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桃太郎

歓迎会から一週間が経過した。時刻は二十時頃で、俺は夕食を食べ終わると自分の部屋に戻った。寝るには早すぎる時刻なので、俺はオススメされたアニメを見ることにした。


 パソコンを起動させ、アニメをサイトで調べている途中に急に眩暈が起こった。熱を出した時に眩暈は体験したことがあるが、今起こっている眩暈はそれよりかなり強い眩暈で、今まで体験したことが無いほどだった。


 テーブルに両手を置き、眩暈を耐える俺の視界はぼやけており、世界が歪んで見えるほどだった。だが、突然、目の前に俺が通っている学校の光景が流れた。そして急に部室の光景に移り、謎に扉が光輝いている光景に変わった。


 そこで、光景は終わり、先ほどまでの眩暈が嘘のように無くなり、十秒ほどで普段とあまり変わりが無いほどまでになった。それと同時に携帯が鳴った。

 

 ボランティア部のグループに立花先輩が「至急部室に集合!」と送られていた。直ぐに返事をして、家を出て学校に向かった。説明など全く必要なく、先ほど起こった眩暈は、物語の世界に行ける合図なのだろう。


 立花先輩が、行ける時になると多少違和感が起こると言っていたのを思い出した。先ほどの眩暈は多少の騒ぎではなかったが、非現実な世界に行くのだから仕方ないと納得した。


 十分程度で学校に到着すると、急いで部室に向かう。夜の学校は雰囲気が出て怖い……訳もなく、普通に電気が付いている廊下を歩き、部室の前に来た。


 部室の電気は付いていないので、一応持ってきていた合鍵で扉を開けて中に入る。その瞬間、テーブルの上から赤い光が点り、声が聞こえてきた。


「我の世界に入り込むのは誰だ?誰の許可を取って、我の世界に入り込んだのだ……貴様、我が漆黒の炎を操る者と理解して入り込んだのか??くくく、ならば、貴様を我の炎で燃やし尽くしてやろう……」


「お、早いな柊。居るんだったら鍵閉めずに開けておいてくれよ」


「くくく、貴様口の利き方を知らないようだな……ならば死ぬが良い、この私の魔法で燃やし尽くしてやろう。エクスプロージョン!!」


「これが、扉か……昼休みや放課後見るのとは少し形が違うな……柊はどう思う??」


「……知らないもん」


 柊の中二病を全てスルーした俺は、少し涙声で答える柊の横を通り過ぎ、部屋の灯りをつけた。そこには、私服の柊がいつも使っているマントを纏って、足を組み、椅子に座っていた。きっと誰かが来るまでその体勢で居たのだろう。


「ところで、早いな。柊の家、俺より遠いよな??」


「……知らないもん」


「スルーして悪かった!次はスルーしないから、な?」


 瞳に少し涙を溜めている柊を見て、先ほどスルーしたことを後悔した。どんな風に対応すればいいか分からないが、少しぐらい聞いてやるべきだった。


「わかったのだ……くくく、我ほどの存在は瞬間移動など簡単に行える……人間の貴様では到底出来るはずもないがな。ハッハッハッ!!」


「ふふふ、甘いぞ。いつから我が人間だと勘違いしていた??」


「な、なんだと……まさか貴様!!」


 先ほどスルーした罪悪感が残っているので、今回は乗ることにした。今は柊以外誰も居ないので、たまには柊と同じ世界で会話するのも悪くないだろう。


「我は誰だと心得る。この宇宙の遥か先に存在している大惑星……その惑星を支配している偉大なる王……我の名はシナプス!!」


「シナプスだと!?だが、我に勝てる気なのか??くくく、その判断が貴様を屍に変えるだろう....」


「屍に変わるのはどちらだろうな……我の力を知れば直ぐに貴様は地に平伏すことになる!貴様が泣いて我に懇願するところが目に浮かぶ!!」


 俺は一体何をやっているのだろう?そんな気分になりながらも俺が言える痛い言葉を最大限繋げて行く。柊以外の他の人に聞かれたら恥ずかしくて顔を合わすことは出来ないだろう。


「くくく、では見せてもらおうか!貴様の力!!!我が本気を出すに相応しいか試させてもらう!!」


 そんな俺の気持ちに全く気が付いていないであろう柊は、マントを自分でなびかせ、ドヤ顔で両手を胸で合わせて、目を閉じた。


「万物、あらゆる物を燃やし尽くす焔よ。今、我すらも焦がし続ける焔、我の力持ちて、共に全ての物を燃やし尽くそう。燃やし、灰燼化すその瞬間まで共に我もあなたの焔で包み、燃やし尽くしてくれ。我の胸に宿る邪悪な者全て、そして、我の体巻き込んで全て燃やし尽くせ。さぞすれば、我もお前も灰燼と化すであろう。その時、我らの望みはかなえられるのだ!」


