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おまじない

お祝いパーティーから一ヵ月ほど経過した今日、ついに神種選定本番前日だ。神種選定は特別な場所で行われるため、このお城とも今日が最後になる可能性がある。


物語がどこで完結するか未だに分からないままなので、いつ完結しても良いように心構えだけはしておくべきだろう。逆に完結しない可能性もあるが、その事は考えても仕方ないので、考えないようにする。

 

午前十時頃に起きた俺は、明日のための準備を始める。といっても特にする事がある訳では無い。着替えなど必要な物は持っていくが、元々この世界の住人では無いため、必要な物などしれている。さほど時間が掛からない内に準備は終わるだろう。


学院にも神種選定に出る事が知れているため、俺たちは学院自体は休みだ。いや、神種選定が始まればどのみち通う事はもう無いだろう。完結しようが、しまいが元の世界に戻るためだ。


 フィアナには神種選定が終われば戻る事は伝えている。物語の世界については言っていないが、お世話になったのだから、居なくなる事だけは伝えている。フィアナが泣いた時は本当に驚いたが、こればかりは俺たちにもどうする事も出来ない。この物語の世界にずっと居る訳にはいかない。


「先輩入るのだ!」


 部屋の中で準備をしていると、柊の声が聞えた。そして、ノックもせずに扉を開けて、中に入ってくる。


「返事をしないうちに入ってくるなら、言うなよな……」


「それは気にしないでほしいのだ!」


 いつも通りの柊に俺はため息を吐く。明日から本番だと言うのに、いつも通りに居られる柊の凄さには少しだけ尊敬する。俺は物語の事ばかり考えている。本当にこのままで良いのか?何かあるのでは無いか?フィアナの両親の事……色々考えて居るが、何一つ答えは出ない。


「何を持っていくのが正しいのか、全く分からないのだ!先輩は何を持っていくのだ?」


「お金と着替えぐらいだな……後、フィアナから貰った王族専用の魔石も持っていく。使えるか分からないってフィアナは言っていたけど……」


「それは我も持っていくのだ!それ以外に物なのだ!トランプに似た物は要らないのだ?」


「それは要らないだろ。神種選定が始まればそんなどころじゃないだろうしな」


「それもそうなのだ。ところで、先輩はなんで少しだけ悲しそうなのだ?少しだけいつもと違うのだ」


「どうしてそういう所だけ気が付くんだ……」


 物語の世界の事を考えているのも確かだが、同じぐらいにこの世界で出会った人の事も考えている。異世界召喚物の物語は今までで一番長く滞在している。その間に様々な人に助けられた。友達になったドメインやラトリー、そしてメアリー。ギルバードにアーニャ、そしてフィアナ。美味しい料理を食べさせてくれたニーナ。俺はそんなみんなと別れる事が寂しいと思って居た。


「もしかして、みんなと別れる事が寂しいのだ?」


「…………」


 心の中でも見られているかのように的確に当てられる。あまりに的確過ぎて、答える事が出来なかった。だからこそ、柊は俺の無言を肯定と取ったのだろう。


「でも、それは始めから分かっていた事なのだ。我もみんなと会えなくなるのは寂しいのだ。でも、今まで会えなかった静奈さんや六花さん、彩に会える喜びもあるのだ。そして何よりーーー先輩には叶えたい願いがあるのだ。だったら、仕方ないと割り切るのが一番良いのだ」


 柊の言葉に反論する事が出来なかった。確かに、今まで会えなかったみんなに会える事は嬉しい。物語の世界に居るので、現実に帰れば全く時間が過ぎて居ないだろうが、俺の感覚ではもう何ヵ月も声を聴いていない。それに、俺には物語を全て集めて、妹の花恋と一緒に暮らすという目的がある。そのためには物語の世界で未練を残さない方が良いだろう。


 会えなくなる事は寂しいが、もしかするとこれからも様々な物語の世界でこういう出会いをするかもしれない。その度に感傷に浸っていては、前に進めない。俺は叶えるべき願いだけ見て進む。


「そうだな。柊の言う通りだ。俺はこの物語を完結させて、花恋と一緒に暮らす目的がある。だったら、神種選定に優勝する事が、フィアナにも恩返しになる」


 俺たちが居なくなると知って、泣いてくれたフィアナのためにも絶対に優勝しなくてはならない。その優勝こそが、今までお世話になったフィアナの幸せに繋がる。氷漬けにされた両親と一緒に暮らすという幸せに。


「そうなのだ!我たちは神種選定に優勝する事が第一なのだ!」


「そうだな。一緒にがんばろうな」


「頑張るのだ!我の魔法で全て焼き尽くすのだ!焼き払え巨人兵!」


「それは良く分からないけどな……」


 それから柊は自分の部屋に戻り、俺はフィアナに用意してもらった服を鞄に詰める。それほど大きな鞄では無く、数日分の着替えしか入らないが、そもそも神種選定の内容自体が当日に決まる物なので、着替える時間があるかどうかも分からない。荷物にならない方が良いだろう。


 本当に必要な物だけを厳選しながら鞄の中に入れていると、再び部屋の扉を叩く音が聞えた。


「どうぞ」


 俺は扉の前に居る人にそう声を掛ける。だれが居るか分からないが、用事がある人だというのは分かる。柊ならば先ほどのように入ってくる。そもそも、この部屋に来る人は限られているため、大体同じ人が居るだろう。


