VSドメイン
メトロ先生の声と共に、ドメインは俺の前から姿を消すーーー先ほどまではその場に居たにも関わらず、動く瞬間も見せずに加速したのだ。
明るい所から暗い所に移動した時と同じように、その場に居たにも関わらず、一瞬で姿を消してしまえば目が慣れていない。慣れていない動きに人間というのは対応しにくい。対応にしくい所を突いた先制攻撃だった。
加速したというにも関わらず、足音は一切聞こえない。初手から相手の隙を突く攻撃方法ーーー実践経験の違いをほんの数秒で見せつけられる。俺はそんな攻撃方法は一切考えていなかったため、そういう所でも違いは出る。だが、それも無理は無いだろう。
あれほど自信に満ちた表情で模擬戦を挑んできたのだ。今まで戦って、積み上げてきた実力と自信があってこその表情。自分の実力を見極めているからこそ、ドメインは強いのだろう。
急速な加速で俺は対応する事は出来ない。ドメインの姿が見えた時には既に剣は俺の首元に迫って居た。首を斬られたら精神ダメージで、気を失うだろう。目があったドメインは笑っていたが、合った目が語り掛けていた。
(お前もこの程度か……)
まるで落胆したように……楽しみを取り上げられたような瞳をしている。だが、自分の勝ちを信じ切った自信み満ちた顔。俺が避けられないと知って居る顔だ。それも自分の実力を把握しているからこそ、出来る自信。この間合いでは避けられないと知ってるからこそ出来るのだ。
しかしーーーそれは相手の実力を全て把握して居なければ成り立たない。ドメインは俺の事を何も知らない。自分の事を知って居ても戦っている相手を知らなければ意味が無い。だからこそ、ドメインの先制攻撃は当たらない。
俺は普通では避けられない攻撃を体重を後ろに掛け、首を捻る事によって回避した。ドメインの剣は耳元で風を切り裂き、鼓膜まで音が響く。だが、俺の体には一切のダメージは無い。
「っ!!!!」
避けられると思って居なかったドメインは驚きの表情に変わり、バックステップで下がり、俺との距離を取る。その最中も一切俺から視線を逸らさないという警戒ぶりを見せ、ドメインが本物だという事を改めて確認させられた。
「--------」
時間にしてほんの数秒の戦い。ドーム内に居る誰もが言葉を発する事は無かった。一番近くで見ているメトロ先生は驚きのあまりか、口が半開きになっている。それほど俺がドメインの先手を回避出来て事が驚きなのだろう。
「さっきのを簡単に避けるか!面白れぇ!!」
再び剣を構え、俺を見据える。先ほどまでとは全く目が違う。手を抜いていた訳では無いだろうが、本気でやったものでは無いのだろう。
先ほどよりも更に早いのが来る。先ほどは不意打ちに似たような形だったため、来ると分かってれば対処は出来る。だが、先ほどより早く鋭い攻撃を避ける事が出来るのだろうか?と戦う前の俺ならそう思ったはずだ。しかし、今は避けられない訳が無いと断言できる。
(俺には不意打ちや奇襲は一切意味が無い)
自覚すると同時に俺の足元に魔法陣が浮かび上がる。いや、厳密には魔法陣では無い。俺は魔力総量が物凄く低いため、魔法陣を展開出来るほどの魔力を持ち合わせていない。それなら今展開されている魔法陣は、魔法陣では無いというう事だ。
「こいつ……加護持ちか!」
そう、俺の足元に浮かんでいるのは加護を持っている者が展開出来る紋章のような物だった。俺の三つの内の一つの加護は『奇襲、不意打ちは絶対に回避される』という物だった。だからこそ、先ほどのドメインの不意打ちに近い攻撃を回避する事が出来たのだ。
「俺と同等か、それ以上ってことか……楽しいな!たまんねぇよ!!」
ドメインは俺が加護持ちと分かると、今までにない楽し気な笑みを浮かべながら加速した。先ほどよりも鋭く早い加速だったが、関係ない。俺はドメインは振るった剣を受け止める。
甲高い音が鳴ると同時に、ドメインは素早い連撃で剣を俺に振るう。鋭く、重い連撃は受け続けると手が痺れる。足捌きは滑らかで、一切の隙を見せずに繰り出す攻撃。だが、俺は繰り返される連撃を全て剣で受け止める。
