模擬戦開始
職員室に連れてこられた俺たちは、教師の指示により、扉の前で待っていた。迷路のような通路を歩いてたどり着いた職員室は、案内の教師が居なければ確実に迷子になっていた。
職員室の扉は日本でも良くある手引きだった。木製の扉には持ち手が付いており、簡単に開けられるようになっている。扉の大きさも人が一人通れる程度の大きさで、日本の学校と何も変わらいように見える。
「入ってくれ」
案内してくれた教師が職員室から顔を覗かせ、俺たちに中に入るように促す。それに従い中に入り、職員室内を見渡す。
中は扉の見た目と全く別で、学校とは思えない作りになっている。基本的な形は変わらないが、使われている椅子や机も高価な物に見え、厳重に鍵などが掛けられている場所がいくつもある。そして、一番日本とは違う点は、明りを灯す物が魔石であるという点だろう。さらに奥には青白く輝く、魔法陣も存在している。城の地下にあった物と同じに見えるため、転送魔法陣では無いだろうか。
「こちらが、あなた達二人の担任になる先生だ。メトロ先生、後はお任せします」
広い職員室の窓側の椅子に座って居る教師の下に連れて来られた。どうやら担任の先生のようだ。
「私はメトロ・トリドニーだ。よろしく頼む」
赤いロングヘヤーの髪は腰辺りまで伸びおり、跳ねるなどしているため、癖がある髪質に見える。だが、顔は整っており、綺麗の部類に入る。気怠そうな声と、細い目が特徴のある女の教師だった。
「俺は星野航です」
「我は柊つかさなのだ!」
軽く自己紹介をするが、メトロ先生は全く聞いていないようで、視線を逸らし違う方向を向いている。その様子に案内してくれた教師は少し呆れた様子で見ている。
「とにかく後は頼んだぞ」
「はいはい」
虫でも追い払うように右手を左右に振り、教師を追い払う。仕草などでもわかるが、相当面倒くさいのが嫌いな教師なのだろう。転入生とか嫌いそうだ。
「全く……どうして私のクラスに転入生が二人も……かったるい……とりあえず、二人はツヴァイ教室だ。面倒だから教室の場所も一回で覚えてくれ。ほら、行くぞ」
椅子から立ち上がり、頭を掻きながら歩き出す。俺と柊は顔を見合わせたのち、後を付いていく。無言のまま職員室を後にして、近くにある階段を上る。二階にも同じような風景が広がっており、覚えながら後を付いていく。
十分ほど経過すると、一つの教室の前で立ち止まった。扉の上にあるプレートに書かれた文字は全く読めないが、多分ツヴァイと書かれているのだろう。
「ここで待っていてくれ」
教室の中に入ると、先生が編入生の説明をしているのが聞こえる。物凄く面倒くさそうにしているのが聞こえてくる。一応、本人たちが外に居るのにな。
「物凄く楽しみなのだ。こういう学校は憧れていたのだ!航先輩はどうなのだ?」
「どうって言われても……憧れとかは一切無いよ。ただ、興味はあるけど」
経験したことが無い事ばかりだ。魔術学院に通う事など物語の世界以外では出来ない。そういう意味では、楽しみな学院生活ではある。神種選定に勝ち抜けるように知識を付けて、穏やかに過ごせたらいい。
「入れ」
声が聞こえてきたため、俺たちは扉を開けて中に入る。教室の作りは古代劇場のような作りになっている。その教室にざっくり数えて三十名ほどの生徒の姿が見える。
転入してくる俺たちに興味のある者や、全く見向きもしない者。なぜか分からないが、楽し気に笑っている者……中々癖がありそうに見える。
「この二人が王立魔術学院の編入試験を合格してきた者だ。短く自己紹介をしてくれ」
俺たちは言われた通りに、名前を言う。それ以外特に言える事が無いため、一応仲良くしてくださいと言っておいた。柊も同じような感じに自己紹介をしていた。
「席は決まって無いから、空いている席に座ってくれ」
上の方にちょうど二人が座れる席が空いいたため、俺と柊は一緒に座る。編入生として来ているからだろうか、階段を上がる途中物凄く見られる。というか、不思議そうな顔をされる。
「ちょっと聞きたいんだけどいい?」
