予選前日
城下町が襲われてから一ヵ月ほど経過した。ギルバードの桁違いの加護のおかげて、城下町には大きな被害も無く、敵を退ける事に成功した。城下町の壊れた部分は未だに多く残っているが、騎士などが率先して直しているため、時間は掛かるだろうが、綺麗に治るだろう。
フィアナも自分の目で確認したりなどしているため、城下町に住む人々も安心して復興作業に手を貸している。賑やかな人々の様子は一ヵ月前に他の大陸に襲われた空気を感じさせない。
フィアナは騎士が色々行っている部分も多くあるが、城下町の人々が賑やかな理由はもう一つある。それは、神種選定に出る大陸代表を決める戦いが行われるためである。勿論、被害なども考えて城下町で行われる事は無いのだが、それでも多くの人が足を運べるように、魔術学院で行われるようだった。
普段は違う場所で行われるのだが、人々を元気付けようとするフィアナの優しさがこの学院で行われる事に直結した。王女であるフィアナに頼まれれば断る事が出来ないという事情もあるだろうが、俺はフィアナの気持ちが通じたと思いたい。
そんな中、神種選定の参加者を決める戦いの前日になった。
「一体どうしたんだ?明日の事もあるから、少しでもギルバードに見てもらいたいだが……」
朝食を食べ終わると同時にフィアナに呼び出され、俺は部屋に向かった。明日戦いがあるため、ギルバードに見てもらう予定だったのだが、フィアナの頼みであれば断れない。ギルバードにも言ってるため、問題は無いのだが、やはり見てほしいだろう。剣の扱いにおいて、ギルバードほどの者は大陸には存在しない。剣術を高めるという事は決して無駄にはならないのだから。
「ふふふ♪そんな事直ぐに言えなくなりますよ!」
なぜか妙にテンションが高めなフィアナを不思議に思う俺だが、何か良い事があったのだろうか?それに、気になるのが呼ばれたのが俺だけという事だ。柊は今頃デザイアについて色々習っているに違いない。
そんな事を考えていると、扉をノックする音が聞こえた。フィアナはその音に対して嬉しそうな笑顔になり、「入ってください!」と元気良く言う。
ゆっくりと開かれる扉に、俺も視線を向ける。楽しそうにしているフィアナの原因はきっと、部屋の中に入ってくる人が原因だろう。正直に言えば気になって仕方がない。
「------」
扉を開けた人物を見て、俺は言葉を無くした。そこに居たのは幼い顔立ちをしたメイド姿の女の子で……アレセイア大陸の組織の一人である女の子だった。名前は聞いていないが、その姿はまさにメイドの一言で、言うまでも無く似合っている。なにより、幼さと重なって可愛らしい。あの時の女の子とはまるで別人のようだった。
「ワタル!!」
女の子は俺の顔を見ると同時に嬉しそうな笑顔になり、素早い動きで近づき、そして抱き着いてきた。ふわりと漂う甘い良い香りと、幼いながら女の子特有の柔らかな感触。小さいながら確かに感じる二つの膨らみ。一瞬で意識させられた女の子という部分に俺は少し驚き、言葉を出す事が出来ずにいた。
「ずっと会いたかった!」
俺の胸の部分で顔をスリスリする女の子は、本当に嬉しそうで、元気そうだった。そんな様子に俺は頬を緩めて、頭を撫でる。
「ニヘヘヘ……」
撫でられる事を止めずに、嬉しそうにする女の子。その姿はとても似合っていて、見た目相応に思えた。やはり、この子は戦いに向いていない。こうして、笑顔で甘えている方が何倍も良く、そして見ている方も嬉しい。甘え方が可愛すぎて、頬が緩むのを止められない。
「デレデレですね……ツカサにバレたら怒られますよ?」
「デレデレはしてないと思うけど……」
確かに可愛いと思って居るが、それは幼い子に対しての可愛いという感情だ。特に可笑しな事では無いと思うが……まぁ、抱き着かれた時に女の子を意識したという事実は全く覆らないけど。
「フィアナ、この子の名前はなんて言うだ?」
「名前はミーナ・ハルトリンだよ!!ミーナって呼んでね!」
フィアナに聞いたはずなのだが、俺に抱き着いている女の子ーーーミーナが笑顔のまま答えてくれた。自分の名前を答えただけだというのに、なぜか妙に嬉しそうに見える。だが、あえてそこは聞かない事にした。
「ミーナか、よろしく」
「よろしくワタル!」