一回でもまともに攻撃を受けてしまえば、確実に仕留められる。瞬時に同じように受け続けるようにするのは容易では無いだろう。というか、出来ないだろう。それほどまでにドメインの連撃は鋭く速い。
「どうした!その程度じゃないだろ!もっと本気を見せて見ろよ!」
その声と同時にさらに連撃の速度が加速する。見つからない隙を見つめようと必死だった俺は、全てを受け止める事を諦め、後ろにバックステップした。
「甘い!そんなので俺から逃げなれると思うなよ!」
だが、俺の行動を読んでいたように一瞬で距離を詰められる。回避するために後ろに飛んだため、まだ地面に足が付いていない。今のまま同じ連撃を繰り返られれば確実に仕留められる。つまり、負けるという事だ。
ドメインは俺が受け止められないと踏んだうえで、さらに連撃の速度を上げ、この瞬間を作り上げたのだろう。回避するという事は全く隙を見せずにする必要があるという事だ。剣戟と実践経験では確実にドメインより遥かに劣る。
しかしーーー不意に俺はドメインの全ての軌道が予測できるようになった。まるでどこにドメインが剣を振るってくるのかという軌道が目に浮かんでいるのだ。ゲームの感覚に近い。どこに攻撃してくるか見えているという状態だ。
そうなれば避けるのは簡単だ。俺はドメインの軌道を読み切り、鋭い連撃を全て躱す。その間に地面に着地をし、隙を見つけ剣を振るう。
俺は振るった剣はドメインの首元に目掛けて振り下ろされる。
「っ!!」
だが、苦しそうな表情を浮かべながらドメインの首元に分厚い氷の壁が現れる。剣は首元を捉える事なく、氷の壁に阻まれ、ドメインは再び距離を取る。先ほどよりも少しだけ余分に距離を空けて。
「どうなってやがる……動きがありえない。お前は一体何なんだ?」
「普通の学生だけど……」
間違って事は言って居ない。この世界でも学生だし、日本でも学生だ。ただ、勇者降臨の儀で召喚された勇者であるという事が少し皆と違うだけだ。
「そんな訳あるか……足元見ろよ」
ドメインは首を上に上げ、俺に足元を見させようとする。その隙に攻撃をーーーと、流石に俺もそこまでしないと分かるので、足元を見る。足元には二つの紋章が展開されており、それはつまり二つ加護を持っているという事になる。
「二つ加護を持っている奴が普通な訳が無いだろ。それに今まで話題にならなかったのが可笑しい。数千年以来の出来事だぞ。無駄な加護ではなく、戦闘特化の加護のようだしな」
「…………」
「俺の見立てでは、初手の攻撃を躱したのと、さっきの連撃を簡単に回避された時……その二つがそのまま加護の内容だろう。不意打ちは回避と軌道が予測出来ると言った所か?」
数分手を合わせただけ二つある加護の中身を見抜いたドメイン。観察眼も優れており、途中も俺の動きなどを観察しながら分析しているのだろう。俺には絶対に出来ない芸当だ。
「加護を二つ持った男かよ……」
少しだけ表情に陰りを感じるが、ドメインがそれぐらいで諦める男では無いのは俺でもわかる。
「だが、関係ねぇな……全力で戦うまでだ!」
ドメインの足元に魔法陣が展開される。ドメインは俺と違って、魔力総量も高い。高い剣術とデザイアでの攻撃も出来る……これが彼の強みなのだろう。
一体どんな加護を持っているかは分からないが、加護を持ちながら高い魔力総量に剣術。普通であればドメインに勝つ事は物凄く難しい。きっと、今の俺は他の人からすれば未知の存在に等しいだろう。
勇者という存在だけで、何も努力せずにこれほどまでの力を手に入れた俺と、才能がありながら努力も重ねたであろうドメイン。異世界召喚の主人公というのはこんな感じで申し訳さななどを感じるのだろうか?だが、目的がある以上強いに越した事は無い。
柊の笑顔を無くさないためにも負ける訳には行かない。俺はドメインの展開する魔法陣に意識を向ける。二つの加護が発動した今の俺は剣術でならドメインに負ける事は無いだろう。しかし、デザイアの部分ではそうはいかない。
だが、フィアナからは俺には三つの加護があると言われた。明日に学院に頼んで調べてもらうつもりだったが、戦いの中で二つ理解した。ギルバードが言って居たいつの間にか理解するというのはこういう事なのだろう。なら、残り一つの加護も今この場で理解する事は出来るはずだ。