 詠唱??だろうか。柊は言い終わると同時に目を見開き、再び自分でマントをなびかせながら両手を俺の方に向ける。


新世界ハイパーノヴァ・世界を(ワールド)燼と(レーヴァ激痛テインの剣!!!!!」


 部室中に響き渡る声で技名を告げる柊。何を言っているのか良く分からないし、全然カッコいい訳でもない。だが、普段から考えているだけあって、それっぽく聞こえる。


 当然、罪悪感で乗った俺にそんな詠唱まで即興で求めるのは無理がある……だが楽しそうな柊の笑顔を見ていると、ここで急に素に戻るのも可愛そうなので、今俺が出来る最大限は一つだった。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 あんだけ強敵のような言葉を言っておいて、簡単にやられるということだった。当然、柊は詠唱を俺にも求めていただろうが、そんなこと出来る訳もなく、これが一番良いと判断した。


「惑星を支配している我を一撃で倒すとは……覚えておくがいい。貴様は我……シナプスを倒したのだ。この先、我より更なる強大な敵に出会うだろう……だが貴様ならあいつを倒せるかもしれないな……」


「当たり前だ。我より強い者など存在しない!くくく、貴様もまだまだ我の前では赤子同然だったな」


「このシナプス……死してなお、貴様の存在を忘れないとここに誓おう……」


 俺は最後の台詞を言うと地面に倒れた。ここまでやれば大丈夫だろうと立ち上がると、先ほどまで居なかった彩と静奈先輩、立花先輩が冷たい目で見ていた。


「私は残念だよ……まさか航が不治の病を患ってるなんて……」


「星野君は中二病なのに隠していたのね!」


「航君……これからはシナプスって呼んだほうがいい??」


「やめてください……つい、ノリ過ぎたみたいいです……」


 あまりの恥ずかしさから顔を上げることが出来ない俺は床にうつぶせで倒れた。誰も居なかったのでつい、柊に合わせてしまったのが失敗だった。これほど恥ずかしい思いをしたのは始めてかもしれない。


 暫くはシナプスのネタで弄られることは確実だろう。もしかしたらこれからずっとシナプスで弄られると思うと、少し憂鬱な気分だった。


 だが、そんな思いと裏腹に軽快な足音で柊が近づいてくるのが音で分かったので、そちらに視線を向けると、倒れて居る俺に手を差し出して来た。


「先輩!すごく楽しかったのだ!詠唱もしてほしかったけど、私の中二病に合わせてくれたのは先輩が始めてなのだ!!だから家で一人でするより何倍も楽しかったのだ!ありがとうなのだ!」


満面の笑みを浮かべる柊の姿を見ていると、自分がした行動も意味があったと思えた。俺一人が恥かしい思いをするだけで、こうして笑ってくれる子が居るのであれば、それは嬉しいことだ。


「だからまた、暇な時でもいいから私の相手してくれると嬉しいのだ!シナプス!」


「その名前で呼ぶな!まぁ、暇な時だったらいいよ。俺も楽しかったし」


 柊に合わせてやったとは言え、やっている最中は楽しかった。何やっているのだろうと考えたが、終わってみると楽しかったと感じる……先ほど見せた柊の笑顔が余計にそう思わせた。


「星野君も中二病に目覚めるの巻き~それでいいかしら」


「ハッピーエンドだね♪」


「そういうことでいいですよ……」


 先輩達がまとめてくれたので、そろそろ本題に入るために俺は柊の手を取り、立ち上がる。彩から視線を感じたが、俺は気が付かないフリをして、物語の世界に行けるという扉に視線を向ける。


「それじゃ、物語の世界に行きましょうか。私と静奈以外は全員初めてになるはずだから聞いて欲しいわ」


 俺達三人は頷き、先輩の話を聞くために視線を向ける。物語の世界に行くに当たって大切な話があるのだろうと察する。間違えではないはずだ。


「まず、始めに物語の世界に入ると現実では時間が全く経過しなくなるわ。ようするに、戻ってきても現実では全く時間が変化していないから、時間のことは気にしなくても大丈夫よ。それと、もし物語の世界で怪我をした場合は現実に帰ってきても怪我をしたままになるわ。都合よく直ったりしないから絶対に無茶しないで。仮に、死に至ることがあれば……先は言わなくてもわかるわね??」