本当に元気なミーナは自分で自決をしようとしていた女の子と同一人物には全く見えない。もしかすると、これが本来のミーナなのかもしれない。あの時は、自分が育ったであろう大陸の不利益にならないように自決しようとしたのだろう。普段の生活を送るミーナは、こんな明るい年相応の女の子だったかもしれない。
「それにしてもどうしてメイド服なんだ?」
実際に俺が面倒を見ると言ったが、フィアナの手を借りなければ何も出来ないのは事実。何か訳があってメイド服を着ているかもしれない。流石のフィアナでも城のみんなに示しが付かないため、メイドとして雇う事にした……そんな理由があるかもしれない。
「ミーナがメイドをするって決めたんだよ!」
「そうなのか?」
「そうですね。私はしなくても良いと言ったんですが……本人がどうしてもメイドとして働くと言ったので、強く否定出来ずにメイドとして雇う形になりました」
フィアナの顔を見るに、きっと本意な結果では無いのだろう。少し申し訳なさそうに俺の方を見ている。きっと、俺と同じような扱いにしようとしたのだろう。しかし、ミーナから強い要望があり、こうしてメイドとして雇う事に決めたのだろう。
「ありがとう、フィアナ。いつもお願いばかり聞いてもらって」
ミーナ自身が強く望んだ……それはつまり、フィアナはミーナの意見を尊重して聞いてあげたという事だ。小さな女の子であるとはいえ、襲ってきたミーナの意見を尊重して上げるという行為は簡単に出来る物では無い。普通であれば、どの口が……と言われても全く可笑しな事では無い。
しかし、フィアナは強い要望を叶えてあげた。メイドとして雇って欲しいという要望を。俺と柊の生活の面倒を見てくれているだけでは無く、俺のお願いを聞いてくれたという事も含めての感謝に言葉だった。今の俺には口に出すだけしか出来ず、神種選定で結果を出す事が、フィアナ対しての恩返しにもなるはずだ。
「いえいえ、お礼の言われる事をしていません。ワタルには神種選定に出て頂くだけでは無く、少し前の襲撃でも必死に城下町を守ろうとしてくれました。私はそれのお礼をしただけですよ」
優しく微笑みフィアナが嘘を言っているようには全く見えない。本当の気持ちを言ってくれているのだと理解しているからこそ、これ以上言わないでおく。だが、胸の中では感謝の気持ちを忘れずに持とうと再度思った。
「それに、ミーナは物凄く優秀なので、正直に言うと助かっています。掃除、洗濯、家事はどれも卒なくこなしてくれます。即戦力間違いなしです」
すると、ミーナは抱き着いていた俺の体から離れ、正面に立つ。腰に手を添えて、小さな胸を張りながらドヤ顔で口を開く。
「そうだよ!私はアレセイア大陸に居る時に色々叩き込まれたから、一人で生きていく術は持っているよ!何も持たずに森の中で放り出されても生きていけるように訓練されてるよ!」
何も気にしていない様子で言うミーナだったが、全て一人で出来るように訓練されていたようだ。だが、仮に訓練だとしても、今この場でその力が遺憾なく発揮されるのであれば、訓練だろうが関係ない。新しい道を進むのに必要ならば何でも構わない。訓練で教えてもらった事は結果的に今のミーナに必要な力だったというだけだ。
「そうか、えらいぞ」
俺はミーナの頭を優しくなでる。気持ち良さそうに目を細めるミーナは少しだけ頬を赤い。そんな可愛らしい様子をフィアナは優しい微笑みのまま見つめていた。
これがフィアナの優しさで実現させる事が出来た小さな女の子の幸せな光景だった。元敵だった相手にここまで優しく出来たからこそ、今この場に居る一人の女の子が普通の女の子として生きていく選択肢を得たのだ。
まさしく、今浮かべている優し気な笑み……その心が生み出した光景。大切な日常として常にフィアナの傍で輝き続けるだろう。
「それでは、ミーナ行きましょうか。ワタルは明日大会があるから、今日はあまり時間を使わせるのは辞めましょう」
「ええ!もう少しだけダメ?」
上目遣いで覗き込んでくるミーナ。思わず、反射的に「ダメじゃない」と言いそうになるのを我慢する。フィアナが言っている通り、今日はミーナにあまり構っている時間は無い。こういう時間を作りだしてくれたフィアナのためにも絶対に勝たなければいけないからだ。
ギルバードやアーニャに神種選定に出る事は確実に出来ると言われているが、それでも油断しないに越した事は無い。ここで負けてしまえば、フィアナに恩を返す機会すらも与えてもらえない。そして何より、花恋のためにも物語を一つでも落とす事は出来ない。なるべく早く一緒に暮らせるようにするには、物語を完結させる事以外無い。
