅貨30枚が相場だが、俺の場合は手数料で9割差し引かれており、1割しかもらえない。
俺の敬愛するくそ親父が友人の借金の連帯保証人になってその友人に夜逃げされた挙げ句に、借金が返済できず土地を取られ、さらには一族の会社を乗っ取られたことから、俺の社畜人生が始まったのだ。
「ふざけんな」
いつも俺の携わらないところで物事が決められている。俺の生きる場所、将来の夢、恋人、その全てがいつの間にかいなくなった。
俺には何も無い。容姿端麗で卓越した剣術を誇るが、借金のある俺の後には誰も続かないのだ。
100年前に勇者だったご先祖様が伯爵の位を与えられ、栄華を極めたが、俺の父親の代で全てが失われてしまった。
俺の現在勤めている株式会社「グリーン・イリミネーター」は創立100周年を迎える勇者一族経営の由緒ある会社だった。だが、今は買収されてしまいオークに勝るとも劣らない見た目の豚男爵にこき使われる日々が続いている。
「おい、女男。なんだその反抗的な面は。調子に乗んなよ!」
無意識の内に反抗的な態度を表面に出してしまったらしい。怒ったご主人さまが俺の頬を灰皿で殴りつけた。まあ、この程度のことは慣れている。
「申し訳ございませんでした。」
「ふん、貴様の報酬は差し引いておく。それと、今日帰った後の貴様の飯は抜きだ。」
伯爵家には立派な邸宅があったが、今の主は豚男爵である。見栄を張りたい父上殿はこの邸宅から離れるのを拒み、その結果、俺が召使としてこの家で働くことになったのだ。まあ、既に家が没落貴族であることを知らない貴族は国内に存在しない。
昼はモンスターの盗伐をし、朝と夜は召使として働くのが俺の日々のルーティンだ。ここ最近は睡眠時間もあまり取っておらず、疲労だけが溜まる。
毎日のように言いがかりで怒鳴られる。形式的には身分において俺の家の方が上であるが、豚男爵には借金があるため、実質的にはこの成り上がりの豚の方が地位は上である。
かつては家に仕えてくれていた豚どもであるが、力関係が逆転して今ではこいつらの召使として俺は働いている。家畜と主人の地位が入れ替わるとは、なかなかに皮肉なことである。
「はい、かしこまりました。」
俺に未来はない。この平和な時代に俺の剣術はクソの役にも立たないし、金の無い俺にはきれいなお姉さんと結婚する機会も訪れない。学生時代はモテモテで色んな女の子から黄色い声援を浴びていたが、貴族の学校であったので婚前交渉をすることを相手が許してくれなかったので、俺はいまだに童貞である。
カイル・ギフティア(28歳)、既に身体は全盛期を過ぎ、哀愁の漂うおっさんになりつつある男である。