そして、今まで戦闘特化の加護ばかりの俺は予感があった。もう一つの加護もきっと戦闘特化で、デザイアが大きく関わる物ではないかと。いや、予感というよりは確信に近い。
「いくぞ!!」
加速するドメインの動きは依然として捉える事が出来ない。しかし、振るう剣の軌道だけは全て予測出来る。剣で何とか受け止めながら反撃出来るタイミングを探す。だが、戦闘経験が豊富なドメインから隙を探すのは容易では無い。一度うまく行った攻撃だったが、その隙は俺が連撃を避けた事に対して驚きがあったからこそだ。今は加護とバレているため、その驚きは既に無い。隙を見つけられずに少しづつ舞台の外側に追い込まれていく。
「この舞台から落ちたら負けになるぞ!!何か反撃しないと終わるぞ!そんな負け方恰好悪いだろ!もっと面白い物見せて見ろよ!」
声を上げた同時にドメインの足元に魔法陣が展開される。剣を振るいながら同時に魔法陣も展開するドメイン。高い魔力総量を持ったフィアナですらも詠唱を唱えていた。しかし、ドメインは詠唱を唱えずに展開した。
「くっ!!」
剣を振るうドメインの背後に炎と雷の矢が数本づつ浮かび上がる。フィアナが見せてくれた二属性同時にデザイアを発動したのだ。しかし、フィアナも集中して発動していたデザイアだ。ドメインの方が魔力総量が低いにも関わらず、どうして詠唱無しで展開する事が出来るのだろうか。
「不思議そうだな!!俺が勝ったら教えてやるよ!!」
楽し気に笑うドメインは剣を振るう事を辞め、後ろの飛ぶ。その瞬間、背後にあった矢が俺に襲い掛かる。デザイアで発動した矢だ。ドメインの加速よりも遥かに早い速度で襲い掛かる。
目では追えない動きに体も反応する事が出来ない。まず、どこから飛んでくるのかすら目に見える事が無い。回避する事は不可能……ドメインの顔にはそう書いてある。俺自身も同じ事を思って居る。
さらに、もしも回避された時の事を思ってか、ドメインはさらに魔法陣を展開している。仮に躱す事が出来たとしても、次で仕留められるだろう。
(負けたかな……)
俺はそう思った。今の現状で何か出来る事は無い。見えないデザイアの攻撃を躱す事は容易では無い。そうなれば勘で躱す事も考えたが……うまく行くはずが無い。仮に躱せたとしてもその動きから繋がる次の行動が無い。ドメインに仕留められるのは間違いないだろう。
目を瞑り、俺は負けを認める…しかし、俺の中で負けを認めた瞬間、見える景色があった。そう、練り上がる魔力が手に取るようにわかる。だが、それはあくまでも飛んでくる矢の魔力だけだ。ドメインがさらに展開している魔法陣に対しては無いも感じない。察知する事が出来る範囲が限りなく狭いのだろう。しかし、今この瞬間だけはそれで充分だった。
俺は目を瞑ったまま飛んでくるデザイアを矢を回避する。まるで針の穴に糸を通すような動きで回避。そして、魔力が感じられなくなると、目を開ける。
そこには信じられない顔をしているドメインの姿があり、同時に俺の足元には三つの紋章が浮かび上がる。そう、三つ目の加護が発動したのだ。
「ありえない!加護が三つだと!」
ドメインは驚きを隠せない様子だ。三つの加護を持った者など未だかつて現れた事が無いのだ。驚いても仕方が無い。
模擬戦を見ている皆も騒がしくなる。だが、俺はそんな事を気にせずに走り出す。
ドメインはなかなか隙を見せない。だが、今この瞬間だけは大きさ隙があった。俺が三つの加護を使った事により、驚きが隠せない。その瞬間を狙う。
接近した俺はドメインの体を切り裂く。体にダメージは無いが、ドメインはまるで本当に斬られたかのような悲鳴を上げ、その場に倒れる。
ドーム内が静寂が支配する。しかし、一人の声でその静寂は終わりを迎える。
「航先輩の勝ちなのだ!!」
両手を上げて嬉しそうに笑い柊。その姿を見た俺は少しだけ微笑み、審判をしていたメトロ先生は口を開く。
「こ、この勝負、ホシノの勝ちだ」
俺が勝ったことに驚きを隠せない様子だったが、一応俺はドメインに勝つ事が出来た。