「くくくその場合我の黒魔術で皆、蘇生させてやろう」


「つかさ、今ふざける所じゃないから」


「ごめんなさい……」


 落ち込む柊を尻目に俺は考える。物語は誰にも選ぶことが出来ず、俺達が決めれる訳でもない。そうなれば危険な物語の世界に飛ばされる可能性は十分に考えられる。


 童話や神話をモチーフにした話や、もしかすると誰かの創作の世界に行かされる可能性も存在する。知っているような童話であれば、先の展開がある程度予想しやすくなるが、神話や創作の話になると正直何をすれば物語は完結するのかさえ、分からない可能性がある。そうなれば、厄介な事になるのは間違いないだろう。


 もし、確実に誰かが死ぬ世界であればそれはバットエンド以外の何者でもないが……その可能性は低いと考える。あの異世界に居た花恋かれんが物語りを決めるのであれば、その様な結末は考えずらい。なぜなら、俺の知っている花恋はハッピーエンドが大好きな女の子だったからだ。


 まだ、そうなると確証している訳ではないので伝えないが、その可能性は高いはずだ。非日常な世界に居た花恋が関係していないと考えるのは無理があるだろう。


(花恋……待ってろよ。必ずもう一度家族全員で暮らせる日を作るから……)


「行くわよ……」


 立花先輩は昼間と少し形が変化している扉に手をかざす。すると、扉が眩い光を放ち、甲高い音と同時に扉が開いていくのが見える。そして開き終わると、部室中に光が行き届き、光以外視界に映らなくなった。


 再び目を開くまでに何分経過してかは定かではないが、体感的に一分弱だろう。俺は目を開くと、目の前の光景にただ絶句した。


「…………」


 先輩二人は二度目になるため驚きは少なかったと思う。だが、俺達三人は始めてその扉の凄さを目の当たりにした。見慣れた部室に居た俺達は、どこかの森の中に居た。


 見渡す限り緑の葉で生い茂っている木が見える。当然、このような場所に来るのは初めての経験で、俺達が住んでいる場所にこれほど多くの木が生えている場所は存在しない。


 鳥の心地よい鳴き声と、風が吹くたびに葉擦れの音が田舎の雰囲気をかもし出している。日差しも穏やかな春を感じさせる包み込むような日差しだ。


「す、すごい……」


 始めに声を発したのは彩だった。物語の世界に行けるという先輩達の言葉を疑っていた訳ではないが、こうして来てみると本当の事だったと理解出来る。だとすれば願いが叶うという話にも信憑性が出てくる。


「綺麗なところね……」


「そうだね……心が癒される気分だね」


「我は本当に漆黒の焔を扱うことが出来れば周囲を灰燼と化すのに……」


 柊だけ可笑しいが、森はそれほど深そうに見える。歩いて抜けるにはかなりの時間がかかりそうだ。当然、全て森という設定である可能性も捨てくれないが。


「エクスプロージョン!!!」


 いきなり手をかざし、叫ぶ柊。何事かと思い視線を向けると、自分の小さな手を見つめながら首をかしげていた。


「どうしたのよ?」


「もし、魔法が使えれば、世界観が少し分かると思ったのだ。だけど、意味ない見たいなのだ」


「なるほどな。俺はてっきり意味も無く叫んだと思ったが、そういう意図があったのか……確かに賢いかもしれないな。やり方は問題だが」


 仮に魔法が使える世界であれば、俺達は燃える森の中を走り続けなければならなかった。しかし、まず世界観を掴むのは物語りを完結せれることで一番重要な事かもしれない。


「六花、とりあえず歩いてみようよ。簡単に抜けられるようには見えないけど、もしかしたら直ぐに抜けれるかもしれないし……」


「そうね……それに前回見たいに近くに人が居て、世界観がわかるかもしれないわ」


「どっちに向かって歩きますか??」


 場所を移動することが決定し、彩が歩き出す方向を聞いた。当然、俺の目にはどちらに歩き出しても同じに見えるが、人によっては感覚が鋭く、正解を出してしまう人も居る。


「分からないわ。だからこれで決めましょう!」


 何か言い提案でもあるのかと思ったが、楽しそうに笑っている立花先輩を見て、その考えは直ぐに消える。なぜなら、楽しそうに笑っていたからだ。そう、二回言うが、立花先輩が楽しそうに笑っていたからだ。