下の席の女の子……初めて見る子が席に座ると話し掛けてきた。一体どうしたのだろう?柊も不思議そうな顔でその女の子を見ている。
「あ、私はクローズ・ラトリーって言うの。気軽にラトリーって呼んでね!」
柊の視線を別の意味で捉えた女の子は自己紹介してきた。金髪ツインテールでツリ目の女の子。ツンデレが物凄く似合いそうだと思った。しかし、見た目とは違い、声は物凄く優しく、ツンツンしているようには見えない。笑顔も可愛らしい。
「ああ……それで、どうしたんだ?」
「うん、二人って……知り合いなの?なんか妙に距離が近いし、初対面では無いよね?」
ラトリーは首を傾げながら不思議そうに聞いてくる。この場に来てまだ五分も経過して居ないにも関わらず、俺と柊が知り合いだと見抜いたようだ。別に隠している訳でも無いので問題無いが、優秀な子なのだろう。
「そうなのだ!航先輩とは一緒に暮らしているのだ!」
「お、おい……」
柊はいつも通りの笑顔で言うが、自分が一体何を言ったのか理解していないのだろう。当然のようにその言葉で教室中が騒がしくなる。完全に爆弾発言だった。
「一緒って……二人はそういう関係なの?」
「そういう関係って何なのだ?」
「えっと……恋人同士ってことだけど……その様子だと違うのよね?」
ラトリーは少し困った顔を浮かべながら俺の方に視線を向ける。柊の言った事を否定したいが、事実なので何も言えない。一緒の場所に住んでいるのは事実だが、部屋は別々だ。
その事を話を話したいが……フィアナから城に居るという事は言わないで欲しいと言われている。なので、詳しい事情も話す事は出来ない。
「違うよ……ただ、一緒に暮らしているにも本当だ。まぁ、事情があるんだ。変な関係では無いから、そこは踏み込まないでくれ」
「そういう事なら……わかった。嘘を付いているようには見えないし、信じるよ。これからよろしくね。この学院は広いから、分からない事があったら私に聞いてね!」
満面笑みを浮かべて、ラトリーはそう言ってくれた。この異世界は良い人ばかりだなっと思った。俺なら変な時期に編入してきた奴に初日から声を掛けたりしない。優しい子なのだろう。
「話は終わったか?それなら授業を行うから準備しろ……二人には魔術書を配るから、少し待っててくれ」
相変わらず気怠そうに言うメトロ先生は、持ってきていた入れ物から、分厚い教科書のような物を取り出し、俺たちの元に持ってきてくれる。まるで広辞苑を持った時のように重い。学院で学ぶほとんどがこの一冊に集結しているのだろう。
興味が湧いたので中身を見ているが、全く読めない。図で描かれた魔法陣などもあるため、詳しく描かれているのだろうが……読め無ければ話にならない。
(本格的に読み書きを教えてもらうか)
少しだけ教えてもらったが、あまり詳しく教えてもらって居ない。分法などがあると言ってたが、それを覚えなければ話にならない。帰ってからフィアナかアーニャに教えてもらおうと決めた。
幸いと言えば言葉が伝わるので、言って居る事は理解出来る。授業中にノートに写すという習慣が無いのか、誰もノートを持っていない。もしかすると、ノートという概念自体が存在していないのかもしれない。魔術書を眺めながら、黒板に書かれる事を見ながら覚えるという形だ。
基本的に言って居る事は魔術書に書かれていることなのかもしれない。テスト勉強などは魔術書を見れば出来る物の可能性が高い。
魔術……デザイアがものを言う世界だ。勉学が出来る事に越した事は決してないだろう。しかし、最終的にデザイアを扱えるか、剣術の才があるか……これに限るのだろう。高い魔力総量と剣術の才があれば、この世界では生きていく事は簡単だ。
自分の才能が高ければ高いほど、生活する分には余裕が出来るという訳だ。王立魔術学院に通っている皆は将来を約束された者たちだ。勉学が出来る事も大切な事だが、第一にデザイア使いとしての能力が必要という訳だ。
黒板に書かれている文字はまた読めないため、メトロ先生の言葉に耳を傾けならが授業が進んでいく。この辺はフィアナの話で聞いた事があるので何も問題無い。隣の柊も俺と同じ事を思って居るのだろうか、どこか違う方を向いている。
