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ギルバード・ドレイン

 ギルバード・ドレインという男の話をしようーーー。


 出身は特に変わった事も無く、極普通に出産は行われた。メロディア大陸、城下町で最も有能な医者が居る病院の一室。極一部の身内と一緒に暮らす事になる家族に見守られ、この世に生まれ落ちた。


 体に何不自由無く、元気な様子で生まれたドメインに、見守っていた家族や出産を手伝った医者も安堵の息を漏らす。医者が見なくても元気だと察する事が出来るほどに元気で、なおかつ体が大きかった。これで生まれ落ちた瞬間から裕福な暮らしが約束されたも同然だった。ただ、一つ、自由という一般人が持つ物を除いては裕福な暮らしが約束された。


 ギルバード・ドレインと名付けられた男の子は、代々有名な家系であるギルバード家を継ぐ役割を生まれた瞬間から担っている。これは一番早く生まれたドレインは絶対に避けては通れない道だった。子供に自由をさせてあげられない事には少しだけ申し訳なさを感じては居たが、両親はこの事を不憫だとは一切思って居なかった。


 ギルバード家は代々大陸の王女を守るという大事な役割を担っている。その役割は重要な事で、一つの大陸の頂点に君臨する人を傍で守るのだ。代々才能が認められ、実力があるが故の抜擢。この事実に両親は……いや、ギルバード家代々誇りに思う事はあれど、不憫や呪いのような物だと思った事は一度も無い。事実、この役割を降りる事は容易に可能なのだ。再び上る事は容易では無いが、強制された事では無いのは覚えておいてほしい。ギルバード家自身が代々王女を守る役割を認めて、守っているのだ。


 だからこそ、ドレインがその事実に何も感じないのは必然であり、可笑しな事は無い一つとして存在しない。物心付いた時には自分の使命を理解し、他人とは違うという認識もしていた。だからこそ、それ相応……いや、想像以上の努力も重ねた。才能もあり努力も誰よりも行うドレインに、結果が付いてこない訳など無く、滝を登るが如く成果を上げていった。


 ドレインが七歳になる頃には並みの大人では剣術で敵う者など存在せず、同年代ではドレインの名を聞くだけで逃げ出す者も多く居た。ある者は才能だと言い。ある者は生まれが違うと言い。ある者は嫉妬の目を向ける事しかできず。ある者は事実を認める事が出来ずにいた。だが、ドレインは自分が他人より強いと自覚を持つとさらに自分を追い込むように鍛錬を積み重ねた。そして、異質の才能が開花した。ドレインがギルバード家で最も優秀だと言われるが故の力……加護だ。


ギルバード家は代々加護を持つ家系の一つだ。一部の人間以外には扱う事は出来ず、強者である証拠と言っても過言では無い。持つ者と持たざる者では根本的に違いが発生し、加護は努力で越えられる物では無く、努力で身に着けられる物でもない。生まれ持った者のみが使える高みだ。


 ドレインは七歳になるまで加護を使う事が出来なかった。普通であれば強さは違えど、剣の握る頃に発現している物。名家であればあるほど強く、そして早く加護は発現する物だ。しかし、ドレインは名家でありながら少しだけ時期が遅かった。だが、剣術の才能は言われるまでもなく、加護もギルバード家に生まれた瞬間から確定していた。両親は一切心配していなかったし、周囲も特に気にしていた訳では無い。少し遅い程度何も問題無いほどにドレインの才能は溢れていたのだ。


 だが、加護が発現してから少しの間、ドレインは自分の加護であるにも関わらず、うまく扱う事が出来なかった。理由は簡単で、発現した加護が理解できなかったためだ。加護というのは、本来であれば発現した瞬間から意識的に 内容を理解する物だ。人間が自分たちが二足歩行だと他人から学ばないように、加護というのは発現した瞬間から自分の体の一部と同等の物になる。故にギルバード家は驚き、ドメインの加護についてどう対応すれば良いのか困惑した。


 色々対策を練り、試しに試したが一切結果に表れず、発現してから一年が経過しようとしていた。ドレインは加護さへ使えないが、同年代の加護持ちにも一切負ける事は無かった。まさに異様な強さを持っており、並みの加護持ちでは理解出来る領域を超えていた。


「いつになったら加護が使えるようになるのだろうか……」


 ドレインは一度食事の場で両親に尋ねてみた。今は加護を使えなくてもさほど困らないが、後二年もすればメロディア城に住み込みになる。そうなれば加護が必要な場面が絶対に出てくるとドレインは確信している。それに、王女を守るためには加護は必要不可欠な物となる。使えないでは話にならないのだ。


 ギルバード家という代々王女を守る立場に居るからこそ、余計に加護を必要される。使えて当たり前だと判断されるのだ。強くない加護でもうまく扱い、守る事が出来なければ騎士という物は務まらない。だが、使えないは論外なのだ。