 案の定、先輩は右足の靴を半分ほど脱ぎ、右足を大きく振りかぶって靴を飛ばした。


「「「「…………」」」」


 小さい頃良くやったのは覚えているが、古典的な方法だった。宙舞った靴が地面に落ち、つま先が向いているほうに進むという方法だった。確かに、迷っているよりも運任せにするほうが早いが、本当にそんなのでいいのだろうか。


「よし!あっちに進むわよ!!」


 先輩は靴をもう一度履きなおしながら、靴の先が向いた方向をした。俺らから見て北の方向だった。そうするにまっすぐ進むという選択だった。


「流石先輩です……行動が大胆過ぎます」


 彩はジト目で立花先輩を見ていたが、笑顔で背中を向け、歩き出した。だが、方向が決まらないという悪循環は避けられたので、良かったと思うしかない。後は立花先輩の運を信じるだけだ……。


 それから休憩を挟みながら一時間半ほど歩いただろうか。歩き出した場所と全く景色に変化が無い。鳥の鳴き声と葉擦れの音が聞こえるだけで、特に変わった様子は無い。


「我は間違っていると思うのだ……」


「私もそう思うな……」


「そうね……私自身もそう思うわ」


「先輩……」


 彩が再びジト目で見つめるが、立花先輩はウインクを決める余裕を見せつけ、彩は大きくため息を吐いた。実際、自分が選んでもこの結果になっていた可能性は非常に高い。だからこそ、直接文句が言えない状況だった。


「航はどう思う??」


「さっぱいりわからん。まだ一時間半ぐらいしか歩いてないから正しい方向かもしれないし、間違っている可能性もある。だが、今の現状では全くわからない。ていうか、俺が分かるはずないだろ……」


「航は普段する鋭いから何か分かるかなって!」


「全くわからなん。ごめんな」


「うんん、私も分からないし仕方ないよ!」


 それからその場で休憩することが決まり、腰を下ろす。電波が届かない携帯の時刻を見ると休憩し始めてから十分ほど時間が経過した瞬間だった。


 ガサガサ……という音が聞こえた。今まで聞こえていた音とは明らかに違い、人が葉を踏んだような音の聞こえた。人か動物かわからないが、何か近くに居るのは確実だろう。


「さっき、音が聞こえたわ」


 大きめの音だっただけにボランティア部全員が気が付いた。立ち上がり、音が聞こえた方に少しだけ近づく。これで、後ろに居る四人に真っ先に危害が加わる可能性は無くなった。


 出来れば人であってほしいと願いながら近づいてくる者を待つ。すると、草むらの置くから人影が見えた。


「あなた達、こんな森の奥で何をやっているのじゃ??」


 草むらから出てきたのは袴を着た黒髪の女の子だった。髪は腰ぐらいまで伸びており、風が吹くたびに優しくなびいている。腰には刀と一本と木刀二本があり、藁で作ったリュックのような物を背負っている。首にバンダナをぶら下げている。


 真っ先に刀や木刀を抜いていないので、敵意がないことは直ぐにわかった。


「この森を抜けたい。けど、歩いても歩いても全く抜けれる気配がないんだ。この森抜けれるのか??」


「なるほどな……森を抜けたいのか。お主達、どっちの方角から歩いてきたのじゃ」


「あっちよ」


 敵意が無いことを察したのか、立花先輩が前に出てきた。


「あー、服装を見ても地元の人ではないし、知らないのも無理ないのじゃ。この森は縦に抜けるのは至難の業じゃが、横には直ぐに抜けれるようになっているのじゃ。我が案内してやろう」


 いい人はのは直ぐに分かる。さもなければ出口まで案内など絶対にしないであろう。だが、その前に一つ気になることがあった。


「えっと……あなたの名前聞いてもいい??」


 静奈先輩が控えめに女の子に聞いた。腰につけている刀一本と木刀二本。そして首にぶら下げているバンダナの模様が教えてくれていた。


「我か??我の名は桃から生まれた桃太郎じゃ!!平和を脅かす鬼を退治するために鬼ヶ島に向かって居る最中じゃ!!」


 そう大き目の胸を張る女の子……桃太郎。俺の知っている話では男だったはずだが……女の子に太郎と名乗らせるのもどうかと思うが、これでこの世界観と完結方法が分かった。


 この世界は桃太郎の世界で、物語を完結させるためには鬼退治をしなければならない。危険が待ち構えている物語だった。


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