だからこそ、予選は本選より大切かもしれない。負ければ優勝という文字すら遠い物になってしまうからだ。そうなってしまえば、俺と柊はこの物語から直ぐに現実に戻されるに違いない。そうならないように頑張ろう。
「ごめんな……予選終わったらまた話しよう」
「わかった……」
肩を落とし、しょんぼりしているミーナを見るのは少しだけ心苦しいが、それでも仕方ないと割り切る。これ以上はギルバードにも申し訳ない。
「それでは行きましょう。まだまだ案内してない場所がありますから」
「うん!行こう!」
直ぐに元通りに戻ったミーナは笑顔でフィアナの隣に並び、部屋を出て行こうとする。すると、何か思い出したようにミーナは振り向き、そして笑顔で口を開く。
「明日頑張ってね!!」
そう言い残して、部屋を出て行った。その言葉で俺のやる気はさらに高くなった。応援してくれたミーナのためにも明日は絶対に頑張らないと。
俺は直ぐに準備をして、同じように部屋から出る。早歩きで廊下を歩き、階段を下りて一階に向かう。そして普段騎士団が訓練を行っている中庭に到着した。中庭にはいつも通り、騎士団が訓練を行っている。しかし、その場にギルバードはおらず、少し離れた場所で、柊とアーニャと共に何か話をしている。
騎士団の訓練の邪魔にならないように注意しながら、三人の元に向かう。三人は俺が近づいてきた事に気が付き、視線を向ける。
「何を話してるんだ?」
何やら真剣な表情をしているため、明日の予選について話をしているのは想像が付く。だが、今まで色々話をしてきて、本番が明日になったのだ。今更何を詳しく話をしているのか気になった。
「ワタル二ゃ!これは物凄く大切な話をしている二ゃ!」
「その内容を聞きたいんだけど……」
「大した話ではない。ただ、明日はどこまで手加減して戦うか?その事について話をしていたのだ」
「手加減??」
俺は言っている意味が分からずに聞き返してしまった。ギルバードからしても、俺たちが神種選定に出られないという結果は避けたいはずだ。ならば当然のように全力を出すのが一番だろう。手加減などして、仮にもし負けてしまえば元も子も無い。フィアナからしても、俺からしても最悪の結果になるのは間違いない。
しかし、ギルバードは特に何も感じて居ないようで、普段と変わらない様子で口を開く。
「そうだ。明日はどれだけ手加減して、神種選定に参加出来るかが重要だ」
「それはおかしいのだ!本気でやるべきなのだ!」
柊はギルバードの言葉を否定する。俺も柊と同じ意見なので、否定しない。
「その理由は今から話す二ゃ!お願いね、騎士団長!」
「全く調子が良い奴だな……まぁ良い。理由は簡単だ、二人は神種選定の優勝を狙っている。それが理由だ」
「…………」
ますます意味が分からず、柊は首を傾げる。俺も分からないので、何も言わない。すると、ギルバードが俺たちの様子から察したのか、再び口を開く。
「二人の実力があれば、神種選定に出れる事は確定している。わざわざ本気を出さなくいても問題ないーーーようは、全て力を出せば、研究されるという訳だ」
ここまで聞いて俺は理解した。要は、目指している場所が神種選定の優勝だからこそ、本気を出すなと言いたいのだろう。それなら納得が行くし、どうして思い当たらなかったのだろうと自分の未熟さを実感した。
「二人は魔力総量十五万と、加護三つ持ちだ。その二人が本気で戦えば当然のように、神種選定で研究される。そして、相手に目を付けられる。だからこそ、ある程度手を抜いて、これから先で戦う相手に少しでも情報を握らせないようにする」
「そういう事二ゃ!だから今日はそれを話合って、最終調整をする二ゃ!二人共分かってくれた二ゃ?」
俺たち二人は頷いた。これから先を戦うためには今本気で戦うべきでは無いと言われれば、納得する以外無い。物語を集めるためにはこの異世界召喚物を完結させる必要がある。それに、二人が言っている事は、否定のしようがなかったのも理由の一つだ。
二人も本気で俺たちに優勝してほしいと思って居る。フィアナの願いーーー両親の事を深く知って居るからこそ、余計にそう思って居るのだろう。
「よし二ゃ!明日のために今日も頑張る二ゃ!」
それから俺たちは、四人で話し合い、体に疲れ残らない程度に汗を流した。