「それは私たちにもわからない……けど、いつか絶対に使えるはずだ」


「そうよ。あまり深く考えすぎるのは良くないわ。それに、使えないという事は今は使う必要が無いという事よ。いつか、その使う時が来れば必ず加護使う事が出来るようになるわ」


 両親に優しく微笑まれ、ドレインは深く考える事を辞めた。尊敬する両親がそう言っているのだ。今は自分に出来る努力するべきだと判断した。あるにはあるが、今は使えない。無い物ねだりをする時間があれば、努力をする方が何倍も唯意義な時間になる。


両親はドメインに厳しく、決して手加減などしてくれない。しかし、その中に確かにドレインに対しての優しさを感じとれる。それは本人が一番理解している事で、ドレインは誰よりも両親に愛されている事を自覚している。だからこそ、ドレインは厳しくも優しい両親に事が大好きだった。


 それからさらに一年が経過した時、事件が起こった。それはドレインがそろそろメロディア城に住み込みで訓練される時期に差し掛かろうとしていた時だった。


「こうしてお祝いをしてくれて嬉しい。ありがとう!」


 ドレインはこれからさらに過酷な日々になる事を知って居る。実際に両親が体験してきた事なので、一番自分たちが理解しているのだ。これから家を出て、さらに厳しい訓練に課せられる。王女を守るという事はそういう事で、ドレインも十分に理解している。


 だからこそ、今日は両親は当時の王女に頼み、数日暇を貰っている。ドレインを元気に送る事と、自宅に帰ってくる事は騎士になるまで中々出来ない事もあり、お別れ会のような物を開いてくれたのだ。自宅では無く、少し離れた場所に旅行に出て、こういう会を開いてくれた。


「ドレインがこれから頑張れる事を考えたら、お礼を言われるような事をしていないよ。厳しいかもしれないが、きっとドメインなら騎士になる事が出来る」


「ええ、そうね。私たちのドレインならきっと大丈夫よ。加護は使えないかもしれないけど、時期に扱えるようになるわ!」


 九歳になったドレインは未だ加護は使えなかった。理由は一切不明だが、一度発現してから今まで一度も使えないままメロディア城に行く時期になってしまったのだ。


 流石にこの頃になるとドレインの両親も加護が使えない事に対して心配になっていた。実力は言うまでも無いが、ギルバード家として生まれたからには加護は使えて当たり前と思われる物だ。自慢の息子がそういうレッテルを張られる事は両親として複雑な気持ちだった。しかし、自分たちの息子なら絶対に大丈夫という自信あった。だからこその言葉だった。


 そしてーーードメインの加護は望まぬ形で発現するのだった。


*****************


 それはドレインたちが旅行に帰り道だった。馬車でゆったりと田舎道を帰っている途中に、急激に空が暗くなった。雲一つ無い晴れ渡った空だったにも関わらず、まるで数秒もしない内に夜になったーーーいや、急激に空が雲と雷鳴に覆われたのだ。


「なんだこれは……」


 この異変に真っ先に気が付いたのはドレインの父親だった。王女を守る過程で様々な敵や経験を積む事によって、異常な事態だという事を一瞬で察知したのだ。


 馬車を止め、傍に置いてあった剣を抜き、構える。父親は馬車を守るように仁王立ちをし、空を仰ぐ。空はまるで嵐の時のように唸り、荒れていた。まるで、何かが襲ってくるかのような緊張感が襲う中ーーー。


「グォォォォォ!!」


 それはまるで地響きのような鳴き声だった。体の中に響くような声は空から聞こえており、ドレインも気になり馬車の中から空を仰ぐ。ドレインの目には何も居ないように見えたが、父親の目には鮮明に姿が映っていた。


 父親の加護は視野が急激に広くなり、視力が急上昇する物だった。三百六十度全ての視点が見えるようになり、バードアイ……鳥のように自分の事を上から見渡す事も可能になるという優れものだった。その加護で微かに蠢く化け物の正体を確認できていた。


「これはまずい……」


 そう、メロディア大陸の王女を守る騎士が、視線の先に居る敵の異常さに恐怖した。数々の死線を潜り抜けて来たにも関わらず、今回だけは恐怖以外の感情が湧き出てくる事は無かった。


「グォォォォォォ!!」



 再度呻き声が聞こえてくると同時にその化け物は急激に姿を現した。体長はおよそ十五メートルほどあり、巨大な双翼に、二本の脚。かぎ爪には鋭い爪が付いており、全てをかみ砕ける咢。黒い黒煙を纏う化け物は最古の時を生きる竜だった。


 世界の中で特に強力な力を持つ竜は人々から恐れられていた。人間に勝つことなど不可能で、遭遇してしまえばうまく逃げる事が出来なければ死に直結する。だが、竜など何十年に一度姿を見れれば運が良い存在で、襲ってくる事など数百年に一度あれば多い方。知性があり、人間などという矮小な存在に興味など示さない。またに好奇心で近づいてくる竜も存在するが、幼い竜のみだ。目の前に居る竜は明らかに本物の竜……ワイバーンなどという竜もどきでは無いく、本物だ。その竜がドレインたちを襲ってきたのだ。