「??」
俺の視線に気が付いた柊と視線が合う。流石に授業中なので何も言わずに、満面の笑みを浮かべてきた。
「っ!?」
急な笑みに少しだけ頬が赤くなるのを感じる。知ってはいたが、近くで見る柊の笑顔は物凄く可愛い。恥ずかしくなって俺は視線を逸らし、黒板に目を向ける。
それからは柊の方向を見ないようにして、授業が終わるをの待った。
*************
終わった後には休憩時間というのが付いてくるようだ。この辺は日本の学校と何も変わりない。この時間の間に次の授業の準備と、少しだけ休憩しろって事だろう。
「次って何をするんだ?」
「我に聞かれても分からないのだ」
どこかに書かれているのだろうが、読めないため次の授業内容が分からない。先ほどと同じであればこの場に居れば問題無いだろうが……移動する物なら大変だ。学院内が広いため、確実に迷うだろう。
しかし、そんな俺たちの様子を見てか、下に座って友達と話をしていたラトリーが話し掛けてきた。
「次は模擬戦よ。一ヵ月に一度だけ行われる合同の授業なるよ。移動しないといけないから、一緒に行きましょう。ホシノ君たちも一緒にいい?」
「私は全然大丈夫だよ。編入してきたばかりで困ってるだろうし」
ラトリーの隣に居た黒髪おさげの女の子。眼鏡をかけており、地味に見えるが笑う笑顔が眩しい。見た目は静かそうな印象だが、そうでも無いのだろう。
「私はヴィエル・メアリーって言うの。気軽にメアリーって呼んでね」
軽く自己紹介してもらい、礼をするメアリー。礼儀正しい子なのだとすぐにわかる。
「メアリーは模擬戦に参加しないから途中までだけど、一緒に行きましょう」
という訳で、ラトリーの案内の元、模擬戦を行うための場所に向う。メアリーは治癒魔術専用なので、模擬戦は行わずに、別の場所に行くらしい。
途中で分かれ、三人で校内を歩く。暫く歩くと他とは少し空気が違う空間に到着する。ドームのような場所で、中央にはいくつかの舞台がある。この場所で模擬戦を行うのだろう。
「この場所は怪我をしないように出来ているの」
「きっとあれなのだ!痛みとかが、精神にダメージを及ぼす系なのだ!」
「ヒイラギさんの言う通りよ。怪我をしない代わりに、痛みなどは全て精神的ダメージに変わるの。精神的ダメージだって大きいダメージだったら意識を失うから注意した方がいいわよ」
この場で戦うと、怪我をしないという事か。流石に学生同士で模擬戦を行わせるのだ。そういう考慮はされているのだろう。仮に模擬戦で命を落としてしまえば、この学院自体の存続が危なくなる。
意識を失う事は確かに大変な事だが、怪我をして一生何かを抱えて生きていくよりも遥かにマシだ。死んでしまえば何も残らない。自分もその相手にもだ。
「行きましょうか。そろそろみんな来るはずだから」
ラトリーがそう言うと、近くの石の椅子に座る。数分もしない内に、ドームの中には人が増える。広いドームなので、多いとは感じないが、学年で大体百人強ぐらいに見える。
「今から模擬戦を行う。これは戦闘経験を積むという事を重点に置いているが、勝敗で成績も変わる。真剣に行うように!以上だ」
頭を掻きながらメトロ先生がそう言う。他にも十人ほど教師が居るが、誰か分からない。怪我をしないと言っても、危険な事には変わりない。学院側も何かあった時のために多くの教師を配属させているのだろう。
「相手は決まって無いわ。基本的に実力が近い人同士で行う物よ。何度もやってると、近い実力の人って大体わかるから……他のクラスの人でも問題無いからね?」
「編入してきた初日に行う物じゃないのだ!誰とやればいいのだ?」
「困ったな……」
まだメアリーとラトリー以外に知り合いが居ないこの状況でどうしたらいいんだ。初日に月一にあたるとは運が無いとしか言いようがない。
「編入生!やる相手が居ないなら俺とやろうぜ」
聞こえてきた声の方向を向くと、一人の男が立っていた。青髪で身長が高い男……表情から自信があると物語って居る。立ち姿もギルバードほどでは無いが、様になっている。実力者なのだろう。
「ちょっと、ドメイン!ちょっかい掛けないで!」