「入るよ!」


 開いた扉の前に居たのは、メイド服を着たミーナだった。


「どうしたんだ?この時間は仕事だろ?」


 いつもこの時間帯はミーナはメイドの仕事をしている。メイドの仕事は毎日繰り返して同じような仕事らしいので、普通ならばこの時間はメイドの仕事を行っているはずだ。流石にサボって無いというのは分かるが……本当にどうしたのだろう。


「今日は特別に少しだけ遅くしてもらったの!夜は忙しくなるし!」


「パーティーしてくれるって言ってたな」


 今日の夜はささやかなパーティーを行ってくれるらしい。夜はその準備などで忙しくくなるため、今日の仕事は少し遅めに始まるらしい。


「そうだよ!それに、今ぐらいしかワタルと話す機会無いかもしれないし!」


 夜は忙しい、明日の早朝には神種選定の会場に向かうため、話す機会は無いだろう。あっても少しの時間だけかもしれない。だからこそ、ミーナはこの時間に来たのだろう。


「でも、ワタルに時間かけさせるのは申し訳無いし、一つだけ聞きたい事があるんだけど良い?」


「ああーーー」


 俺が返事が終わる前に、ミーナは抱き付いてきた。幼いながら柔らかい感触。男の俺とは根本的に違う甘い匂いが俺の体を覆う。


「ど、どうしたんだ?」


 一つだけ聞いても良い?と言われたので何か聞かれる物だと思ってたので驚いた。あまりに突然の出来事で、頭の中が真っ白になった。


「ワタルはもし神種選定に優勝すれば元の世界に戻るの?」


「えーーー」


 顔を隠しながら少し涙声でミーナは聞いてきた。フィアナにしか言っていない事なのに、どうしてミーナが知って居るのだろうか?フィアナが誰かに言いふらしたとは考えられない。どこでその事を知ったのだろうか。


「ワタルは勇者降臨の儀で召喚されたんだよね?」


「そうだけど……」


 その事についてはみんな知って居る事実なので問題無い。そもそも勇者を降臨させる儀式は勇者降臨の儀以外に無いため、勇者であれば絶対にそうなる。


「メロディア大陸は知らない見たいだけど、アレセイア大陸の裏では当たり前の話だよ。勇者降臨の儀で召喚された勇者は、召喚時の目的が達成されれば、元の世界に戻るって……」


「そうなのか……」


 その話は初めて聞いた。フィアナからも聞いた事が無いので、メロディア大陸では知って居る者は居ないかもしれない。逆に言えば、アレセイア大陸ではミーナが知って居る程度には認識されている事実なのだろう。


「昨日、フィアナに念のために確認したら……案の定、神種選定優勝だったよ……。ねぇ、ワタルはこの世界から居なくなるの?」


 ミーナは顔を上げて、俺を見ながらそう言う。可愛らしい瞳には少し涙を浮かべている。そんなミーナの表情を見た段階で嘘は付けない。どのちみ、確信を持ってるに違いないミーナに嘘を付いた所で何も変わらない。花恋も少しぐらいならば許してくれるだろう。


「ああ、俺はこの神種選定が終われば元の世界に帰るよ」


 これはどうしようも無い事実だ。俺はこの世界の住人では無い。それに、本当に異世界に召喚された訳でも無い。あくまでも物語の世界の物語としてこうなっているに等しい。その物語がどういう形であれ、終わってしまえば俺と柊の居場所は無い。物語は幕引きだ。


「そっか……」


 俺の言葉に納得したのか、ミーナは体を離す。そして涙を拭う。


「わかった!それは悲しいけど、仕方ない事だもんね……離れたくないけど、それはどうする事も出来ないから……」


 一度、瞳を閉じる。そして再度開くとミーナはいつも通りの満面の笑みを浮かべていた。先ほどまでの悲しそうな表情がまるで嘘のように笑みに変わったのだ。だが、決して先ほどの悲しそうな顔が嘘だとは思って居ない。ミーナは本当に俺が居なくなる事を悲しいと思って居るのだろう。


「ごめんな。勝手に引き取って、勝手にどこかに行くなんて……」


 あの時は同情だった。俺よりも小さな女の子が命を懸けて、他大陸に乗り込み、勇者である俺と柊に襲い掛かる。そして、秘密を吐かされる前に自決しようとするーーーそんな事をする幼い女の子に同情した。だが、今は本気で引き取って良かったと思って居る。ミーナの笑顔を見ればそれは言うまでも無い。そんな自分から言った言葉を守れないのは本当に申し訳ない。


「大丈夫だよ!それにワタルが居なくなっても、ミーナはここで働くよ!アーニャもギルバードもフィアナも物凄く良い人だよ。それにここでの生活は楽しいから……だから、大丈夫だよ!思いっきり、神種選定を戦ってきて!」


 そうミーナは言うと、勢い良く俺に迫って来た。そして、精いっぱい背伸びをしてーーー頬にキスされた。


 今までに感じた事が無い熱に、柔らか感触。一瞬で頬が熱くなる。多分だが林檎のように真っ赤になっているだろう。


「それは負けないおまじないだよ!だから、絶対に神種選定で優勝してね!」


 そう言うとミーナは走り去り、部屋を後にした。部屋に残された俺はミーナにキスされた頬を少し触り、そして拳を握りしめる。


 お世話になったフィアナのためにも、こうしておまじないとキスをしてくれたミーナのためにも。物語を十話完結させるためにも絶対に神種選定は負けられない。人それぞれの幸せを求めて、神種選定に優勝する。


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