「ドレイン!馬車を出して逃げろ!時間を稼ぐから!」


 いくら王女を守る騎士だとしても竜に勝てる人間など存在しない。持って数秒が限界だろう。しかし、ここで逃げてしまうほど腰抜けでも無い。家族を守るために戦う事を決意したのだ。自分の命と引き換えに家族を守るとーーー。


 ドレインもまた将来は騎士になる男だ。父親の覚悟を感じとれないほど鈍感では無い。直ぐに頷き、馬車を動かすために名綱を握るが……逃げられるはずなど無い。


「逃がすワケないダロウ」


 知性ある竜は人類言を片言であるが話す事が出来る。それと同時にデザイアが発動する。同じように太古の時を生きる竜は人間と同じデザイアを発動する事が可能だ。それも人間とは比べ物にならない精度のデザイアを扱う事が可能だ。


 馬車が逃げる方向ーーー逃げられる全方向に黒き焔が遮る。燃え盛る黒い焔は竜の炎の証。その焔が馬車の行く先を全て遮る。駆け抜けて通れるほど軽い炎では無く、全てを燃やさんとする炎だ。もはやこの場から逃げる事は不可能。目の前の竜を倒して先に進む以外の選択肢が無い状態……だが、その選択肢は最も過酷で困難な選択肢。その事実はこの場に居る全員が言葉を発しなくても理解出来ている事だ。


「戦うしかない……!!」


 戦って勝てる相手では無いのは言うまも無い。普通の蟻が一匹で複数の人間に勝つ事は不可能な事と同じで、数百人居ようが鱗に傷一つ付ける事は困難だろう。その竜相手に一人で挑もうとしている男は勇敢であるが同時に、愚かでもある。だが逃げる事も出来ない状況で戦う以外に選択肢は見いだせない。逃げる事が可能であれば真っ先にその選択肢に縋りつく。戦って勝つことよりも、逃げる事の方が遥かに確立高い。逃げる事も薄い確率ではあるが、勝つ事に比べれば容易である。


 剣を構え、竜の動きを加護の発動した目で睨むが、何も変わらない。仮に一度でも鱗に剣を打ち付ける事が出来たとしても固い鱗には一切変化は無い。故にどう足掻いても結果は変わらない。緑が緑であるように、赤が赤であるように何も結果は変わらないのだ。


 竜が唸ると同時に地響きが起きる。そして、鋭く尖った爪で父親を狙う。行動自体は遅く、躱す事は可能な速度だが、この場で躱してしまえば後ろに居る家族が乗っている馬車にも被害が……いや、この黒い焔が囲っている周辺は形を変えてしまうだろう。故に躱す事は出来ず、受け止める方向で行く。だが、その選択は【死】以外の分岐は無く……無惨にも殺されてしまう。


 あまりに簡単に……剣ごと折れ、体が人間の物とは思えないほど肉塊になり、鮮血が周囲に飛び散る。その光景を見ていたドレインは父親が殺されたという感情よりも恐怖に襲われていた。目の前に居る圧倒的な存在に勝てないと心の中で自動的に決めつける。


 だが決して間違いではない。ドレインはまだ九歳という幼い子供だ。才能があり、剣の技術が優れているからと言っても子供ある事は一切変わりない。加護も未だに使えず、目の前で無惨にも殺された父親にも勝つことは難しい。今のドレインでは竜に勝てる術など一切なかったーーーだが、ドレインは恐怖に震え、涙を流しながらも馬車から降り、剣を持って歩み、竜と対峙する。馬車の中に居るが母親が声を発しているが、今のドレインには一切聞こえない。恐怖で支配されているからだ。


「お前モスグニ殺す。泣いたママしね」


 竜が片言で話すと同時に鋭く尖った爪でドレインを狙う。剣を振る手で構えた瞬間ーーー声が聞えた。


 その声はドレイン以外の他の誰にも聞こえない。目の前に居る竜も馬車に居る母親にも聞こえない。ドレインの頭の中に直接語り掛けてくる声だった。


(何を恐れている……貴様ならその程度の相手、赤子同然だろうに)


 ただ、その声と同時にドレインの足元には巨大な魔方陣が展開される。それは今まで発動する事が出来なかった加護が発現した時の魔方陣だ。だが、その展開されている魔方陣の大きさは類を見ないほど巨大で、複雑な魔方陣だった。そしてーーーその瞬間、ドレインは自分の加護を能力を知る。


「俺はこの攻撃を簡単に受け止めるーーー」


 そう一人で呟くドレイン。そして、父親ですら一切止める事が出来なかった竜の鋭いかぎ爪を、剣では無く素手で簡単に受け止める。


 この日、ドレインは一つの伝説を打ち立てた。それはーーー勝つ事が不可能とまで言われていた竜を、九歳の子供が一人で殺すという異様な伝説をーーー。



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