ドメインと呼ばれた男にラトリーは立ちふさがる。この調子だとドメインはいつもこのように他人にちょっかいを掛けたりしているだろう。
「なんだ?俺はラトリーに用がある訳じゃ無い。そこの編入生に話しかけているんだ。邪魔するな」
「模擬戦は実力が近い人同士で行う物でしょ?ホシノ君がどれほど強いのか分からないけど……初日の相手があなたなのは問題よ!」
「そういうが、この学年に俺と実力が近い奴なんて居ないだろ?それとも、お前が俺とやるか?俺は女の泣かせる趣味は無いが……お前がやりたいって言うならやってやるが?」
「っ!」
ラトリーは悔しそうな顔をする。ラトリーがどれほど強いかは知らないが、このドメインと呼ばれる男には勝てないのだろう。
「なんだか悔しいのだ!我が相手になるのだ!」
「俺は女を泣かせる趣味は無いと言ったはずだ……ラトリーお前からも何か言ってやれ」
ドメインは目の前に居る柊の事など相手にしていない。それが余計に悔しいのか、詰め寄ろうとするが……そこで手を掴まれて止められる。
「この男はむかつくけど、本当に強いわ。魔力総量は九千越えで、斬撃障壁もA判定。ハルバート家の長男だから加護も持ってる……私たちが勝てる相手じゃないわ」
悔しそうにしているが、本当の事なのだろう。まだ異世界に来て日が浅い俺でもわかる。その辺に居るレベルでは無いという事を。将来が約束された本物だという事を。
「そういう事だ。で、どうだ?模擬戦やって見ないか?ここの学院の編入試験を突破したって事は、実力者なのは間違いないだろ。力比べしようぜ」
自信満々な笑みは負ける事を一切考慮して居ない笑みだ。それに対して別に無いか感情を持ったりする事は無いが、興味がある。
「やってみよう。どこまで戦えるか分からないけど、受けるよ」
「そうこないとな!」
楽し気に笑うドメイン。勝負に乗ったのは単純に自分はどこまで戦えるのか?その疑問を解決させたいからだ。神種選定に出てくる者は、ドメインより格上だろう。ドメインに勝てなければまず無理だ。
だが、このドメインが強いというのは事実だ。だからこそ、自分がどこまで戦えるのか?という疑問を解決できると思ったのだ。勝敗は大切だが、別に負けても問題ない。このドメインに勝っても負けても何も変わらないからだ。あくまでも神種選定に勝つ事が出来れば問題無い。まぁ、負けるつもりで戦う訳でも無いけど。
「それじゃ、行こうぜ。俺と編入生の試合なんて滅多に見れる物じゃない。きっと、ほとんどの奴が観戦するはずだ。舞台も空いてるだろう」
そういうドメインの言う通り、舞台はどこも使われていない。みんな、俺とドメインの模擬戦を観戦するために椅子に座って居る。ドメインがどれほど学院の中で強いのかがわかる光景だ。
「ふっ……少し面白い模擬戦になりそうだな。中心の舞台を使うといい。ホシノも剣士タイプだったな」
メトロ先生は二本の剣を持ってくる。城の中で斬撃衝撃を行った時と同じタイプだった。練習用の剣という事だろう。
受け取った剣を握ると、まるで自分の体の一部であるように馴染む。剣が俺の体に答えてくれるように馴染む感覚は心地いい。
「それじゃ、間合いを少し空けて準備しろ。私の合図と共に模擬戦開始だ」
指示に従い、俺とドメインは少し間合いを開けた状態で対峙する。俺は周囲を見渡し、柊とラトリーを探す。先ほどと同じ場所に居た二人の顔は間反対だった。
ラトリーは物凄く心配そうに俺の方を見ている。逆に柊は楽しそうに……俺が負ける事を一切考えていないような顔。自分の事のように自信に溢れている顔だ。
(これは負けられないな……)
柊の顔を見ると、不意にそう思ってしまった。負けるつもりは無いが、そう思わせる顔だった。負けてしまえば表情は曇るだろう。そんな顔を見たくない。
もう一度、剣を強く握り……ドメインに視線を向ける。
「良い目になったな……戦う気になったって事か!いいぜ!楽しみだぜ!」
ドメインも剣を構え、俺から一切目を離さない。そして、メトロ先生が口を開く。
「模擬戦開始!」
編入初日に俺の初めての模擬戦が開始した。




